第7話
「おはよ。佐藤君。」
保健室に鈴木が入って来た。やりかけだったが、問題集を閉じた。
俺が病院に運ばれて一ヶ月が経った。じめじめした梅雨の時期があけて、
代わりにギラギラした日差しと、蝉時雨が降り注ぐ。もうすっかり七月だ。
「おはよ。今日も熱いな。」
俺は服をパタパタしながら答える。
「タンスから半袖出すのめんどくさくて、まだ長袖なんだ。」
普通なら受け流すその言葉に俺は気遣いを感じた。それが少し気に障った。
「いまさら俺に言葉を選ぶな。」
もう随分丸くなったと思うけど、『俺だって頼られたい』とは言えなかった。
「やっぱりわかるか・・・・。あはは・・・やっぱりまだ人に肌見せるのちょっと辛くてさ。」
鈴木は七月から教室での授業に参加したいと言って行った。
そのならしで少しずつ変わろうとしていた。
それでも七月が始まり、三日が経とうとしている。
「もう少しゆっくりでも良いんじゃないの?」
鈴木は少し俯いた。多分何か考えてるので、俺はそれを黙って待った。
「いや!大丈夫!いつまでもここには居られないし。私頑張るよ!それに佐藤君が転校する前にカッコいい所見せたいし。」
そうだ。夏休みがあけたら鈴木、田中先生とはもう会えなくなるのか。
俺の家庭内暴力は思った以上にあっけなく解決した。
俺が暴力に曖昧な発言しかしなかったせいで、決定的な証拠が掴めず苦労したそうだ。しかし俺が家庭内暴力について喋ると、すぐに親父とあの女は掴まった。
落ち着いた後先生に「もう大丈夫だよ」と言われて、全部終わったんだと強く実感した。
けれど、俺は母方の祖母の家に引き取られ、転校が決まった。
「そうか。お互い頑張ろうぜ。」
「ふふ。」
鈴木が軽く笑った。
「なんだよ。」
「だってちょっと前なら、『甘えた事言ってるとまた机に叩きつけるぞ。』とか言い返されたなぁと思って。」
「今思うとほんと酷いな。悪かった。」
「しょうがないよ。あんな環境居たら考え方も偏ると思うし。」
鈴木がそう言ったのは俺を思ってだと思う。だけど少し知ってほしくなって、自然と言葉出た。
「親父さ。母さんが居る時はあんなんじゃなかったんだよ。母さんが生きてた頃は仕事とか頑張って、人に頭下げて会社員やってる人だった。元々血の気が多い人だったけど母さんと会って自分を変えようと頑張ってたんだって。」
勿論屑だった。今ですら殺したいと思う。殺して良いよと言われたら喜んで殺せる。
それなのに親父を擁護する言葉を紡ぐのは何故だろう。
「でも母さんが死んじゃって変わる事をやめた。俺じゃあ親父の意味にはなれなかったみたい。」
こんなこと言ってどうしたいんだ。鈴木も困るだろうに。
「そうか。佐藤君お父さんに好かれたかったんだね。最後までお父さんのこと言わなかったのも、周りに迷惑かけたくないって理由だけじゃないかもね。」
「は?そんなわけねーだ・・・・。いやどうなんだろうな。」
自分が耐えていた理由が、そんな子供っぽい物だと認めたくなかった。
でも簡単に否定もできなかった。
だから言ってみる。
「もしかしたら人の好意に飢えてたのかな。俺は人に好かれる人間になれると思う?」
少し弱みを見せて、頼ってみたくなった。
「大丈夫だよ!佐藤君は好かれるよだって・・・・・。」
「だって?」
途中で言葉をとめた鈴木に違和感を覚える。
「だって・・・えっと・・・田中先生!田中先生とか佐藤君の事好きじゃん!」
「そうだね。良い先生だよ。」
ね!と鈴木も相槌を打った。
お前は違うのかよ。とは聞けなかった。弱みは見せれるのに、好意を確かめる質問はどうしてこんなに難しいんだろう。
全然わからない。けどとても楽しかった。
けれど楽しむためには、俺は一つケジメをつけなければならなかった。
席から立って、保健室の入り口に手をかけた。
「行くの?」
鈴木が真面目な雰囲気で尋ねる。
「ああ。」
「わかった。悪いけどこれに関しては頑張れとは言わないから。」
「それで良いよ。」
俺は保健室から出て、自分の教室に向かった。
一ヶ月ぶりの教室だった。俺の事情を知る者は少なく、「久しぶり~」だとか「お前だけ夏休み二ヶ月分多くね?」など言いながら軽く接してくる。
腫物扱いされるのも困るから、この対応はありがたい。
あっと言う間に五時間目まで終わり、下校のチャイムがなった。
すると俺の席周りに四人群がって来た。二ヶ月前よく遊んでいたグループのメンツだ。
どいつも暴力と怒号でしか自分を表現できない俺に似た奴ら。
「おい。二ヶ月退屈だっただろ。久しぶりに行こうぜ。」
視線の先では俺らのグループの一人が、山田の首に手を回し「今日も来るよな?」と問い詰めていた。
俺は無言で立ち、そしてこういった。
「目立たないように体育館裏連れてけよ。」
そう来なくっちゃ。と周りの奴らもノリノリだった。
体育館裏に着くと、山田を六人で取り囲む。
山田は声も出せず、震えていた。そんな彼とは対照的に五人は「めっちゃ震えてるじゃん!ビビんなよ!」とケタケタ笑い合ってた。
俺はそれを覚めた目で見ながら前に出た。そして山田に背を向けて、五人と向かい合う。
「ごめんな。お前ら。俺はもう山田イジメから降りるわ。」
その場に居る全員が驚き黙った。誰一人として俺の発言と行動を予想できた奴は居なかったらしい。
「あー。そっか。じゃあいいや。佐藤は帰れよ。俺らがお前の分もやっとくから。」
「いや。それもやめてくれ。もう山田に手を出すな。」
五人がざわつき始める。
「き・・急にどうしたんだよ。二ヶ月ぶりだからノリ忘れたか?」
「ノリでも冗談でも無い。やめろと言ってるんだ。」
グループの一人が俺に向かって来た。何をされるのかわかった。きっと腹に蹴りを入れたいんだろう。
次の瞬間予想通り蹴りが飛んできた。
「うっ。」
少しよろけた。来ると分かっていても避けることはしなかった。
「久しぶりに来たと思ったら何ボス面してんだよ。ぶっ飛ばすぞ。」
「この事はもう先生に話してある!今辞めればまだ問題にならない!だがら・・・」
そこまで言ってもう一人にぶん殴られ、言葉が遮られた。
「てめーなにチクってんだよ。おかしくなったか?」
そしてまたボコボコにされる。流石に親父より蹴る力は弱くて気絶できなかったので、ずっと体に痛みが響く。
殴り疲れたのか。彼らは「もう飽きたから良いや。」と捨て台詞を吐いて去って行った。俺はその場で倒れたまま動けずにいた。
すると背中に蹴りの衝撃が走った。
「ゲホッ!」
咳込みながら振り向くと山田が睨んで、俺を見下ろしていた。
「今更何なんだよ!これで許されたとでも思ってるのか!お前のせいで僕は!」
そう言って彼もその場を去っていく。
「何かあったら田中先生を頼れ。あと、許されるとは思わないけど本当に申し訳なかった。」
彼の背中に言葉を投げかけたが、振り向かず走って行った。
保健室に戻った。ボコボコに腫れた顔をみると鈴木と先生にゲラゲラ笑われた。
山田にも蹴られたことを言うと更に笑われた。
お笑い芸人になろうかな。
「一応決着は付けたんだ。」
先生に手当してもらいながら鈴木と話す。先生も山田の件を把握してくれたので一旦安心して良さそうだ。
「許してはもらえなかったけど。」
「そういうもんだよ。私も前の学校のクラスメイトを許さないし、佐藤君だってお父さんと女の人許さないでしょ?背負って行くしかないよ。忘れないように。」
極端な環境に居て、生き方を狭めて生きて来た。その結果多くの人を傷つけて、衝突した。
それでも俺一人じゃその間違いに気づけなかった。だから本当に感謝してるんだ。
「忘れる訳ないさ。自分がやった事も、ここで過ごした時間も。」
全部俺の物にして成長するんだ。尊敬する二人の人間になれるように。
「だから、今までありがとう。」
溜息が聞こえた。田中先生だった。
「らしくないわねぇ。今生の別れみたいに言って。転校って言っても都内なのは変わらないでしょ?」
「え!?そうなの!?」
鈴木が驚く。そこまで驚かれたことに俺が驚く。
「言って無いっけ・・・?」
「もう会えないと思ってた。」
潮らしくなった鈴木を見て、かわいいと思った。
だから少しからかいたくなった。
「もしかして俺と会えないと思って、寂しかったの?」
「うん。」
今度は俺が固まった。予想外のカウンターに心が揺れた。
「めっちゃ寂しかったんだから!だから夏休み毎日会おうね!お祭り行ったり、一緒に勉強したり、…プール行ったり。」
「マ…マジ?」
追撃をうけ俺は冷静でいられなかった。だからこんなつまんない返ししかできなかった。
「うん!楽しみだね!夏休み!」
扇風機一台しかない保健室は熱かった。だから俺の頬が赤いのも、気分が高揚してるのもきっと夏のせいだ。
鬱陶しいと思ったが、夏はまだ始まったばかりで、終わる気配もない。
それなのにこんな熱いだけの季節になにか期待をしてしまうのは何故だろう。
それはこれからわかるはずだ。
だから少し頑張ってみようと思う。
人を支え、支えてもらう。そんな生き方をしながら。
闇鍋保健室 雛七菜 @nanana015015
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