第9話 クルトの親切
カールの熱は下がらず、休んで2日目の朝も同室のクルトに止められて部屋に残った。
クルトはいつもの通り、カールの昼食のために言付けをしに食堂に行った。インガは彼をすかさず見つけ、すぐに話しかけた。
「今日も昼食必要ですか?」
「ああ、頼めるかな?部屋の鍵はかけてないから、事務のおっちゃんに鍵開けてもらわなくても大丈夫だよ」
昼食の片づけ後、昨日のカールのシャツが洗濯されて乾いているか、インガは希望入隊組のリネン室に見に行った。
希望入隊組と強制入隊組の生活ゾーンには、それぞれリネン室があり、隊員はここに汚れ物を出して綺麗になった洗濯物もここに自分で取りに来る。洗濯済みの物は部屋ごとに分別されており、各自の持ち物に部屋番号と名前を書くことになっていて基本的に自分の物はわかるはずだが、紛失は日常茶飯事だ。
まだ洗濯できていないかもとインガは思っていたが、カールのシャツは綺麗になって乾いていた。インガは彼の他の洗濯物もないか籠の中を探した。下履きもあって一瞬躊躇したが、他の物と一緒にエイヤッと袋に入れた。
インガがオートミールと洗濯物を持ってカールの部屋に行くと、彼は寝台の上で大人しく横になっていた。
「カールさん、気分はどうですか?」
「少しましになりました…あ、でもどうして俺の名前を?」
「私が落とした小麦粉袋を台所へ持って行ってくれたことがあったじゃないですか。その時、食堂の同僚達が教えてくれました」
「ああ、そうなんですか…」
「ええ。ちなみに私の名前はインガです」
カールは朧気ながらその時のことをまた思い出した。
その時、インガが前触れなくカールの肩に触れ、カールはビクッとした。彼のシャツは昨日程ではないものの、湿っている。
「あ、驚かせてごめんなさい。やっぱりシャツが濡れてますね。着替えませんか?」
「ああ、はい。でも後で自分で着替えます」
「そうですか。じゃあ、オートミールをどうぞ」
インガは寝台の脇にカールの椅子を持ってきて座って彼が食べ終わるのを待つ。カールはインガの視線に気付いて気まずくなった。
「あの、食べ終わったら食器は食堂へ自分で返しに行きますから、待たないでいいですよ」
「いえいえ、おかまいなく」
カールが自分で食器を返しに行ったら、次回からインガは行かせてもらえないだろう。彼女はなぜかそれが嫌だった。
その日の夕方、魔獣退治から戻ってきた荷馬車には魔獣の死体以外は乗っていなかった。カールがずっと庇っていたダニエルは、前日の魔獣狩りを無事に終えて荷馬車で戻って来れたが、カールなしの2日目はやり過ごせなかったようだ。同室のクルトからそのことを聞いてカールはため息をついた。
カールが発熱して5日目。未だに熱は下がらなかった。クルトは止めたが、カールは魔獣狩りに出た。無事に戻って来れたのは何よりだったが、翌日、また熱が上がって魔獣狩りを休む。それからはその繰り返しだった。
インガはその度にカールに昼食を届けに行って看病をした。そのうち、同僚達に誰に昼食を届けに行くのかばれてしまい、彼女達の間で誰がカールの所へ行くか争奪戦になってインガが行くことはなくなった。その後、インガはカールを見かけなくなり、彼がどうしているか気になったが、同僚達に聞いて嫌味を言われるのも嫌なので、彼の現状を知らないままでいた。
そんなある日の朝、食堂のカウンターでクルトに朝食を渡す機会がインガに訪れた。
「おはようございます…あの、カールさんはどうしていますか?」
「彼は基地を出ました。怪我も治ってないのに熱が完全に下がらないまま狩りに行ってまた熱がぶり返して、その繰り返しで…それでも狩りに行くって言うから、隊長に頼んで強制除隊にしてもらいました。魔獣狩りしたことないお飾りの隊長でもたまには役に…」
「おい、早くしろよ!」
クルトの後ろに並ぶ隊員から罵声を浴び、2人の会話はそこで途切れた。
インガは、自分の住む基地最寄りの街で非番の日ごとにカールを探したが、見つかることはなかった。
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番外編はこれで一応完結です。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。普段から自作品はそんなに読者受けしないんですが、この作品はその中でも特に受けがよくなくてその中でも応援をいただいてとても励みになりました。
この番外編は、時間軸的には本編第16話の最後から閑話6までとそれより少し後の話です。当初3話で終わる予定だったのですが、欲が出てきてかなり延びてしまいました。カールがこれ以降、どうなったかは…読者の皆様の想像にお任せします。でも需要があるのなら(あるんでしょうか…)、カールが生き延びた場合の彼のその後のその後も構想していますので、書きます。ただコンテスト応募がありますので、投稿できるのは少し後になります。今年中にはと思ってます。それまではとりあえず完結にしておきます。
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