第3話 カールの剣術指南
翌朝、昨晩の残りのパンとスープを食べ、クルトはすぐに畑へ出かける準備を始めた。両親は朝早く家を出てもう畑で働き始めている。いつもなら幼い弟妹も両親を手伝うのだが、クルトが今日は自分が手伝うので弟妹に遊ぶ時間をやってくれと両親に頼んだ。ただ、遊びというのは半ば建前で、剣技指導を弟にして欲しいと両親に内緒でクルトはカールにお願いした。
クルトが領主の下で騎士になった当初、両親はそれを誇らしく思い、下の息子ヤコブが兄に剣術を習いたがるのも微笑ましく見守っていた。だが彼が国境警備隊に入隊して以来、ヤコブが帰省中の兄に剣術を習うのを両親は嫌がるようになった。
「カール、悪いな。今日は父さん達の畑を手伝うことになってるんだ。帰って来るのは夕方になるんだが、悪いけど、今日は少し弟達と遊んでやってくれないか? 父さん達には内緒で弟にちょっと剣を教えてやってくれるとありがたい」
「お安い御用だ。でも妹さんはどうする? 俺が剣を教えている間、退屈だろう? 俺は女の子に喜んでもらえそうな遊びなんて知らないぞ」
「妹にもお前の剣の腕前を見せてやってくれよ。見てるうちに剣を持ちたがるだろうから、ちょっとだけ木剣を振らせてやってくれればいい。木剣は、弟の寝台の下に隠してあるから、それを使ってくれ。だけどお前もまだ本調子じゃないから、少しでも具合が悪かったらすぐに中止してくれよ。弟は1人で妹の面倒を見れるから、教えてくれた後は自由に外出してくれていいよ。じゃあ、行ってくる――お前達、カールおじさんが剣を教えてくれるぞ。その後はいい子にして2人で留守番してくれよ」
「「うん、分かった!」」
カールはクルトを見送ると、子供達を連れて家の裏手へ向かった。カールが脚を引きずりながら歩くのを見て妹のミリアムがカールに尋ねた。
「おじさん、その脚どうしたの?」
「おい、ミリアム!」
ヤコブは慌てて妹を止めた。
「構わないよ。敬愛する方を守ってこうなったんだ。後悔はない」
「『ケイアイ』って何? 愛? その人はおじさんの恋人だったの?」
「いいや、恋人じゃなかったよ」
「恋人じゃなかったのになんで脚を怪我してまでその女の人を守ったの?」
「おい、ミリアム!」
「いいんだよ。彼女を守れた事は俺にとって誇りだよ」
カールはそう答えながら遠くを見ていた。その表情は満足しつつも切なそうで何とも言えない表情だった。ミリアムはまだそこまで感情の機微が分からない年頃だったが、ヤコブは悪い事を聞いてしまったと思って慌てて話題を変えた。
「そう言えばさ、おじさんのお父さんも騎士だったんだよね? お父さんに剣を習ったの?」
「ああ、でも元々、俺は別の家で生まれて今の父さんの養子になったんだ。それでも父さんは俺をかわいがってくれて剣も教えてくれたんだよ……」
そう語るカールは幸せな子供時代を懐かしがっているだけでなく、切なそうでもあった。仲のよかった義妹ルチアの最期を思い出してしまったのだ。だがヤコブとミリアムはもちろんそんな事を知らないので、ヤコブはこの話題も地雷だったのかとカールに悪く思った。
カールはそれきり黙って歩き出した。黙っているのは兄妹とも居心地が悪い気分だったが、カールの表情には何の感情も見えなかった。でも家の裏手に行くだけなので、そんな時間はあっという間に過ぎたのが兄妹にとってせめてもの救いだった。
クルトの実家の裏手は少し開けた草地になっている。正式には彼らの裏庭ではないのだが、他に誰が利用するわけでもないので実質的に裏庭になっているのだ。
カールは裏庭に着くと、ヤコブに木剣を渡した。ヤコブは久しぶりに剣の練習ができるのが嬉しくて目をキラキラさせていた。
「剣を構えて俺に打ち込んでみろ」
カールは軽く木剣を構えているように見えたのに、ヤコブが思いきり振りかぶってカールの木剣に当ててもカールはびくともしなかった。
「動きが大きすぎて無駄が多いな。俺の剣の振り方を見ろ」
脚を引きずって歩くとは思えない程、キレのある動きにヤコブは見惚れた。
「おじさん、すごい!」
「一緒に剣を振ってみよう。ゆっくりするから真似をしてみて」
最初、ミリアムも2人の素振りを見ていたが、すぐに飽きて野花を摘んでいた。それもすぐに飽きて退屈になり、2人に叫んだ。
「私も剣を振りたい! お兄ちゃん、早く私と替わって!」
「分かったよ。ほら、おじさんのやり方を見てやたら振り回したりしないんだぞ」
「する訳ないでしょ!」
そうは言ってもミリアムには木剣が重かったようでフラフラと木剣を振る様子は危なっかしく、ヤコブはすぐに止めさせようとして兄妹喧嘩が勃発してしまった。
「お前には木剣が重たすぎるんだよ。危ないからもう止めな」
「ヤダ! 止めない!」
「おい、俺はお前を心配して……」
「うるさい! お兄ちゃん、嫌い!」
「じゃあ、おじさんが手を添えるから一緒に木剣を振ってみよう」
「本当に?」
「ああ、ほら。大丈夫だよ」
カールは中腰になってミリアムの後ろに回って木剣に手を添えて一緒になって木剣を振った。だがしばらくすると、カールは痛めた脚が辛くなってきてしまった。
「ミリアム、悪い。おじさんの脚が限界だ」
「ええ~」
「ミリアム、おじさんは脚を悪くしてるんだ。お昼を食べて休憩しよう」
ミリアムは不服そうだったが、カールの脚の具合が本当に悪そうと分かり、最後には納得した。
カールは1人で外出する宛もなかったので、昼食後、子供達の手伝いをして過ごした。3人で裏の林へ行って焚きつけに使う枝拾いや食べられる野草を採集し、家に帰ってからは薪割りをした。それが終わった頃には、クルトと彼の両親も帰って来て1日が過ぎていった。
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お待たせしました(待っていてくださった方がいるかどうかわかりませんが……)5ヶ月振りの更新となってしまいました。
前話でクルトは彼の恋人のお嬢様に「明日」会いに行くと言っていましたが、話の都合上「明後日」となります(つまり今話から言えば「明日」、次話です)。
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