第4話 ノルマニアの王の憂鬱

大陸標準暦1075年7月3日 ノルマニア王国 首都バルリナ


 ノルマニア王国は、大陸標準暦1050年頃に西欧諸国からの支援を受けて独立した、大陸中部の大国である。西部のセント・ウェストビア帝国と東のノーシア人民共和国に挟まれたこの国は、鉄鋼業と石炭を含めた化石燃料の採掘・開発で栄え、周辺国の工業発展に大きな影響をもたらしていた。


 その富で築かれた首都バルリナの中心にある壮麗な王宮にて、国王のベルヘルム1世は思い悩んでいた。彼は『ソビエトの軛』の後に西欧諸国の支援を受けて、ノルマニア地方の小国の領主から、複数の貴族や地方領主を従える王として出世していた。


「どうか致しましたか、陛下」


 彼の懐刀であるアルト・フォン・ビスムルク王国宰相が尋ね、ベルヘルム1世は片手で頭を抱えながら言う。ビスムルクは独立当時からベルヘルム1世の臣下として活躍してきた政治家であり、軍事力の増強を主体にした政策を進める剛腕ぶりから、『鉄血宰相』の二つ名を持っていた。


「決まっている。ウェストビアの生意気な老害共が、不当な要求を押し付けてきたのだよ。東の高慢な共和主義者に勝てたのは、西の理解ある商人どものお陰である事を忘れて、斯様な要求を出してくるなど…」


「彼の国は、創世教正教会の影響が思想面でも強いですからな…新派など目の仇にして当然でしょう」


 ビスムルクの言う通り、ノーシア大陸西部における、宗教と関連する思想は非常に複雑なものとなっている。セント・ウェストビア帝国は元々『創世教』という一神教の勢力が強い国であり、魔王及びソ連軍との戦争でも、正教会が多くの国々の団結の要となっていた。


 だが、帝国の下での統一の後、宗教思想は歪み、帝国臣民の増長を引き起こす事となった。『我ら魔王国とソビエト連邦に勝利したウェストビア帝国が、創世神の大いなる加護の下に世界を統一するのだ』という慢心の籠った思想は、支援していた欧米諸国からも問題視されているという。だが、地球方面では現在、東南アジアを中心とした大戦争が巻き起こっており、こちら側へ接触する余裕はなかった。それが帝国の慢心の拡大に拍車をかけていた。


「ともかく、今は相当に不安定な状況にあります。テラの国々が戦争で混乱しつつある状況、何を目論んで来るのか分かったものではありませぬから…」


「うむ…侵攻は間違いなく試みてくるだろう。西部方面軍には最大の警戒を指示してくれたまえ」


・・・


大陸標準暦1075年7月5日 スカディア王国東部


「これが、魔導空挺部隊か…」


 この日、エレン国王は演習場に足を運んでいた。目的は、新たに編成された特殊部隊の訓練視察のためである。


 ノーシア大陸における武力と文明の象徴が『剣と魔法』から『銃と科学』へと変わっても尚、スカディアでは多くの魔法使いや、魔法の行使に長けた種族が暮らしている。そしてスカディア王国は独立当初より、魔法を用いて戦う戦闘部隊の研究と編成に余念がなかった。


 その20年にも渡る研究の結果として誕生したのが、魔導空挺部隊である。ワイバーンよりも多くの物資や人員を運ぶ事の出来る飛行機が普及している現在、ソ連の傀儡国であるノーシア人民共和国では、侵攻の一番槍として輸送機で戦線の後方に展開し、パラシュートで降下・強襲する空挺軍が編制されている。それを参考に、パラシュートを用いた物理的手段ではなく、浮遊魔法を用いた神秘的手段で実現させたのが魔導空挺兵であった。


「これからの戦争、占領された国土を奪還する作戦では、特殊任務に従事する兵士が肝要となってきます。そもそもの人口が少ない我が国は、少数精鋭の部隊を幾つも持つ事が大切なのです」


 参謀長の説明に、エレンは頷く。そもそも勇者とそのパーティーは、ウェストビア王国のエリート部隊の様なものであり、優秀な戦闘能力によって圧倒的多数の軍勢を殲滅する事を主目的としていた部隊のリーダーであった彼は、その立ち位置を十二分に理解していた。


「そういう意味では、ゼナの『親衛隊』も同義だな。実際、アレに配属されている将兵の多くは、魔法能力の高い者で構成されている。銃と科学のみで国家の将来が決まるわけではない事を、知らしめるのだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤星の騎士団 瀬名晴敏 @hm80

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ