第6話 ギース、殴られる


「僕には、この状況がよく飲み込めないんだけど?」


ダインはゆっくりとそう口にした。


司祭の言葉から始まって、リーナがどうしたいのかもさっぱりわからない。

ギースの言葉にいたっては、もはやほとんど理解不能だった。


「お前は父上や俺の言う通りにしてりゃいいんだよ。一生、俺の影でこそこそしてろ」


「……」


「リーナはな……、元々俺と結婚する予定だったんだよ。つまりは姉妹ともども俺のものになる予定だった。それを、俺がお前のためにそっちに回してやったってわけだ」


そんなギースの言葉に、周囲の参列者達がざわめいた。


そんなざわめきの中心で、リーナが俯いて歯を食いしばり拳を握りしめていた。


ついさっきギースのことを思って涙を流していたリーナの姿が、思わずダインの脳裏にフラッシュバックした。


リーナはギースのことが好きだった。

一緒になりたいと、泣くほどにそう願っていた。


リーナとギースには、シルフィアとダインのように深い関わりがあったわけではないが……

剣聖の息子として有名なギースに対し、いつしか憧れに似た感情があったそうだ。


リーナにとっては、ギースは憧れの存在。

ギースにとっては、リーナは周りに群がるその他大勢と大差ない。


「よかったなぁダイン」


「あんた……、リーナのことを何だと思ってるんだ? なんであんたみたいなやつがシルフィアさんの婚約者なんだよ!?」


「そりゃあ、才能と力を持ち、地位と名誉が約束されているからだろう? ……お前と違ってな。リーナもまぁ、ダインと結婚すりゃあゆくゆくはアリステラ家当主になる俺の庇護下になるわけだ。遠回しに俺の物になるんだから、悪くはないんじゃねーのか?」


リーナにとって、そんな話をされるのは恥辱も良いところだろう。

有力な貴族の子女として、ある程度の政略結婚を受け入れるのは致し方ない。

その思いは、リーナにもあったことだろう。


だが、これはあまりにも酷い。

姉と比べて圧倒的に能力が劣ると言われてはいたが……、こんな扱いはあんまりだった。


リーナの友人として、ダインははらわたが煮え繰り返る思いだった。


「ダイン。お前は俺の払い下げてやった女をありがたく受け取ってよろしくやってりゃあいいんだよ」


そして、リーナのことを完全にモノとして扱っているギースの言動に、ついにダインの自制心は弾け飛んでしまったのだった。


「……ふざけんなよ?」


「……あっ?」


『召喚術士は冷静さが大切』


シルフィアはよくそう言っていた。

でも……無理だよこんなの。

シルフィアさん、ごめんなさい。


「リーナがいつも……、いつもいつもどんな思いであんたのことを見てたか知ってんのかよっ!! リーナがどれだけあんたのことを好きだったかわかってんのかよっ! あんたは、リーナの気持ちを少しでも考えた事あるのかよっ!? リーナの気持ちを、もっと考えてみろよぉぉぉおおおっ!」


そう叫びながら、思わずダインは頭上に召喚陣を展開していた。


その中から黒い影のような姿をしたゴブリンが這いずりだしてくる。

次々と陣から這い出てきたゴブリンは、地面に落ちるなり壇上のギースに向けて突進していった。


それを見たダインの父が、ため息をついて頭を抱えていた。


ダインは四対の目の視界で、周囲の参列者達の位置を瞬時に捕捉した。

全身全霊で怒りながらも、頭のどこかで、ダインは冷静になって考えていた。


『どうやったらギースの顔面をぶん殴れるのか』ということを……


重なり合った視界が縦横に分けられて、頭の中で処理されていく。

その処理とともにダインの思考が超高速で巡る。


一番の懸念は、父ガーランド・アリステラだった。

彼が止めに入ってきたら、どう足掻いても無理だろう。


ギース自身については、なんとかなる見込みがあった。

ギースは今、帯剣していない。

ならば殴られようが蹴られようが、なんとかゴブリンを一体でもギースの身体に組み付かせることができれば、そこを起点にして動きを封じることができるかもしれない。

そうして、なんとかして最後の一撃に繋げてみせる。


そのために必要なことは……


「はっ! 怒り心頭って様子だけど……、自分が突っ込んでこないあたりに卑屈さを感じるなぁ。また俺に負けるのが怖いのかよっ!?」


「召喚術士が、召喚体で戦って何が悪いんだよっ!?」


一体目のゴブリンが壇の下へと到達し、駆け上がるために身を屈めて力を溜めた。

そうしながらも、続くゴブリンの身体で走り、召喚陣から出たばかりのゴブリンの身体ではむくりと起き上がった。


「はっ! なんにせよ、どうせお前は俺には勝てねぇっ! お前は一生俺の下で、一生負け犬のままで……、ぐっ! ぶへぇぁっ!」


そこで、ギースが突然横から殴られた。

そしてよろめき、壇の端で足を滑らせて転がり落ちていった。


「へ……?」


ギースは床に尻餅をついたまま間の抜けた声をあげた。


「嘘ばっかり……」


ギースを殴ったのは、その隣にいたシルフィアだ。

シルフィアは、転がり落ちたギースを壇上から冷めた目で見下ろしていた。


ギースは目を白黒させながら殴られた頬をさすり、自分に何が起きたのかをなんとかして把握しようとしていた。


「シ、シルフィア? い、今……、お、お、俺を……、殴ったのか?」


「ええ、殴ったわよ。召喚術士にだって、たまには直接グーで殴りたい時もあるの。例えば、可愛い妹の名誉を、ダサい男のちっぽけな見栄のために傷つけられた時とかね。だって……、本当は振られたのはあなたの方でしょう、ギース」


さらなるざわめき。

もはや、状況はかなりの混沌状態だ。


ギースはシルフィアの豹変に呆気に取られ、頬に手を当てたまま茫然としていた。


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