第6話 情けは人の為ならず?
カールの倒したボス
「おい、カール!なんであんな奴を助けたんだ!アイツをボスに食わせている間にもっと魔狼を退治できたのによ」
「早くしないと血の匂いで魔獣がわんさかやってくるぞ」
カールは他の隊員の不満を無視して警告だけ口にした。その後は無言のまま、ボス魔狼の死体を自分の魔馬の背中に載せ、荷馬車まで行って載せ替えた。他の隊員達も魔獣の群れ襲来の恐れには勝てず、倒した魔獣の死体を荷馬車に載せる。そこに意識を取り戻した男がズボンを尿で濡らしたまま、ヨロヨロと荷馬車に乗ろうとした。
「おい、お前、荷馬車に乗るんじゃねぇ。せっかくの魔狼の肉がしょんべん臭くなるだろ!」
「じゃあどうしろって言うんだよ」
「そうだな。臭いズボンは脱いですっぽんぽんになれ」
「なっ…!」
「お前のモノはお粗末過ぎて俺達の目には晒せないか!ハハハハハ!」
「おい、喧嘩してる暇はないぞ」
御者がイライラして隊員達に声をかけ、男を乗せないまま出発した。魔狼の死体を乗せて重くなった荷馬車は騎馬よりも遅く、魔狼の血の匂いがするので、他の魔獣の襲撃の的になりやすい。でも荷馬車の荷や馬を失うと連帯責任で給金が差っ引かれるので、当番で隊員達の一部が警備しながら撤退する。
去って行く荷馬車を見て男は悲鳴を上げた。それを馬上から振り返った隊員の1人が愉快そうに男の絶望を煽る。
「お、おい、待ってくれ!」
「待つわけないだろ。お前は元々森に置き去りされるはずだったんだ」
「俺だって今日は魔獣狩りに参加したじゃないか!」
「お前は守られてしょんべん漏らしただけだろ。じゃあな!」
男が絶望で地面にうずくまっていると、頭上から声がかけられた。
「おい、起き上がれ」
涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると、1人の隊員が馬上から手を伸ばしてきた。
「乗れ」
「ちょっと待ってくれ。俺のズボン、汚れてるから脱ぐ」
「素股で乗馬したら痛いぞ。俺の馬は負傷して気が立っている。早くしろ」
「で、でも…」
「気にするな。汚れたら洗うだけだ。早くしないと置いていく」
男は悲鳴を上げながら這う這うの体でその隊員の後ろに乗った。
「怪我に響いて悪いが、ちょっと急ぐ」
隊員は馬をこれでもかというほど急がせた。その揺れは男の骨折した脚に激痛となって襲い、我慢していても苦痛で呻きが出てしまう。荷馬車に追いつくと隊員がようやく魔馬のスピードを緩めたので、男はほっと一息をつき、礼を言った。
「本当に命拾いをした。ありがとう」
「そんなことより明日以降、どうするか考えることだな。俺だってお前の骨折が治るまでずっとは庇いきれないし、非番だってある」
男は、その隊員の非番の日が自分の最期の日と覚悟した。
「…そうか。それじゃ死ぬ前にお前の名前だけ聞かせてくれないか。俺の名前はダニエルだ」
「俺はカール」
「ああ、あのカールか!最近、俺達の間でも有名になってたよ」
強制入隊組と希望入隊組の生活ゾーンは完全に別れているため、基本的に交流はない。魔獣狩りは両方の隊員が一緒に行うが、皆が生存を賭けてピリピリしている上に魔石獲得では互いにライバルだ。しかも隊員の入れ替わりが激しいので、よほど記憶力がよくなければ顔と名前が一致する隊員は同室の者以外少ない。
カールはこの時の落馬で古傷の右肩を脱臼し、ねん挫もしたのに、非番を返上して魔獣狩りに参加し続け、他の隊員達の反発をよそにダニエルをいつも助けた。だから怪我が中々よくならならず、疲労も蓄積していったのは当然の結末であった。
そして1ヶ月ほど経ったある日――
カールは魔獣狩りに行く用意をしていた。その顔は赤く、息も荒い。同室の3人もそれに気付いていたが、カールを妬む2人はカールが自滅することを望んでいるので、何も言わず部屋を出て行った。残ったのは、マリオンの最後の手紙をからかったクルトだ。彼は意中の女性から手紙をもらったカールが羨ましかったが、死んでくれとまでは思わない。
「おい、カール。お前、熱があるだろ?今日は休め」
「駄目だ。俺は今日も行く」
「…なあ、それって強制入隊組の骨折した奴のためか?」
カールは答えなかったが、クルトは肯定と捉えた。
「お前が無理してアイツを助けて自滅したんじゃ、本末転倒だろ?お前を慕う女性はどうなるんだよ」
マリオンのことを言われて思わずカールは怯んだ。その隙にクルトは訓練用の木刀を掴んで部屋を飛び出した。そして外から鍵をかけ、木刀をドアノブに引っかけて扉がすぐに開かないようにした。隊員達は自室の鍵を持っているから、カールも中から扉を開けられるし、木刀ぐらいすぐに外せるとクルトも踏んでいる。ただ、カールが魔獣狩りの出発に間に合わないようにする時間稼ぎできればそれでよかった。
カールは案の定、鍵を開けてバンバンと扉を叩いて開けようとした。普段なら木刀を外すか、折るぐらいカールにとってなんてことないはずだった。でも高熱でフラフラになっていたカールは扉をなんとか少し開けられたところで倒れてしまった。
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