第3話 寄り道

「そろそろ、行かないとだね」


「わかってるわよ」


ダインとリーナは、二人並んで歩き始めた。


二人が今いる騎士闘技場から、結納の儀式が行われる王城の大聖堂までは、王都の貴族街を通り抜ける必要がある。


ダインは、街中をリーナと歩くのが好きではなかった。

別にリーナのことが嫌いなわけではない。

どちらかというとそれは、ダイン自身の問題だ。


二人は、シルフィアやギースとはまた違った意味での有名人だった。

共に出来のいい兄や姉がいて、その陰で落ちこぼれと蔑まれている。


「見ろよ。落ちこぼれ同士でつるんでるぜ」


流石に表立ってそんなことを言うものはいないが、すれ違う人々の目がどうしてもそういうふうに見えてしまう。


自然と、ダインは俯き加減になっていた。

リーナはダインとは逆に、攻撃してくる相手がいれば全力で噛み付いてやるという気概の元、真っ直ぐに前を見据えながら歩いていた。


「あら、カヤじゃない。こんなところで何してるの?」


不意にリーナが声を上げた。

ダインが顔を上げると、メイド服姿の少女が水路の中に腹まで浸かって何やらゴソゴソと足で底を漁っているのが見えた。


どこからどう見ても異様な光景だ。


「シルフィア様の、今日の儀式に使うブローチがですね……、その……ここの水路に落ちてしまって……」


カヤはアートランド家のメイドで、歳の頃はダインやリーナとそう変わらない。

ちなみにカヤの母親のリアは、アートランド家のメイド長だ。


ダインはシルフィアに召喚術を習う際にアートランド邸を訪れており、その際にカヤとも知り合っていた。


「相変わらずカヤはドジね!」


「ええっ! ブローチはさっきリーナ様が投げ捨てたんじゃないですかぁ!」


「あら、そうだったわね」


「うわっ、最悪だねリーナ」


「だってむしゃくしゃしてたんだもん」


リーナは悪びれも無くそう言い放つ。

そんなリーナに向かってダインはため息をついた。


リーナはアートランド邸の人間ととことん仲が悪い。

というか、嫌われている。

誰彼構わずつっかかっていって、仕事を邪魔したり、一応は雇い主の一族という権威を傘にきて無理難題を押し付けたりするもんだから当然だ。


ただ、リーナの方にも事情はある。

例えば、カヤの母親はリーナの父の浮気相手であり、彼女が未婚のまま産み落としたカヤが、実はリーナの腹違いの妹に当たるという事情だとか……


リーナの母親がすでに死去している今、長らく公私共にアートランド卿の支えとなっているカヤの母親が、今さら正妻として迎えられる可能性もまったくのゼロではない。

そうなれば、瞬く間にカヤとリーナの立場は逆転してしまうかもしれない。


そんなふうに、リーナには色々と複雑な事情があることはダインも承知していた。


「でも、いくらなんでも酷いでしょ……」


このまま本当にブローチが見つからず、時間までにそれを会場に届けることができなければ……

カヤがアートランド卿や母親から大目玉を喰らうのは目に見えていた。

だからこそ、カヤはメイド服を濡らしてまで必死になってブローチを探しているのだ。


「うっさいわね! はいはいわかりました。私も手伝えばいいんでしょ!」


そう言って投げやりに水路に入ろうとするリーナを、ダインが腕を掴んで引き留めた。


「これから儀式に参列するのに、リーナも服を濡らすわけにいかないでしょ」


「いいのよ。……行きたくないし」


「でもそれだと、カヤが困るだろ。そもそもリーナは見つける気なさそうだし……」


「……」


それは、リーナにとって図星だった。


「僕がやるよ。探し物は、僕の数少ない得意分野だからね」


そう言って、ダインは横の地面に向かって手をかざした。

直径一メートルくらいの複雑な魔法陣が瞬く間に組み上がり、その中からドス黒い肌色をしたゴブリンの腕が伸び出してくる。


「召喚体に探させるってわけね。確かにその方が早そうね。五体くらい同時に操れるんだっけ?」


そんなリーナの呟きを、ダインは四つの耳で聞いていた。

ダインの二つの耳と、今しがた召喚陣から這い出してきたゴブリンの二つの耳だ。


「物探しくらいなら、今は最大で二十体くらいかな。戦闘みたいな激しい動きと反射が必要なのには五体くらいが限界だろうけど」


「ふぅん。そういやそれって多いの?」


「普通の召喚術士はやることに関わらず三体くらいが限界みたいだから、多くはあると思う」


「ふぅん。でも、ゴブリンでしょ? たくさんいても、戦闘とかじゃあまり役に立たなそう」


「そう。だから、探し物くらいしか取り柄がないってわけ」


召喚術とは、魔力で生み出した召喚体に術士自らの意識を転写して操る高等魔術だ。


召喚術を扱うには高度な技術を必要とする二つ工程を経る必要がある。


一つ目の工程。

それは、世界を欺き、自らの魔力によって魂の宿らぬ肉人形を生成することだ。

それも、ただの人形ではない。

骨格から筋肉、内臓などに至るまで、その全ての構造を思い描き、それを魔力体として再現する必要がある。

それが出来て初めて、次のステップへと進むことが出来る。


二つ目の工程。

それは、生み出した召喚体に自らの魂の一部を転写することだ。

魔力による繋がりをたどり、拡張した意識を召喚体の中へと送り込むことで、召喚術士は召喚体を意のままに操ることが出来る。


その二つの工程を経ることで、初めて召喚術は完成する。


ダインの召喚陣からは二体目三体目のゴブリンが次々と這いずり出してきて、順番に水路の中へ潜りその底を探り始めた。


横並びになって整列しながら、水路の端から徐々に探索する範囲を広げていく。


「カヤ。僕の手につかまって……」


「うう、ありがとうございます」


ダインが手を差し出して、カヤを水路から引き上げた。

それを、リーナがつまらなそうに見ていた。


「あーあ、せっかく儀式に行かない理由ができそうだったのに」


「それなら、このまま全部忘れて下の街に行っちゃうのも手かもね」


儀式に参加したくないのは、ダインも一緒だった。

ただ、そんなダインやリーナの感情とカヤの困りごとは別の話だ。

ダインは、困っているカヤを見過ごすことができなかった。


「そう言えば、召喚術使ってる時ってどんな感じなの?」


リーナが、突然今まで聴いてきたことがないようなことを聞いてきた。


「そうだね、色々な感覚が重なって同時に流れ込んでくる感じかな。例えば視界だと、僕の視界とゴブリン達の視界が同時に重なった状態で頭の中に流れ込んでくる。一つや二つなら、そのままでも状況が掴めるんだけど、三つ四つと増えてくると訳がわからなくなる。だから多数の召喚体を操る時には、僕の場合は頭の中で感覚の位置をズラして左右に分離して、拡張された別の視界として見てるイメージに作り替えてるんだ」


「お姉ちゃんもそうだけど、召喚術士の言ってることってわけわかんないわ」


「召喚術士同士でもこの辺の感覚は意見が分かれるから……。たぶん、個人個人で違うんじゃないかな」


「ふぅん」


「ってか、リーナ本当は全く興味ないでしょ? 僕にあれこれ話しかけてるのって、僕の集中を削いで邪魔したいからだよね……」


「ちっ、バレたか」


「残念でした。もう見つけたよ」


「えっ! 早っ!?」


ダインが召喚した二十体のゴブリンにより、シルフィアのブローチは程なくしてに見つかった。


「うう、ありがとうございますダイン様ぁ」


「いいよ、カヤにはいつもお世話になってるし。……はい」


そう言ってダインがカヤに手渡そうとしたブローチを、リーナが横から掠め取った。


「ちょ、リーナ!?」


また投げ捨てるつもりかとダインが身構えた瞬間。

リーナは手から水の魔術を発動させてブローチの汚れを洗い流した。


「はい、さっさと持って行きなさい。届けるのが時間ギリギリになった理由は……そうね、『リーナに邪魔されたせい』とでも言っておきなさい。それでみんな納得するから」


「いや、それってただの事実じゃん……」


「うるさいうるさいうるさーい!」


カヤは、そんなダイン達に何度も何度も頭を下げながら大聖堂の方へ走り去っていった。


「だって、そう言っておかないと……、あの子私のこと庇おうとするでしょ? 悪いのは全部私なのにさ。ほんと、ばっかみたい……」


石畳に残ったカヤの濡れた足跡を見ながら、リーナがつまらなそうにつぶやいた。

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