第3話 セント・ウェストビア帝国

 ノーシア大陸西部にあるセント・ウェストビア帝国。かつては魔王の国と対等に渡り合える人類唯一の強国ウェストビア王国と呼ばれたその国は、共産主義の赤い津波が達しようとした直前に欧米諸国から支援を取り付け、強大な軍事力を保持して侵略に撃ち勝った歴史を持つ。


 そしてスカディア王国が独立宣言を発した大陸標準暦1055年の7月21日、当時の国王は連合軍を組んだ国々を吸収し、帝国の樹立を宣言。南西部のエーフィリシア亜大陸や、広大な海を渡った先の新大陸にも進出し、合計900万平方キロメートルの広大な領土と3000万人の臣民を支配する大国へと成長していた。


 その繁栄の象徴たる帝都ウルビスは、スカディアより直線距離で南西に3000キロメートルの位置にある。フランスの花の都パリをも髣髴とさせる、円形の広場を中心に放射線状に道路を伸ばし、それを同心円状のバイパスで等間隔につなぎ合わせる、図形的な計画都市であり、それぞれ求められる機能ごとに大きく分けて四つの区画で構成されていた。


 そのうち、主に帝国軍に関わる施設で構成された東部地区、通称『イスト・ウォール』の帝国軍統帥本部にて、一人の女性が呼び出されていた。時は大陸標準暦1075年3月15日の事だった。


「卿も知っている通り、皇帝陛下は真にこの世界の人類による大陸統一と平和を望んでおられる。だが、下賤な侵略者と醜い魔人どもに尻尾を振り、不当に侵略を続ける者も多い」


 統帥本部長を務める元帥の言葉に、軍服を身に纏う女性は顔をしかめる。ウェストビアの上層部の多くが、魔王含む対立者全てを滅ぼし、ノーシア大陸をウェストビアの下で統一するという野望を秘めていた。


「そこで7月21日、建国記念日を合図に我が国は、ノルマニア王国に侵攻を行う。その時に卿にも、軍を率いてもらう。先駆けたる1個軍団だ、ありがたく思え」


 元帥はそう言いながら、一冊のレジュメを渡す。女性軍人はそれを捲りながら尋ねる。


「東部方面軍の3個軍団に加え、中央方面軍及び西部方面軍からも抽出・編成した1個軍団で侵攻、ですか…気合が入っていますね…」


「テラの方では、スカディアの忌々しき半端者と裏切者の集団を支援しているソビエト連邦が、大分厳しい状態にある。東ノーシアを支配する農民共も、経済問題に起因する混乱で介入する余裕は無い。ノルマニアの蛮族共に鉄槌を与えるには良い日ではないかね?」


「卿は、新たに神より祝福されし勇者である。その力量を見せてもらおうではないか」


 元帥との対談後、女性はその場を離れ、統帥本部内の一室へと向かう。するとそこに、一人の佐官が現れる。


「エルザ将軍、ノルマニア侵攻に参加するとお聞きしました。『勇者』の称号を与えられた者は苦労しますね…」


「…慰めの言葉は結構よ。祖国を捨て、倒すべき相手に寝返った元勇者に代わり、帝国最大の戦力として戦う事を求められた以上、こうして祖国に貢献するしか、存在価値は無いのよ」


「…元勇者エレンは、確かエルザ将軍の…」


 女性―『勇者』エルザ・バルディスはそう答えながら、かつての幼馴染であり、今や魔人や異邦人の王と化した元勇者の顔を脳裏に思い浮かべた。

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