第5話 クルトの落胆と決断
再会の日にキアラについてきた侍女と護衛は、クルトとキアラの仲を密かに応援していてくれていた。だからカールが彼らと共にクルトとキアラを待っている間、2人の馴れ初めみたいな話が出そうなものだったが、なぜかそのような話題は出ず、侍女も護衛も心なしか沈んだ様子だった。カールも野次馬根性丸出しの質問をする気はなかったので、敢えて聞かなかった。でも、そのような話題が避けられていた理由はキアラとクルトが個室を出てきた時にカールも何となく悟った。
キアラは目を赤くして個室を出て来て、その後をクルトが必死に追い縋ったが、彼女は一言別れの言葉を告げて侍女と護衛を連れてカフェを出て行った。
キアラは変装してきていたが、元々彼女の顔は領主の娘としてよく知られているので、カフェで注目の的になってしまった行動でキアラだと気付いた客がいたかもしれない。だからカールとクルトはカフェをすぐに出た。
クルトは本当はもう何もやる気がおきなかったが、家族に約束した物を買って帰らなくてはならず、幼い弟妹へのプレゼントや食料を買いに行った。買い物の最中、クルトはキアラと何があったのか何も話さなかった。カールも敢えて聞いて彼の心の傷を抉るような事をしたくなかった。
買い物の後、馬を預けてあった宿屋まで戻る道中、クルトは苦しそうな様子でぽつぽつと話し始めた。
「去年、飢饉でこの領地も被害を受けた。それでお嬢様は援助の代わりに嫁がされるんだそうだ……何のために俺は2年近く頑張ってきたんだろう?」
カールは何と返事をしていいのか分からなかった。クルトの実らなかった身分違いの恋はカールも身につまされて身が切れるような思いをした。
クルトの家に着いた時にはもう夜になっていたので、借りた馬は翌日帰すことになった。馬のいななきが聞こえると、クルトの弟妹が家から飛び出てきた。
「お兄ちゃん、お帰りなさい!」
「ただいま。お前達、まだ寝ていなかったのか」
「うん、父さんが今日ぐらいは遅くまで起きていていいって!」
「そうか……」
「ねぇ、お兄ちゃん、お土産買ってきてくれたんでしょう? 早く見せて!」
「分かった。馬を繋げてくるから待っててな」
年長の弟のヤコブは、兄の元気のない様子に気付いたようだったが、妹のミリアムは気付かないようで無邪気に長兄に纏わりついた。
クルトは、家の中で待っていた両親に買ってきた食料を渡し、袋からその他の土産を取り出した。家族全員分の服の他、ヤコブには刃を潰した模造剣、ミリアムには色鉛筆と塗り絵、紫色のガラスのペンダントトップのついたペンダントを買ってきていた。ミリアムの服は特に普段着とレースとリボンがついたかわいいブラウスの両方があり、ミリアムは特に喜んだ。両親も喜んで息子にお礼を言っていたが、クルトが模造剣をヤコブにあげると苦虫を噛み潰したような顔になった。
クルトとカール以外は夕食を済ませていたので、土産を配った後、ヤコブとミリアムは就寝し、居間に残ったのはクルトの両親とクルト、カールの4人だけになった。両親は朝の残りのパンとチーズ、クルトが買ってきたばかりのハムをクルトとカールに出した。
「カールさん、簡単なものしかなくてすまないね」
「いえ、とんでもない。本当は道中どこかで夕食を食べてくればよかったんですが、帰りが遅くなったので、食べずにまっすぐ帰って来てしまいました」
それ以上、話がはずまず、クルトとカールは黙々と食べた。食べ終わってもそのままでいるクルト達を見て、カールは気を遣ってヤコブが寝ている部屋に下がろうとして席を立った。
「明日の朝、帰ることにします。お世話になりました。だから今夜は本当はもっと語らいたかったんですが、眠くなってしまいました。明日の道中も長いので、お先に失礼します」
「俺が明後日、基地に帰るまでいればいいのに」
「いや、滅多にない帰省でしょう? 家族水入らずの時間をこれ以上邪魔する訳にいきません。ではおやすみなさい」
それはカールの本音でもあった。でも正直言えば、クルトが落ち込む様子を見ると、カールはマリオンへの想いを思い出してしまって切なくなってしまい、これ以上クルトの側にいるのが苦しくなってしまった。
カールがヤコブの寝ている部屋に入って扉が閉まるまで、クルトは必死で表情を取り繕って涙を堪えた。
「お嬢様は……3ヶ月後に結婚するそうだ……去年の飢饉の援助のためだって……父さん、母さん、知ってたよね?」
「いや、縁談があるっていう噂を聞いただけだよ。なにせ雲の上のお方だからね、そんな詳しい事まで知らなかった」
「これで思いきれていいと思うしかないよ。身分違いの結婚なんて後が大変だよ。お嬢様がこんな生活に耐えられる訳がない」
「だから国境警備隊で3年頑張って一代男爵の爵位と年金をもらうつもりで頑張っていたんだ! もう後1年ちょっと頑張れるか自信がない……」
「今すぐ辞めて帰ってこい。在籍3年未満で少なくなったとしても年金はもらえるんだから、後1年ちょっと在籍すればもっともらえるとか欲を出す必要はないぞ。それにこうなったら男爵なんてもらう必要もないだろう?」
「そうよ。もうこれ以上命を危険に晒すのは止めて」
「ああ、すぐに辞めるよ。ただ、この領地は思い出があり過ぎて辛いんだ。だからしばらく別の土地で護衛として働こうと思う」
「護衛だって危険でしょう?! せっかく危険な警備隊の仕事を辞めるんだから、家に帰って来て頂戴! ヤコブにもあんな模造剣をあげたりして感化しないで欲しいわ」
「父さん、母さん。俺はしばらくしたら絶対にここに帰ってくるから、ヤコブには好きな事をさせてあげて欲しい」
「ヤコブにはこんな危険な仕事をしてほしくないのよ」
「普通の護衛なら国境警備隊ほど危険じゃない。それに子供の頃に剣に夢中になったからって大人になって必ず護衛として働く訳じゃない。それに多少剣が使える方が自衛もできていいよ」
「そりゃそうだけど……」
「親不孝者でごめん……せめてもの罪滅ぼしに国境警備隊の年金は全部父さん達に使ってもらうから少しの間、我儘を許して」
「そんな事よりお前が帰って来てくれる方が嬉しいのに……」
「ごめんなさい……」
クルトの母はどうしても納得いかないようだったが、父親が結局折れて母親も渋々認めざるを得なくなり、話を切り上げて全員就寝した。
翌朝、カールはクルト一家と朝食をとった後に彼らに別れを告げて出発した。クルトはその次の日に実家を出発して国境警備隊に戻り、すぐに除隊手続きをした。後1年ちょっと経てばもっと多くの年金をもらえるのにと事務所で惜しまれたが、クルトの決断は覆らなかった。
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