第3話

家に帰ると相変わらず酒の匂いがした。平日の昼間だというのに居間からはテレビの音が聞こる。親父がいるのがわかった。少しでも音を立てたら殴られるので静かに玄関扉を閉めた。


床に転がってるビール缶を避けて、中身の無いペットボトルを踏まないように下をみながらキッチンに向かった。


お腹が空いたので、コーンフレークを食べようとした。袋に名前が書いて無いのを確認し皿に移していく。


次に牛乳を取って居れようとした。


その時背中の痛みが蘇って、手がぶれた拍子で牛乳が地面にびちゃびちゃ音をたてて飛び散った。制服に牛乳がしみ込んで、乾きそうにない。


あーあ。また怒られるなぁ。


真っ先にその考えが頭に過ると、案の定父親がとんできた。


牛乳がぶちまけられた床を見て舌打ちしてから無言で俺を蹴り飛ばした。


蹴り飛ばされて、全身が牛乳に塗れた。


制服が牛乳を吸って少し床が綺麗になる。


俺雑巾みたいだな。


「なにやってんだよ。」


親父は俺の方を見ずに呟いた。その言葉は怒ってる訳でも、呆れてる訳でもなかった。せめてイラついたから蹴るとか何か感情を向けろよ。思わず親父を睨みつけた。


「なんだよ。また蹴られたいのか?」


親父は冷蔵庫から取り出したペットボトルの水を飲み終えてから、俺にその言葉を吐き捨てた。勿論俺の事は見てない。


空になったペットボトルを俺に投げつけた。


頭に当たってカッと良い音が鳴る。


「調子乗んなよ。クソガキが。」


玄関ドアが開いた音がした。現れたのは親父と付き合ってる女だった。この女が通った道は甘い香水の匂いがする。むせかえる程濃い匂いで鼻に入る度吐き気がする。化粧は濃く、ギャルのメイクをしている。どっかでキャバ嬢をやってるらしい。


「うわ。きったねぇ・・・。」


牛乳に塗れた俺を見て女はそう呟いた。


「どうした?急に家来て。金ならねーぞ。」


「そんなの知ってるよ!そうじゃなくて今からご飯食べに行かない?ここ行きたいんだけど!勿論おごるからさ!」


「おお。気がきくじゃねーか。行くか!」


二人はキャキャしながら楽しそうに話しながら外に出て行った。


俺は黙って牛乳を拭いていた。髪からポタポタ牛乳が垂れる。


恨みも何も無い。俺が弱いからいけないのだ。


だから俺の体がもっと大きくなったらあの二人は必ず殺そうと決めている。


俺は全く気にして無い。牛乳を拭き終わった後、親父に当てられたペットボトルを思い切り蹴り飛ばした。




次の日、俺は一応保健室に行った。先生に明日も来いと言われたから来ただけで本当は行きたくなかった。けど無断で休むと先生は家に来る。


それが本当に嫌で俺は学校にはサボらずに通ってる。


親父とあの女に先生は会って欲しくない。なんでかわからないけどそう思う。


保健室に入ると思わずため息をついてしまった。開幕で飛び込んできた光景が鈴木だったから。


また昨日と変わらず、机に問題集を広げて勉強してる。


扉の音に反応し鈴木は手を止めこちらを向いた。


「残念。田中先生じゃなくて俺だよ。見てねーで勉強に戻れ。」


鈴木から目を離し俺はベッドに向かおうとした時だ。


「今日何でジャージなの?」


鈴木が話しかけてきた。


「どうでもいいだろ。」


声をかけられると思わなかったので、足を止めて答えてしまった。


「そういえば昨日も今日もベッドに向かってたけど勉強しないの?来年受験だから勉強しとかないと大変だよ。」


「いいよ。俺行かないし。」


「そうなんだ。何かしたい事があるの?」


「別に無いよ。決めてることはあるけど。」


「嘘!?何決めてるの?」


違和感を感じ鈴木を睨んだ。


「あのさ、馴れ馴れしくね?俺達友達じゃねーんだからさ。」


それに昨日俺にボールペン突き立てて、死ね死ね言った事忘れてんのか?


別に俺は気にして無いけどお前の怒りは1日寝たら消えるくらいのしょうもない物だったのか?


「じゃあ今から友達になるのは?」


意味が解らない。こいつ俺の事嫌いじゃないのか?無視してカーテンを閉めてベッドに入った。


すりと即座にカーテンがシャーと音をたてて開いた。光を背に受ける鈴木が目の前に立っていた。


何をしに来たかと思えば急に布団をバンバン叩き始めた。


「ここ勉強する場所だよ!起きて!」


容赦なくバンバン布団を叩く。俺の体もろとも叩いてるのに気づいては無いらしい。


「やめろ!てめー何なんだよ!またボコされてーのか⁉」


「良いけど今度は私が勝つよ。」


鈴木は不格好なファイティングポーズで俺を見据えてた。それでも顔はニコニコして楽しそうだった。


「どういう風の吹き回しだよ。」


対応に納得がいかず、質問する。


「ちょっと話したいなと思ったの。貴方の事が知りたい。」


ますます意味が解らなかった。いや女はこんなもんか。


その日その日で態度何てコロコロ変わる。


それをどうこう言うつもりは今更無いけど、それに付き合うかは俺の問題だ。


消えろ。と言おうとした時だった。


「そうよ。仲良くしなさい。」


鈴木の後ろから田中先生が現れた。


「とりあえず、布団から出なさい。勉強教えてあげるから。」


消毒液の匂いを置き去りに先生が机の方に歩いて行った。


「いやいいですよ。先生だって忙しいでしょ。」


「思ってもないお気遣いありがと。業務をしながら、貴方達の面倒見るの何て訳ないから早く来なさい。」


それから保健室での正式な活動が始まった。


普通の生徒が勉強する時間は普通に勉強して、昼休みは普通にご飯食べて、時間になれば下校する。


その日からやたら鈴木が話しかけてくるようになった。


趣味だとか、休みの時何してるだとかそんなどうでもいい事を聞こうとして来る。


最初はずっと無視していたが、次の日も次の日も何度もしつこく聞いて来る。


「だから話しかけてくんなって言ってんだろ!」


「わかった。もう話しかけないから。」


「嘘つくな!てめーこの会話何十回してると思ってんだよ!明日も好きなスポーツは?とか学校の先生がするみてーな下らない質問してくんだろ?」


「そんなことしないよ。私は面白い質問しかしないよ。」


「その返答も十回以上聞いた。あんまりしつこいとまた机に叩きつけるぞ。」


「そんなことしたら私が許さないからね。」


暴力をちらつかせると先生に怒られるので、次第にこういう言葉遣いがするのも減っていた。それに気づいたら休み時間はこんな言い合いを毎日してる。


鬱陶しいったらありゃしない。軽く蹴り入れる位なら許されそうだから次質問されたらやってみようかな。


家に帰りながら鈴木から貸してもらった参考書を読みながらそう思った。



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