第4話 一つ目の出会い


ダインは、自分がギースに勝てるはずがないことをわかっていた。


だって………


ずっとずっと……


ずっとずっとずっと……


ずっとずっとずっとずっと、そうだったから。


剣聖の子として生まれ、歩くより先に剣を握らされて育った。

だが……、ダインの剣技の才は人並み程度でしかなかった。

そして、兄のギースには人並み外れた剣技の才があった。


はじめて剣を渡した時の握り方ひとつとっても、ダインとギースとでは圧倒的に違っていたという話だった。

そして、早いうちからそれに気付いていた父は、早々にダインを諦めていた。


それでもひたむきに地道な努力を続けていたダインは、九歳の時、ついに剣の道をあきらめた。


ダイン自身も、自分と兄との間にある超えることのできない圧倒的な壁を自覚していたのだ。

自分は兄や父とは全く違う物なのだと……

努力などという次元では越えようのない壁がそこには存在しているのだと……

ついにダインは悟ったのだった。


そして、剣で身を立てられないならと悟ったダインは別の道を志した。

紆余曲折あってたどり着いたそれが、召喚術士の道だった。


剣の道を諦めたダインは、剣の稽古の代わりに王立図書館に通い詰め、そこでいくつもの魔術書を読み漁った。

そしていくつかの魔術系統を独学で学び、知識を得た後に一通りの基礎的なことを自分で試していった。


だがそのほとんどがふがいない結果に終わる。

誰も教えてくれないからと言って、独学で魔術を学ぶなどどう考えても無謀なことだったのだ。


そんな中、たまたま王立図書館を訪れていたシルフィアから存在を聞かされたのが『召喚術』だった。



→→→→



シルフィアが王立図書館に入ってきた時、ダインは端の椅子に腰掛けて古い魔術書を解読しようとしていた。

そんなダインの姿に気付いたシルフィアが、ダインに話しかけてきた。


「それ『シルフィーナの深淵魔術大全』でしょ? 私の名前の由来になった大魔術師様が書いた本なんだけど……子供が読めるような本じゃないわよ」


シルフィアは学校の友人達と共に、何かの調べ物のために王立図書館を訪れていたらしい。


「君がすでに基礎的な魔術を全習得してる天才魔術少年だっていうなら話は別なんだけど……、普通の子ならそんな本読んでもなんにもならないわよ。魔術書で入門的な本なら『アートランド魔術学院の魔術教本』が一番いいと思うわ。はい、つまりはこれ。私のだけど、もう全部頭に入ってるから君にあげるわ」


そう言ってダインに自らの教本を手渡し、シルフィアは颯爽と去っていった。

そんなシルフィアから、ダインは目が離せなくなっていた。


ダインの、一目惚れだった。


そして遠目にずっとその姿を追っていたダインにシルフィアが気付き、帰り際に再び声をかけてきた。


「君くらいの年で王立図書館に来るなんて珍しいね。……ここで何してるの? まさか本当に独学で魔術の勉強?」


「僕は、剣術の名家に生まれたのに剣術が全くダメだから……こうしてなにか別の道がないかと探していたんです」


「自分で自分の家を『剣術の名家』とかいう? それってよっぽどの名家よね。ちなみに家の名前は?」


「アリステラです」


「あら、剣聖様の家じゃない。確かにそれは本物だわ。……学校はいかないの?」


「来年から行く予定です。ただ、このまま行くと剣術の道に行くことになるのですが、僕には全く才能がないので……」


「その年で才能を諦めるなんてよっぽど指導者に恵まれてないわねぇ。さらにそれで独学で魔術とか……、なかなかに無謀なことしてるわね。家には魔術について教えてくれる人はいないの?」


「闘気術や支援魔術については父もある程度は精通しているのですが、ちゃんとした魔術となる全くみたいです。そもそも、あの父が僕のために時間を割くとは思えません」


「そう、それは大変ね。ちなみに私も魔術師の家系に生まれたのに、実は魔術が全然ダメなのよ」


「全然そうは見えませんよ」


自信に満ち溢れて見えたシルフィアの言動に、ダインは思わずそう口走っていた。


「君と同じで、自力で別の道を探したんだ。私は『召喚術士』なの。召喚術っていうのは、魔力によって生み出した召喚体を自在に操る超魔術なのよ」


「そんな魔術もあるんですね!」


「うん。ちょっと危険な魔術だから、使い手はなかなり少ないんだけどね。さっきあげた本にも召喚術の基礎的なことは書いてあるから、暇があったら読んでみなよ」


「はい! ありがとうございます」


二人のこの時の会話は、これで終わった。


だが、その直後から魔術教本で召喚術について調べ始めたダインは、その数日後には独学のままで召喚体の召喚と操作に成功したのだった。


屋敷の中庭で、召喚体を操って見せた時の父母の顔は今でも忘れられない。

当時のダインは、これならば自分も他人ひとに誇れる何かを手に入れられるのではないかと有頂天になっていた。


そして、ダインは顔の広い父の口利きでとある召喚術士へと弟子入りすることになる。

相手は、歳は若いながらも各地の魔獣討伐隊などに特例で参加し、その全てで目覚ましい活躍をしている新進気鋭の召喚術士だという話だ。


その召喚術士こそが、シルフィアであった。

こうしてダインは彼女の元で召喚術の指導を受けることになったのだった。


「あの時図書館で話しかけた子が、まさか独学で召喚術を習得して私に弟子入りしてくるなんて……、なんだか運命を感じるようなすごいえんね」


こうしてシルフィアと再会し、ダインの一目惚れはすぐに確固たる恋心へと変わっていったのだった。


だが、物事はどこまでもダインに都合の悪い方へと転がっていく。


ダインのシルフィアへの弟子入りをきっかけとして、剣聖ガーランド・アリステラと魔術博士ゼフェル・アートランドとの間に浅からぬ交流が生まれたのだ。


そしてその流れの行き着く先で、騎士学院と魔術学院と分野は違えど、ともに成績優秀であった『剣聖の長男』ギースと『魔導博士の長女』シルフィアとの間に婚姻の話が持ち上がったのだった。


兄は自分から何もかも奪っていく。

両親からの愛も、興味も。

世間からの喝采も、称賛も。

そして、恋した人でさえ……


もし今日の決闘にダインが勝てれば、ギースはシルフィアとの婚約を破棄し、結婚を取りやめるという約束をした。


ギースはいつものように見下した目でダインを見据え、そんなことが起きるはずがないと馬鹿にしながらその勝負を受けた。


そして、その決闘はギースの思った通りの結果になったのだった。

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