第11話 理不尽な焼きもち

 ローズマリーが医師を見送ると、ちょうどマイケも出勤してきた。


「おはよう、マイケ。店を開ける前にちょっと話があるの。ゲハルトも聞いて。あの男性が目を覚ましたわ。怪我は脚の骨折もあるから時間はかかるけど、順調に治りそうよ。でも記憶がなくて名前も分からないみたいなの。だからせめて歩けるようになるまで3、4ヶ月うちで療養してもらう事にしたわ」

「そうですね、それがいいと……」


 マイケは賛成したが、ゲハルトは彼女が言い終わる前に叫んだ。


「若奥様! そんなに長くあいつをここに置くっていうんですか!? 応急措置はしたんだから出て行ってもらえばいいじゃないですか!」

「ゲハルト、記憶もなくて歩けない怪我人を放り出すなんてできないわ。名前も何も覚えてないそうだから、ご家族に迎えにきてもらうのも無理なのよ」

「記憶喪失の振りをしているだけかもしれませんか!」


 いつもになく冷静でないゲハルトをローズマリーは不思議に思い、ため息をついた。


「ゲハルト……なぜそんなことを言うの? そんな事をわざわざする理由があの男性にある訳ないでしょう」

「家で何か問題を起こした家出人かもしれませんよ。家族に連絡されては困るんですよ、きっと」

「そんな邪推はよくないわ。いつもの貴方らしくないじゃないの。とにかく、あの方は怪我人ですから、家に滞在してもらいます」

「でも……」

「あ、そうよね、何ヶ月も休憩室を使えなくて不便よね。ごめんなさい、気が利かなかったわね。貴方達の休憩には事務室を使ってもらおうかしら。ああ、でも私が事務仕事してたり、お客様がいらしたりしたら、休憩できないわね。2階の客室を使ってもらえばいいかしら?」

「客室は若奥様が使っていますよね?」

「マイケ、そういう問題では……」

「私がクレメンスと使うはずだった部屋に移動すればいいのよ」

「よろしいのですか?」

「いいのよ、私はこの家でずっと頑張っていくって決めたんだから、いつまでも客室を使っている方がおかしいのよ」


 ローズマリーが未来の婚家に引っ越してきたのはまだ結婚前だったので、けじめをつけて客室を使っていた。婚約者クレメンスとその両親が行方不明になった後もそれは続いていた。


「あの、若奥様……」

「さあ、もうすぐ開店よ。ぐずぐずしていられないわ。マイケ、今日の午前中に隣村の村長さんが注文品を取りに来させるんだったわよね。品は揃っているのよね?」

「はい。若奥様が仕入れに行ってらっしゃった間に注文が入りましたが、全部在庫はあります」

「ありがとう。急いで請求書を作るわ。事務室にいるから、お店頼むわね。何かあったら呼んで」


 ローズマリーの姿がバックヤードの事務室に消えると、マイケが呆れたようにゲハルトに言った。


「ゲハルト、理不尽な焼きもちは嫌われる元よ」

「なっ?! 理不尽って!」

「だってゲハルトは若奥様の夫でも恋人でもないのよ。ただの従業員なの」

「そ、そんなの、分かってる! いちいち言わないでくれ!」

「いいえ、分かってないわよ。若奥様はまだ若旦那様がどこかで生きているのを信じている」

「止めろ!……倉庫で品出しする商品を集めてくる」


 マイケは、不機嫌そうなゲハルトに更に何か言いたそうにしながらも、結局何も言わないまま、開店準備を始めた。


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ローズマリーの婚約者にクレメンスという名前をつけました。バックヤードに倉庫と休憩室の他、事務室もある設定にしました。

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