第2話 ゼナ・ヘーシア

 ゼナ・ヘーシアが生まれたのは、父ヘーシア1世が首都スアムスの城塞にて独立宣言を発して間もない頃、大陸標準暦1057年3月9日の頃であった。


 ヘーシア王家最初の王女として生まれた彼女は、出生と外見に大きな特徴を有していた。それは、魔人たる母ガロナの影響を色濃く受け継いだ『高貴なスカディアン』であるという事だ。


 魔王ノスグルの支配していた魔人国は、古来よりヒト族の支配する国々と争ってきた大国であったが、彼の国は突如として歴史の表舞台から去る事を強制された。すでに大陸の東半分を手中に収めていたソビエト赤軍の猛攻が、彼の地を襲ったのである。


 騎兵の恐るべき脅威であった地竜リントブルムの大群はT-34中戦車とIS-3重戦車の餌食となり、飛竜ワイバーンを駆る竜騎兵はヤコブレフ戦闘機に撃墜されていく。首都であった魔都はツポレフTu-4重爆撃機の戦略爆撃を浴びて壊滅し、魔王自身も最期は85ミリ戦車砲と122ミリカノン砲の集中砲火を浴びて爆発四散したという。


 だが魔王ノスグルは全てを失ったわけではなかった。彼には幾つもの子供達がおり、その中の一人であるガロナは、これまでのヒト族との対立関係から脱却し、勇者エレン・ヘーシアと結ばれたのである。ヒト族と魔人の交流と婚姻には多くの者が反対を述べたが、人種と種族の区別なく悉く虐殺してくるロシア人の集団を前に、無駄な対立をしている余裕はなかった。


 最終的に二人の間には四人の子供が生まれた。うち二人は男であり、もう二人は女であった。ゼナは三番目に生まれた子であり、次女に比べて魔人族の特徴を色濃く受け継いでいた。彼女は世間一般のイメージする宮廷暮らしが性に合わず、魔人族の極寒の地で育まれた伝統的な暮らしを好んだ。


 彼女が生まれた頃のスカディア王国はともかく貧しかった。国王自身が軍隊を率いて、演習の名目で鹿や熊を狩って肉を稼ぐ程の状況を暮らしていた彼女は、自然と清貧な生活に慣れていた。次女が我が儘な王女様として知られる様になるのと比較すれば、彼女がどれだけ慎ましい暮らしを愛していたのかが分かるだろう。


 そして大陸標準暦1075年3月10日、18歳の誕生日を迎えた彼女は、父からのプレゼントたる自身の『親衛隊』を前に、満足げにしていた。


 ソ連赤軍より多大な影響を受けているスカディア王国軍は、総面積40万平方キロメートルの大地と800万の国民を守るべく、18歳から40歳までの年齢層の人々に対して兵役義務を課す国民皆兵制度を採用している。その規模は兵力15万と人口に比してそれなりに多く、9個歩兵師団と3個戦車師団が豊かな国土を守っている。


 だが、近年は東部国境に面するノヴィ・ルーシ共和国や、西の国で最も近い位置にあるノルマニア王国が軍事力を急激に拡大しており、ヘーシア王家は国家の創建者にして最大の守護者としての矜持を魅せる必要があった。そのノブレス・オブリージュを果たすべき存在として、ゼナに価値が見いだされるのは当然の帰結であった。


 すると彼女の目前に、一人の若い青年の士官が出る。髪は黒く、まるで若い頃の父に似ていた。


「ゼナ殿下、親衛隊の親衛歩兵大隊長に選ばれましたユリウス・ノーゼン少佐であります」


「ノーゼン少佐、私は此度の親衛隊を率いるにあたり、陸軍中佐の階級を頂いております。よって直接の上司は私自身となりますが、お恥ずかしながら軍事に関しては未熟です。実際の部隊指揮は少佐に任せます」


「はっ…」


 ノーゼンは敬礼を返し、ゼナは敬礼しつつ自身の配下となる部隊を見回す。最初の親衛隊は以下の編制であった。


・親衛歩兵大隊:3個歩兵中隊及び1個迫撃砲中隊、装甲兵員輸送車41両

・親衛戦車中隊:中戦車10両及び偵察戦闘車6両

・輸送中隊:大型トラック20台及び戦車支援車両11両


 ソビエト地上軍で一般的な編制を元にした編制で組まれたこの部隊は、主に機動力を重視しており、中佐の階級を持つゼナとしては満足のいく諸兵科混成部隊として仕上がっていた。


「さて、先ずは部隊としての行動訓練を行いましょう。向かうのは東部カーラ地方の東部軍管区演習場です。練度の向上のみならず、戦術の把握も目的として実施します。よろしいですね、ノーゼン少佐?」


「はっ…全ては殿下の望むままに」


 ゼナはノーゼン達親衛隊の幹部とともに、移動司令部を兼ねる装甲車へ乗り込んでいく。その様子を次女のティナ・ヘーシアは城の窓から見つめていた。すると同じ部屋で書類作業を行っていたエルフの官僚が呟く。


「それにしても、殿下の姉上は随分と男らしい趣味をお持ちなのですね。嫌になったりはしません?」


「いえ…姉様はああ見えて、化粧や装飾品にも興味はあるのです。ただ、わらわとは違って贅沢を好まないので、本当に安いものにしか気を引かれないのです。父はそれも良しだと思っている様ですが…」


 ゼナから遅れる事3年後、ティナが生まれた頃にはスカディアは西側諸国との貿易が進み、国として大分豊かになってきていた。物心つく頃には彼女は高貴な令嬢として育てられ、社交界で一目置かれる王女様として存在感を発揮していたのだが、それが王族の女性らしくない服ばかり着て、山で狩りをする生活を続けるゼナと対照的に見えたのである。


「ですが、姉様は母の特徴を強く受け継いでいるために、社交界では悪目立ちしやすいのも事実。余り一目に晒されぬ生活の方が楽なのでしょう。にしても、昨今は良い話を聞きませんね…西の帝国は果たして、如何様にこのノーシア大陸で振舞うおつもりなのでしょう…」


 ティナはそう呟きながら、姉が親衛隊を結成する動機の遠因となったであろう、遥か西の国の存在を脳裏に浮かべた。

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