悪い夢

in鬱

悪い夢

 ブーブー

 

 

 「なんだよ……こんな時間に。は?通話?頭おかしいのか」


 俺は突如鳴ったスマホのバイブレーションの音で目が覚める

 目をこすりながらスマホの画面を確認すると「mearight.」と表示されていた

 現在の時刻は3時26分。こんな時間に電話をかけてくるのは頭おかしい

 こいつかよ……なんでだよ

 こいつは俺の友人である、東翔太ひがししょうた

 こんな時間に通話をかけてくるほど頭おかしくないやつのはずだが

 でも東は最近、他人の俺から見てもわかるほど病んでいる

 もしかしたら、何か相談事があるのかもしれない

 だとしても時間はおかしい



 「こんな時間に何の用だよ」


 俺は出るか数秒ためらった後、通話に出た

 本当に相談だったら友人として乗らなければならないと思ったからだ



 「ちょっとビデオにするね」


 「は?何でビデオなんかにするんだよ。別にこのままでいいだろ」


 東は一言目にもしもしでは無くビデオにすると言ってきた

 何でビデオにするんだよ。それと、最初はもしもしだろ

 もしもしが無いと通話出来てるか不安になるだろうが



 「お前、何してんだよ!!」


 東の画面が切り替わり、外の風景が映し出される

 東はベランダの縁に立っていた。バランスを崩して前に倒れたら落下する

 東はそんな危険な場所に立っているにも関わらず笑顔を浮かべている

 俺はその様子に狂気を覚えた。そして、眠かった目は完全に覚めた

 こいつ何してるんだ⁉死ぬ気か⁉

 いくら病んでるからって、相談も無しに死ぬことは無いだろ!!



 「いやぁー意外と綺麗だね」


 「そんなのんきな事言ってる場合か!!家の中に入れよ!!」


 「えーもう少し居させてよ」


 「ダメだ!!今すぐ中に入れ!!」


 東は死ぬかもしれないのにのんきな様子でいる

 俺もビデオにして必死に訴えた

 何でそんな呑気でいれるんだよ!!

 いいから早く中に入れよ!!

 


 「空も綺麗だなぁ。星少ないけど雰囲気ある」


 「だから!!家の中に入れって言ってんだろ!!聞こえてんのか⁉」


 「聞こえてるよ。だけど、もう少しだけ」


 俺が何を言っても東は家の中に入る様子は無い

 何でこんなことしてるんだよ!!

 そんな思い詰めてたなら言えよ!!



 「何でそんなことしてるんだよ!!そんな悩んでるんだったら相談しろよ!!」


 「もうどうでも良くなっちゃったんだよね。生きるとかいうの」


 東がどうでもいいと言った表情で画面越しに言ってくる

 どうでもいいわけねぇだろ!!

 つい最近も笑顔で笑ってたじゃねぇかよ!!

 生きるの楽しいはずだろ!!

 


 「は!?どうでも良い訳ねぇだろ!!生きてりゃ良い事あんだろ!!」


 「僕さ、そんな綺麗事を聞くために生きてきたんじゃないよ」


 俺が東に必死に訴えると東は残念そうな顔で言った

 何でそんな残念そうな顔すんだよ!!

 止めてほしいわけじゃねぇのかよ!!

 ならどうすればいいんだよ!!

 俺は東にこんなところで死んでほしくない

 もっと一緒に過ごしたいし、楽しい時間を送りたい



 「生きてくれよ!!俺がいるだろ!!」


 「その言葉もっと早く欲しかったな。じゃあね」


 俺の思いを告げると東は優しく笑った

 そして、東は別れの言葉を残して最高の笑顔を見せてから縁から飛び降りた

 飛び降りてすぐポロンと音がして通話が切られた

 俺は簡単に想像出来た。飛び降りた東が地面に叩きつけられ、見るも無惨な姿で倒れる東の姿が

 俺はしばらく放心状態だった。何も考えられなかった

 東は死んだ……のか?なんで?



 「行かないと!!」


 俺はしばらく放心した後、東の家に向かうことにした

 パジャマのまま自転車にまたがり、真夜中を全速力でかけた

 まだ間に合う!!絶対に間に合う!!

 絶対に東は死なせない!!

 俺は呼吸も忘れて必死で自転車を漕いだ。スマホがポケットから落ちそうになっていることに気づかなかった

 東の家に着き、自転車を乗り捨てる。スマホをポケットの奥に押し込む

 東の家に着く頃には乳酸がたまりにたまって歩こうにも足が言う事を聞かなかった

 無理やり足を動かして、東が倒れてる場所に行く



 「おい!!東、しっかりしろ!!!!」


 東は家の庭で倒れていた。頭からは血を流し、庭の一部が血で染まっている

 俺が東に呼びかけたり、体を揺すっても返答は無い

 早く救急車をよばないと!!

 俺は慌ててポケットの奥に押し込んだスマホを取り出し震える手で119に電話をかける

 電話が繋がるまでの時間が無限に感じた

 


 「救急車をお願いします!!はい、はい……」


 「やぁ。よく来たね」


 「何で、お前……立てんだよ!?」


 やっと電話が繋がり、状況を早口で職員に伝える

 倒れている東の状況を説明し、ふと視線を離して東に戻すと倒れていたはずの東が立っていた

 東は気づいた俺に笑顔で手を振ってきた

 俺は眼の前で起こってることが理解できず、思わずスマホを耳から離してしまった

 そのままスマホを手放した。数秒後にコツンという音がした

 何だ……生きてるじゃねぇか

 心配させやがって


 「落ちてないもん」


 「でも、飛び降りてだろ」


 「あれはカメラの技術だよ。急に上に向けて俺が下にしゃがめば落ちたように見えるでしょ?」


 呆れた。嘘かよ

 こんな時間に電話かけてきて飛び降りるフリかよ

 人をおちょくるのも大概にしてほしい

 


 「その血なんだよ」


 「さっき赤い絵の具塗った。よく塗れてるでしょ?」


 東はそう言うといたずらっぽく笑った

 心臓に悪い。手の込んだいたずらしやがって

 マジでふざけるなよ


 

 「じゃあ、この地面の血は?」


 「赤い絵の具をぶちまけておいた」


 わざわざ絵の具を庭にまいたのか。頭おかしいだろ

 抜け目無いな。仕込みようにはあっぱれだ

 自分の家の庭だろ。そんな簡単に汚すなよ

 


 「本当に来てくれるなんて思って無かったよ。持つべきは友だね」


 「馬鹿野郎!!心配したんだぞ!!もしかしたら助からないかもって!!……本気で思ったんだぞ」


 東は優しい笑顔を浮かべたままバツが悪そうに頭をかいた

 俺は本心を吐露して、込み上げる思いに我慢出来ず泣いてしまった

 東は嗚咽をなだめるように俺の背中をさする

 東の手が背中に触れる。東の手は冷たかった

 外は肌寒い。冷えているのだろう



 「ごめん。悪いことしちゃったね」


 「本当だよ」


 俺は落としたスマホを手に取った

 スマホの画面は落ちた衝撃で少しヒビが入ってる

 電話は切れていた。いたずらだと思ったんだろう

 でも、救急車は必要ない

 東の手の込んだ質悪いイタズラだった



 「もう二度とこんなことするなよ」


 「しないよ」


 東はそう言うとニコッと笑った

 本当、クソガキだなぁ

 東ってこんなやつだっけかな



 「もし本当に全てを投げ出したくなったら、いつでも相談しろよ」


 「うん。ありがとう」


 「当たり前だろ。俺たち友達じゃねぇか」


 俺が不器用に笑って言うと東は嬉しそうに言った

 飛び降りる機会なんてそんなことない方がいいけど、もしそうなったら絶対止めてやる

 東は死なせない。俺はそう心に誓った

 こうなったら死ぬまで一緒に過ごしてやる

 もっと楽しいことがこれから山程あるはずだ

 一緒なら悩みも乗り越えられる



 「友達、そうだね」


 「ずっと一緒にいてやるよ」


 「あまり束縛されるのは嫌だなぁ」


 「別にメンヘラになるとは言ってないだろ」


 俺が一緒にいると告げると東は困ったように言った

 俺は東が勝手に死なないで欲しいから言ったんだが、東は違うニュアンスで捉えてしまったようだ

 いくらなんでもメンヘラにはならない。恋愛のメンヘラじゃなくて友情のメンヘラは地獄だろ


 

 「冗談だよ」


 「……お前人のこと茶化すの好きだな」


 東はまたイタズラ子っぽく笑って言った

 東ってこんな人の茶化すの好きだったっけか

 何か見慣れない東を見ているような気がして俺は違和感を覚えた

 でも気のせいだと思い、俺は東と他愛も無い会話を続けた

 気づけば太陽が登りかけていて、日光が俺たちのいる庭に差してきていた

 そろそろ帰らないとな。親がそろそろ起きる時間だ

 いないと行方不明だって騒ぎ出す



 「じゃあ俺、帰るわ」


 「うん。またね」


 「何かあったら言えよ。一人で抱えるなよ」


 「わかってる」


 俺は乗り捨てた自転車を起こす

 俺が手を上げると東は笑顔で返してきた

 俺は自転車を押して帰路につく



 「あ、そうだ」


 「どうした?」


 「これ、夢だから」


 東が俺の背中に呼びかけてきたので振り返る

 振り返ると東が飛び降りる時に見せた最高の笑顔を見せてそう言った

 すると、東の体の関節がありえない方向に曲がった

 首は右に90°曲がり、両手の二の腕が180°に折れ、両足も左右それぞれのかかとが膝にくっつく程曲がっている

 そんな姿になっているのに東の顔は笑顔のままだ。狂気だ

 一瞬のうちに起こった光景が脳内に深く刻まれた。トラウマになるだろう

 何だこれ……悪い夢か?

 俺の意識はそこで途絶えた



 「!!ハァハァ……何だ夢か」


 俺が目を覚ますと見慣れた部屋にいた。俺の部屋だ

 夢か。トラウマになる

 体を見てみると汗だくでビショビショで気持ち悪い

 あとでシャワー浴びよう

 時計を見ると5時09分を指していた

 いつも7時くらいに起きるのに、早すぎる

 これじゃあ一日の途中で寝る



 ブーブー



 「ん?なんだ?」


 シャワーを浴びようと体を起こすとスマホのバイブレーションが鳴った

 こんな時間になんだ?メッセージか?でも、バイブレーションがずっと鳴ってる電話か

 こんな時間に電話かけてくるやつなんて誰だよ

 充電コードを抜き、スマホの電源をつけて画面を見る

 するとそこには「Nightmare.」と表示されていた

 

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