第16話 別れ

意識を取り戻した翌日、マリオンはカールの部屋へ向かった。いつもマリオンに付いていたルチアはもうおらず、別の侍女が後ろを付いて来る。


「カール、入るわよ」


カールはマリオンの姿を見ると、寝台から上半身を起こそうとしたが、痛みで顔を歪めた。


「そのままでいて」

「いえ、そんな訳には…」

「いいから」


マリオンが強い目線で窘めると、カールは諦めてそのまま寝台に横になった。


「義妹がしたことはいくら謝っても許されません。本当に申し訳ありません」

「ルチアが貴方と血が繋がっていなくて貴方を慕っていたこと、知らなかったわ。結婚する約束もしていたんでしょう?知っていればお父様に頼んで早く結婚させてあげたのに…」

「結婚する約束なんてしてません!俺が遠縁から引き取られた時、ルチアがそう言っただけです。所詮、子供の戯言です」


マリオンは『結婚させてあげたのに』と自分で言っておきながら、胸がズキンと痛んだ。でもカールがそれを否定してくれてルチアの片想いだったと分かり、胸の痛みは嘘のように引いていった。


「そうなの…でも彼女はそれを信じてしまったのね…処刑って、貴方はそれでもいいの?減刑を嘆願したり、面会に行ったりしなくていいの?」

「お嬢様を殺そうとした時点で妹としての情は消え失せました。だから閣下には即時の処刑を進言したんですが、処刑前に両親に一目会わせてあげたいと閣下が恩情を下さって…継父が任地から戻る時間を取って下さいました」

「私もご両親には最期の別れの時間をあげてほしいわ」

「お嬢様はお優しいのですね」

「私だって…あんなによくしてくれたルチアが私を憎んでいたなんて信じたくない。彼女が親身にしてくれたことが全部嘘だったとは思いたくないわ」

「そうですか。閣下やお嬢様の温情が裏目に出ないといいのですが…」

「裏目に出るって?何もできるわけないでしょう?公爵家の監獄はそんなに簡単に脱獄できないはずよ」

「彼女を甘く見ていると危ないです。どうか処刑まで身辺にお気をつけて下さい。私達のせいで御身を危険に晒して申し訳ありません」

「申し訳ないのは私よ…私をまた守ってくれてこんなに傷だらけになってしまって…このペンダントも役に立ってくれなかったわね」


マリオンは首にかけた青い魔石のペンダントトップを触った。


「いえ、お嬢様を守れましたから、効果はあったんです。私だと思ってどうかそのままお持ち下さい。お嬢様を傍でお守りできない代わりです」

「わかった、このまま持ってる。ねえ、カール、貴方の身体が…元通りにはならないって…聞いてるわよね?御者も庭師も身体に響く仕事だわ。ご両親の待つ家に帰って書類仕事をするのはどう?」

「お嬢様ももうご存知でしょう?私はあの家の本当の息子ではありません。あの家は騎士の家系なのに、騎士として働けない者が戻っても荷物になるだけです」

「実の親でなくても育ての親なんでしょう?貴方が帰って来るのを待っているようよ」

「本当なら、連座が適用されて帰る家などなくなるはずでした。この措置は公爵閣下の恩情です。両親が娘のしたことで罪悪感に苛まれないように、私は鉱山で強制労働するか辺境警備隊に入隊するかして罪を償います」

「何言ってるの?!その身体ではとても無理だわ!そもそも貴方には罪ないでしょう?」

「いえ、義妹と同じくお嬢様に仕えながら、彼女の邪な心に気付かなかったんです。十分罪深いことです」

「そんなことない!それならここで一生療養できるようにお父様に掛け合うから、ずっと公爵家にいて!」

「そんな訳には参りません。それこそ公爵家のお荷物になるだけです。閣下が今は許して下さったとしても、クラウス様の代になったらどうするのですか?お嬢様、どうか私にそんな惨めな思いをさせないで下さい」


カールは眉を下げて悲しそうに見えた。


約1ヶ月後、マリオンが孤児院に慰問に行っている間にカールは公爵家を旅立った。マリオンが父に聞いてもどこに行ったか教えてくれないので、辺境警備隊と公爵領の鉱山に手紙を出したが、該当者がいないとして返送されてきた。

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