第15話 逆恨み
「冗談じゃない!お前さえいなければっ!」
ルチアの目は血走っていた。脚に付けていたナイフを手に取ってマリオンに向かう。ルチアの実家は代々公爵家に勤める騎士の家系であり、女ながらも小さな頃から訓練を受けてきた。公爵家に勤めてからは、護衛も兼ねられる侍女として重宝され、お仕着せのスカートの下に護衛用のナイフをいつも仕込んでいる。
マリオンはあまりの衝撃と恐怖に身体が金縛りにあったように動けなくなった。
「ルチア!止めろ!」
カールは、剣技大会で悪化した左脚を引きずりながらルチアの手首を掴もうとした。利き手側の右肩をろくに動かせないのが効いてルチアの動きのほうが早い。カールの腕にナイフが掠ってシャツの袖を切り裂いた。マリオンはカールの腕の血を見て悲鳴をあげた。
「キャアアア!カール?!」
「止めろ!」
「この女をあくまでも庇うのね」
「何言ってるんだ!お嬢様を傷つけることなんて許されないぞ!」
「そう、わかったわ」
ルチアは思いきり力を込めてカールの左脚を蹴り、右肩を殴った。カールは激痛で苦悶して身体を半ば折り曲げた。
その隙にルチアはマリオンにナイフを振りかざした。カールは捨て身でマリオンに覆いかぶさり、カールの背中にナイフが突き刺さった。マリオンはあまりの恐怖でカールの下で気絶していた。
「ぐわぁー!」
カールの絶叫で他の使用人達が駆けつけ、ルチアを押さえつけて捕らえた。
マリオンが目覚めると、自分の寝室の寝台で横になっていた。寝室で控えている侍女達は、マリオンが意識を取り戻したことにすぐに気付き、公爵夫妻に知らせに部屋の外へ出て行った。
マリオンは夜着に着替えさせられていた。無意識にいつも首にかけている青い魔石のペンダントを触ろうとしたが、指に何も触れない。きょろきょろと部屋を見渡すと、ナイトテーブルの上に置かれているのが見え、手を伸ばした。ペンダントを手に取った瞬間、それが前世で和臣にもらったサファイアのペンダントと重なった。
しばらくすると、両親とクラウスが慌てて入室してきた。父親は、マリオンが襲われた一報を聞いてすぐに出仕していた王宮から帰ってきていた。
「お父様、お母様…カールはどうなりましたか?!」
「目覚めたと思ったら、すぐにカールのことを心配するのか?!」
「おい、クラウス君、ちょっと黙っていてくれ――カールは背中を負傷したけど、命に別状はない。最低でも傷が癒えるまでは公爵家に留まってもらうつもりだから、安心しなさい」
「ルチアはどうなりますか?ルチアの実家は?」
「ルチアは処刑される」
マリオンは息を呑んだ。
「公爵令嬢を殺そうとしたんだ。仕方ない。でも家は取り潰しにはならないよ。彼女の家は代々我が家に忠実に仕えてきてくれたし、両親や使用人達には罪はないからね。でも後継ぎがいなくなってしまったけど」
「後継ぎって…カールが実の息子でなくて養子縁組もされてないから?」
「カールが話したんだね。ルチアの両親はカールを後継ぎにしたいみたいだけど、カールは固辞している」
「彼を見舞えませんか?」
マリオンはクラウスの不満顔が気になりつつも、何とか無視して翌日の見舞いの許可を取り付けた。
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