第3話 愛しいひとの手紙

カールが警備隊に入隊して間もなく、マリオンから手紙が来た。その時は公爵から文通の許しをまだ公式に得ていなかったから、断腸の思いで『該当者なし』として返送してもらった。


その後、公爵から文通を許可するという書面が届き、それから間もなくマリオンから手紙が届いた。うれしくてすぐに返事を送ると、その返事が2週間ほど後に来た。辺境と公爵邸の距離、それに郵便事情を考えると、マリオンもカールの返事を読んですぐに手紙を送ってくれたに違いない。そんなことを考え、カールは久しぶりに幸せな気分になれた。


マリオンからの3通目の手紙もカールが返事を送って約2週間後に届いた。薄桃色の封筒には公爵家の封蝋も透かしも使われておらず、公爵家所縁の者が出した手紙とわからないようになっている。封を開けて便箋にキスをすると、マリオンの振りかけた香水の香りがまだ微かにしてカールの鼻をくすぐった。


唯一のカールの幸せなひと時を無情にも同室の若い男の声がぶった切った。寮の4人部屋では手紙を同室の男達に内緒で受け取ったり、読んだりすることが難しい。


「おい、カール、また女からの手紙か?」

「いや、そんなんじゃないよ」

「またそんなこと言って…」


どう見えても女性からの手紙に見える封筒を見て、この男-クルト-は羨ましそうだった。彼はまだ気のいい男なので、『羨ましい』で済んでいるが、この手紙は他の隊員の妬みを買う元にもなっている。希望入隊組も含めて文字を読める人間は半々で、読めてもほとんど故郷と縁を切った者が多く、手紙をもらえる者は少ない。そればかりかカールの過去と端正な容貌は、本人も知らないうちに辺境で数少ない女達を惹きつけ、なおのこと隊員達の嫉妬を煽る。


カールは、やたら好奇心旺盛なクルトから逃れたくてマリオンの手紙を持って部屋を出た。廊下で手紙を読みながらマリオンの美しい筆跡を指でなぞる。彼女の想いの籠った字が滲みそうになって慌てて袖で瞼を拭った。


マリオンは間もなく婚約者のクラウスと結婚する。カールは、約束通り今度の返事を最後にすると心に決めていた。


翌日、カールは基地の事務室で今後、手紙を受け取り拒否してもらうように頼んだ。それも単に受け取り拒否だけではなく、返送される死亡隊員宛の郵便物と同様、『宛先不明』のスタンプを押してもらう。元隊員の事務員は、『本当にいいのか』と何度も念を押し、カールは決意が思わずぐらぐらしそうになったが、堪えて当初の意思を貫徹した。


次の非番の日、カールはマリオン宛の最後の返事を持って街へ向かい、郵便を扱う商店を訪れた。基地の事務室経由で手紙を出すよりもその方が早いからだ。


速達の切手代を払って手紙が他の速達郵便物と一緒に箱に入れられたのを見届け、カールは店を出た。するとこみあげるものを止められず、急いで店の陰へ移動した。


「俺はお嬢様と離れて涙もろくなってしまったな…」


カールはそう自嘲して涙を指で拭った。掌で自分の頬を叩いて喝を入れ、基地行きの辻馬車が出る停車場へ急ぐ。辻馬車に乗り込んだ時には、瞼は腫れたままだったが、カールは憑き物が落ちたような表情をしていた。

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