第2話 クルトの実家
クルトの故郷は、国境警備隊の基地から馬車で1日行った所にあるので、クルトの実家に着いた時には辺りは既に暗くなっていた。
彼の実家はあばら家と言ってもおかしくないような家で、貧しい生活を送っているであろうことは一目で明らかだ。実際、クルトの家族は領主の土地を借りて耕作する小作人で生活は苦しい。安全に遠くから送金する手段はないに等しいので、クルトは年に2回帰省して家にお金を入れていた。
馬車の音を聞いて家の中からクルトの両親と弟妹と思われる少年少女が駆け出てきた。
クルトが御者台から飛び降りると、少女が彼に飛びついた。両親と少年も涙ぐみながら近づいてきた。
「お兄ちゃん!」
「ただいま!皆、元気みたいでよかった。いい子にしてたか?」
「うん!……お兄ちゃん、このおじちゃん、誰?」
クルトにべったり抱き着いている妹は、兄の身体の陰にカールを見つけて不思議そうに兄に尋ねた。
「おい、おじちゃんはないだろう?カールは俺と同じぐらいの歳だぞ。な、カール」
「俺は26歳だよ。クルトはもうちょっと若いだろう?」
「お兄ちゃんより5歳も年上じゃん。やっぱりおじちゃんだよ!」
「おいおい!」
「いいさ、おじさんで」
「そうか?じゃあ、俺も後5年も経てば『おじちゃん』なんだな…」
「ねえ、お兄ちゃん、そんなことよりカールさんってどういう知り合いなの?」
「そんなことって…んん…カールは、国境警備隊の寮で俺と同室だったんだけど、今日で除隊になって、俺の故郷に一緒に来てみたいって言うんで、ここまで一緒に来たんだ。父さん、母さん、今晩、こいつもここに泊めてくれ」
「すみません、突然お邪魔して」
「いいえ、気になさらならないで。こんなあばら家でよければどうぞ。なあ、クルト、お前もいい加減、あんな危険な仕事は辞めないか?」
「…それは入隊する前に散々理由を説明しただろう?」
「でもお嬢様は…」
「今、ここで話すことじゃないだろ?さあ、いつまでも外に突っ立ってないで家に入れてくれよ」
クルトの両親はカールを歓迎してくれたが、ご馳走を作る余裕はないようで、硬いパンに具の少ないスープが晩御飯だった。両親もクルトも済まなさそうにしていたが、カールは泊めてくれただけでもありがたかった。
「ごめんなさいね、ご馳走もお酒も出せなくて」
「母さん、ごめん。気が利かなくて。途中で買い物してくればよかったよ」
「いや、クルト、俺が気を配ればよかったんだ。済まない。でも俺は本当に泊めていただけるだけでもありがたいから」
食事は貧しいものだったが、カールは家族団らんの夕食に同席できて心が温まった。
クルトの実家には来客用の寝室などある訳もなく、カールは彼の弟妹の部屋に泊まることになった。クルトも国境警備隊に入隊する前はここで寝起きしていたので、その部屋には粗末な木の寝台が3つある。カールとクルト、彼の弟はここで寝てクルトの妹が両親の寝室へ行くことになった。
「カール、俺はまだ両親と話があるから先に部屋に行っていてくれないか。もしかしたら弟が色々話したがるかもしれないけど、聞いてやってくれ」
「ああ、お安い御用だ」
カールが部屋に入ると、クルトの弟は既に寝台に入っていたが、滅多にない客に興奮冷めやらぬようでカールに色々と話しかけた。
「おじちゃんは基地で兄ちゃんと同じ部屋だったんだってね。魔獣も一緒に狩ったの?」
「ああ」
「僕の兄ちゃん、強いんだよ。おじちゃんも強いの?」
「ああ、そうだな」
「兄ちゃんは頑張って領主様の所で騎士になったんだ。うちみたいな小作人の家から騎士になるのはすごい大変なんだ。うちの兄ちゃん、すごいでしょ?」
「そうだな。すごいよ」
「僕も兄ちゃんみたいに騎士になるんだ!」
「畑は手伝わないのか?」
「そんなのつまんないし、かっこ悪いから嫌だよ!おじちゃんだって農民じゃなくて騎士だったんでしょ?」
「ああ、でも俺はかっこ悪いよ」
「脚を引きずって歩くから?」
「それは色々あってだな…俺のうちは代々騎士だったから、父さんを助けたくて騎士になったんだよ。怪我をしてもう騎士は続けられなくなったけどな」
「なのに国境警備隊に行ったの?変なの」
「それも色々理由があったんだよ」
「なんだよ、そればっかり。つまんない」
「悪いな。騎士だってかっこいいばかりじゃないんだ。危険で死ぬかもしれない。生き延びたって俺みたいに怪我をして後遺症が残るかもしれないんだ。父さん、母さんを悲しがらせたくないだろう?」
「兄ちゃんは父ちゃんと母ちゃんを悲しがらせてる?」
「あ、いや、そんなことはないよ」
「ふーん、そうかな……なんだかもう眠くなってきちゃった」
「そうか。おじちゃんも眠くなってきたよ。もう寝よう」
カールがランプを吹き消して部屋は真っ暗になった。しばらくすると少年の規則正しい寝息が聞こえてきた。
クルトの弟が寝た後、カールも眠ろうとしたが、中々寝付けなかった。
カールの寝台は隣の居間側の壁にぴったりと付けられており、そこでクルトと両親が話しているのが聞こえる。弟は慣れているからか、彼の寝台が隣室との境から離れているからか、目覚める様子はない。
カールは悪いと思いつつも、安普請の壁は薄く会話の内容まで分かってしまった。彼らはどうやらクルトの恋人と除隊問題について話しているようだった。
「…本当にお嬢様に会いに行くのかい?」
「当たり前だろ!半年ぶりに会えるんだぞ」
「領主様には許されてないんだよ。私達の立場も分かってくれないか?」
「だからお嬢様の護衛騎士を辞めて国境警備隊に入隊したんじゃないか」
「お嬢様から離れるだけだったら何もそんな危険な仕事を選ばなくても…」
「俺は彼女を迎えに行けるように頑張ってるんだ」
「でもお嬢様には縁談があるって専らの噂だよ」
「そんなの噂だけに決まってる。彼女は縁談を全部断ってくれてるよ」
「でも年頃の貴族のお嬢様が何年も結婚しないでいれる訳ないだろう?」
「そんなことない。彼女は待ってくれてるはずだ。明後日会えば分かるさ。今日は疲れてるんだ。話はこれぐらいにしてもう寝るよ」
軋んだ音を立てて扉を開け、クルトが部屋に入って来た。カールは慌てて寝たふりをした。
「カール、まだ起きてるか?」
「……」
「寝てるか。お休み」
カールは、クルトの話が身につまされて仕方なくなってマリオンのことが頭から離れず、彼が寝息をたて始めても寝入れなかった。
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