第6話
次俺が目を覚ましたのは、病院の個室だった。
消毒液の匂いに包まれた布団から体を起こすと、全身に痛みが走った。
部屋の備え付け鏡で自分を見る。
手には包帯、顔にガーゼ。青い病衣から見える素肌はほとんど白色に覆われてミイラみたいだった。
あいつらマジで殺すつもりだったんだろうな。
『フッ』っと軽く笑った。
「いてて・・・。」
思わず頬を抑えた。
口を動かすと痛みが走ったので大声を上げたり、笑うのは控えようと思った。
「あ!」
入り口から声が聞こえた。
振り返ると鈴木が立っていた。制服姿で幽霊でもみたように驚いていた。
「変な反応すんな。俺が死んだとでも思ったのかよ。てかなんで居るの?」
質問に答えず、鈴木が俺に駆け寄った。
肩部分の布を思い切り握って、目に涙を浮かべて俺を見た。
「本当に死んじゃったかと思った。」
体重を俺にかけ、布の皺が更に増えて行く。
俺が生きてるのに涙を流して喜んでくれる人が居る事実が嬉しかった。
けど今すぐ離れて欲しいと思った。体重をかけられると今の俺じゃ踏ん張りが効かないから。
「やば。」
「きゃ!」
押される力に耐えきれず、鈴木もそれに巻き込まれ、一緒にベッドに倒れた。
「いっ……!」
鈴木が俺に倒れ込んで、全身に刺激が行き渡る。
けれどそんな刺激を忘れさせる、健康的なシャンプーの香りがした。消毒液の匂いの様な側にいるだけで安心する心地になる。
それだけじゃない。控えめだが確かに存在する柔らかな胸の感触。彼女の高い体温。
それらの情報が服越しにしっかり伝わって来て痛みを鈍らせた。
でも、そんな天然の麻酔も数秒程度しかもってくれなかった。
ズキズキとお腹の痛みが蘇って来る。
「は…早く退いてくれる?」
「あ・・うん。ごめんね。」
立ち上がった鈴木は何故か頬を赤らめていた。
やめろよ。そんな反応されるとこっちまで気にしちゃうだろ。
二人の間に気まずい沈黙が続いた。
そんな時だった。どこからか視線を感じた。見られてる?
視線の気配の元を辿ると、田中先生がニヤニヤしながらコチラをみていた。
入り口ドアに体を隠し、顔だけだしてこっそりこっちを見ている。
バレたかーと言って、病室に入ってくる。
「中学生の間は手繋ぐ位・・・行ってもキスまでにしときなさい。」
個人的には嫌いな展開じゃないけどねー。とケラケラ笑うのを違います!と二人で全力で否定した。
先生は俺に聞きたいことがあると言った。長くなりそうだと直感で理解し布団に戻った。
四脚の丸椅子に鈴木と先生が腰を下ろしお互いの話す体勢が整う。
「まずは命に別状なくて良かったわ。それで?その傷について詳しく話してくれるよね?」
「別に…これは転びました。」
俺の言葉を聞き、先生はただため息をついた。そして鈴木は困惑して、口を開く。
「なんでそんな嘘つくの?親にやられたんでしょ?」
「ちげーよ。」
「そんなに頼りない?私と先生が。」
声は弱々しく、言葉は確かめる様な遠慮しがちだった。
違う。そんな距離を取らないで欲しい。
俺はただ…ただ……どうしたいんだ?
端的に返す言葉思いつかない。暴力と暴言に頼って来たせいだ。こういうときに勉強って必要なんだと思った。
でも、伝える言葉思いつかなくても、とにかくこの気持ちを伝えたい。
だから全部話そうと思った。
「一年前、俺の体の傷を見た田中先生に同じことを言われた。私をもっと頼って欲しいって。」
先生と鈴木は黙って聞いていた。
「だから俺の家来て親父と喋ることになった。初めは何も無かったんだけど、先生が家庭内暴力の話題をした途端、親父が先生の胸ぐら掴んで大声で怒鳴ったんだ。家の話に介入してくんなって。それを見た時、もう先生に来て欲しくないって言った。」
「どうしてだったの?」
先生が俺に聞く。
「俺のせいで先生達が傷ついてほしくない。だからあいつらに近づかせたくないんだ。」
助けを求めたら、その人が傷つくと思った。
そうか。俺が良いたかったのはこの事だったんだ。
「そんなこときにするひつ…」
ガタン!
急に鈴木が勢いよく立ち上がった。丸椅子がひっくり返る程に。
先生の発言は、椅子が転倒した音で打ち切られる。
そして鈴木は先生の前に立ち、俺を見下ろした。
「なんだよ。」
俺が喋ったと同時だったかもしれない。
鈴木は俺のことをグーでぶん殴った。
ガーゼの所に拳を押し付け、おもいっきり振り切る様は一才の容赦を持ち合わせて無かった。
「ッ!…はぁ!?」
何か言い返したい。理由を問いただしたい。
けど頬に伝わる衝撃が痛すぎてそれどころじゃなかった。
傷口に空のアルミ缶を擦り付けられる感覚。
更に俺は殴られると思ってなかった。鈴木なら優しい対応をしてくれるんじゃないかって勝手に期待してた。
俺の中で鈴木はそういう位置付けの人間だった。
だからそんな人間に殴られたのが精神的にも応えた。
物理的にも精神的にも俺が受けた痛みの中で一番痛かったかもしれない。
「ふざけた事言うな!」
鈴木が大声で吠えた。
「そんなふうに私達を気遣えるなら、どうしてイジメなんかしたんだよ!」
不思議と今まで理解できなかった言葉の意味が体に染み込んでくる。
「あんたが傷つけた子が周りに心配かけたくなくて、悲しんでほしくないって考えて一人で追い込まれていくってどうして想像できなかったんだ!」
俺がいじめた奴にも、俺で言うところの鈴木や田中先生みたいな人がいて、その人らが俺が殴った痣を見て悲しんでる姿を想像して心が傷んだ。
そうだよ。どうして今までわからなかったんだ。
俺は最低な事をしてた。今まで気づけなかったのが信じられない。
親父、あの女と同じ道を歩くのを酷く嫌悪した。
あの二人と戦うにはあの二人のやり方を真似するしかないと思っていた。でももうやめよう。
「鈴木。」
ちゃんと話そう。俺は変わるんだ。
「俺が間違ってた。俺にはそんな事言う資格なかったんだ。」
目の奥から溢れる涙で視界がぼやける。
泣いても殴られるだけだから、泣き方なんて忘れていた。
懐かしい感覚だった。
「だから俺が、これから普通の人間になれる様に頑張るから何かあったら助けてくれないかな。」
それを聞いて今度は鈴木も泣き始めた。
なんでお前が泣くんだよ。
それがおもしろくて、なんか俺の涙は引っ込んだ。
「うん。私も頑張るから。あと殴ってごめんね。」
「ほんとだよ。めっちゃ痛かったんだからな。」
先生が立ち上がって、自分の席に鈴木を座らせてた。
俺が鈴木の背中を摩ってる時、ながらで良いから聞いてと先生が言った。
「私達教員は君の証言が取れなくて何もできなかった。でも今なら言ってくれるよね?」
先生が尋ねる。
「親にやられたんでしょ?」
手を止めて先生の目を見た。
ずっとこの時を待っていた。そんな気持ちが伝わる表情だった。
そうだ。この人達は味方だ。明日敵になったりなんてしない。
信じるんだ。
俺は無言で首を一回縦に振った。
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