第4話 身分違いの恋の結末

 翌朝早くからクルトがもぞもぞと寝台の上で動くので、カールもヤコブも目が覚めてしまった。なにせ粗末な寝台は寝返りを打つとギシギシ酷い音がするのだ。


「すまん、2人とも起こしちゃったか」

「兄ちゃん、うるさいよ。もうちょっと寝かせてよ」

「すまん。俺はもう起きて身支度するけど、お前はもうちょっと寝てていいぞ。カールももう少し寝てて」

「いや、俺も起きるよ」


 クルトとカールはさっと身支度して家の周りを散策することにした。外は日が出たばかりでまだ薄暗い。


「今日は、俺が仕えていた領主様のお嬢様に会うんだ。お前も一緒に来るか?」

「いや、俺が行っても邪魔だろう?」

「邪魔じゃないよ。それどころか助けてもらえると嬉しい。領主様には俺達の関係は内緒だから、彼女は街へ買い物に行って俺はお会いしたという形をとるしかない。俺がお嬢様と話している間、彼女の侍女の気を引いてくれるか?」

「ああ、俺で役に立つなら。護衛はいないのか?」

「護衛は俺とお嬢様の連絡を取り持ってくれてる仲間だよ。侍女は運がよければ俺達の仲を知っている侍女だけど、悪ければ違う侍女が来るんだ」


 2人は少し歩いて家に戻って朝食の準備を手伝った。朝食後、クルトは少し身を清めて彼にとっては一番上等な服を着た。


 クルトの家は村はずれにあり、馬を飼う余裕はない。2人は馬を借りるために村の中心地まで1時間程歩いて行った。領主の屋敷のある街までは馬車で半日、騎馬だと数時間程かかる。クルトとカールが街に着いた頃には既に昼はとっくに過ぎていた。


 クルトはカールととあるカフェに入り、入口がよく見える席に座り、紅茶を注文した。


「もうすぐいらっしゃるはずだ。そうしたら俺にお声をかけて下さるから、個室に移動する。お前は護衛と一緒に侍女に話しかけてくれ」


 2人が紅茶をすっかり飲む干してしまった頃、ようやく例のお嬢様らしき女性が護衛1人と侍女1人連れてカフェに入ってきた。クルトは彼女の姿を認めた途端、輝くような笑顔になったが、肝心のお嬢様の顔は雲ったままだった。だが、クルトは愛しい女性に久しぶりに会えて気分が高揚していてそれに気付かなかった。


「あら、クルト、久しぶりね。国境警備隊で休暇をもらって帰って来てたの?」

「はい、おととい帰ってきました」

「こちらの方は?」

「私の同室だった元隊員でカールと言います。つい先日除隊しました」

「初めまして。警備隊在職中はクルトによくしてもらいました」

「ちょうどよかったわ。これから個室でお茶を飲むの。貴方達もいらっしゃいな」


 実際にはお嬢様の侍女と護衛はクルトに気遣って個室には入らず、カールと3人で話しながらクルト達を待つことになった。今日は運よくクルトとお嬢様の関係を密かに応援してくれていた侍女がお嬢様の外出に付き添っていたからこそだった。


「クルト、久しぶりね」

「キアラ様、お会いしたかった……」


 クルトはかつての主キアラの隣に移動して手を握ろうとしたが、制止された。


「え? どうされたのですか?」

「結婚前の女性が男性と2人きりで手を握り合うなんて許されないわ」

「でも俺達は恋人同士でしょう? それ以上の事をするつもりはありませんから、せめてこのぐらいの触れ合いは許して下さいませんか?」

「秘密の関係でも、恋人同士なら許したわ。でも……」

「まるで過去みたいな言い方ですね。まさか心変わりされたのではないですよね?!」

「ごめんなさい……もう過去にしなくてはならないのよ。私ね、輿入れが決まったの。3ヶ月後に嫁ぐわ」

「嘘でしょう?! 後1年ちょっと国境警備隊で頑張れば、俺は一代男爵位と結構な年金をもらえるんですよ? それまで待っていて下さるって言っていたじゃありませんか?!」

「待ちたかったのは本当よ。でも私は領主の娘でもう20歳。そんな立場の女性がずっと未婚のままではいられないわ」

「それでも待っていただけると話し合ったではありませんか?!」

「そうね……本当にそうなのだけど……去年、うちの領地は不作で備蓄食料を放出しても足りなかったでしょう? 貴方の家族は貴方の仕送りで無事だったようだけど」

「それじゃ……キアラ様は身売りしたのですか?!」

「人聞きが悪いわ。お父様にもこれ以上、婚姻は嫌と我儘を言えなくなったの。仮にも領主の娘なのよ。それなりの責任を果たさなくては……」

「俺は駆け落ちしてでもキアラ様と一緒にいたい! 今から駆け落ちしましょう!」

「ごめんなさい……うちの領地は援助が必要なの。それに今駆け落ちしたら、侍女と護衛にも迷惑がかかるわ。もう貴方には会えない……さようなら……」


 キアラは席を立った。その頬は濡れていた。


「ま、待って下さい!」


 クルトはキアラの腕を掴もうとしたが、彼の手と彼女の腕は2人の運命のように重ならずに離れていった。

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