第2話 日常リターン非日常
オレは遅刻した。厳密には、学校にはまだ着いていない。だが学校はもう始まってるであろう時間。
何故遅れたのか。それは川に落ちた女の子の遺体を探していたからだ。
だがその必要は無くなった。
「なるほどね。この距離でも耐えれるんだ」
そう言って彼女は髪に付着した水を雑巾を絞るように切った。
「……生きてた?」
「うん。君、私のこと見てたでしょ」
オレは頷く。彼女は微笑んだ。
「いずれわかるよ」
オレの顔を見てそう言う彼女。どうやら、なんで生きているのか気になっているオレへの返事らしい。
オレはそんな彼女を見る。
髪は長い。背中まである。そして黒い。目はキリッとしている。凛々しい顔。日本美人ってやつだと思う。
そしてセーラー服だった。
靴は脱いでいるようで裸足。「痛くないの?」と
特異体質というやつだろうか。生まれながらの才能。
「つい最近、この力が宿ったの」
特異体質というやつだろうか。後天的に得た才能。
オレは少し嫉妬した。
「宿った?」
「うん。いずれわかるよ」
「いずれっていつ?」
「質問ばっかりだねー。ちなみに日付はわからない」
オレは少し反省し、出来うる限りの笑顔を見せた。
「オレは
「私を?」
こちらを見てキョトンと不思議そうな顔をする彼女。次第にほぐれていき、笑顔に変わった。
「心配してくれたんだね」
楽しそうに話す彼女を見て、オレは今とても可愛い人と話しているんだと改めて理解できた。
そして同時に来る緊張感。
落ち着け、いつもと同じように接するのだ。
「それにしても、髪すごいテカテカだね」
「やっぱりおかしいかな!?」
動揺はいずこへ。オレは動揺と共に髪に塗ったものを川に流した。もしかしたら環境汚染かもしれないが、そこまで気が回らなかったのだ。
ビショビショにぬれた上半身。オレはバックパックに入れていたタオルを取り出し、体を拭いた。
羨ましそうにこちらを見る女学生がいたのでタオルを貸した。
「ありがとう」
頭を拭く彼女を見て、オレはこう呟くようにこう言った。
「名前なんていうの?」
「なんだと思う?」
オレの小声をちゃんと聞いていてくれた彼女だ。なんとなく優しそうな名前だと思う。
「夕奈とか?」
「ぶっぶー!」
オレは脳裏に名前を過らせる。
どれもしっくりこない。と言うか半分以上が男の名前な気がする。
「……わからない。降参」
「降参したら下の名前しか教えないよ?」
なんだか面倒くさい子だな、と思いつつ、最後のチャレンジをしてみる。
「ひおり」
「ぶっぶー!」
ニヤニヤしている顔を隠しているのか手を口に持っていっている彼女は、挑発するようにこう言った。
「降参?」
「……さな」
最後と言ったが、あれは撤回だ。
「……」
彼女のテンションがあからさまに下がった。
当たりなのだろうか。
「ぶっぶー」
「……外れ?」
座っているオレは、立っている彼女を見つめてそう言った。彼女はお淑やかに座り、こう言う。
「
「フルネーム」
「タオルのご恩。ありがとう」
「うん」
オレは少し頬を赤らめていたのかもしれない。小鳥遊さんは頬を赤らめていた。
それからいろいろ話す。年齢はオレと同じだとか、シュークリームが好きだとか、いろいろ。
そんな小鳥遊さんと別れる時が来た。
「私これからやりたい事があるの。だから、バイバイ」
「……オレも、学校行かなきゃ。またね」
オレはバックパックを背負い、小鳥遊さんに後頭部を見せる。
後ろから声が聞こえた。
「王様になりたい?」
「……王様?」
返事は無いので、このまま続けて言った。
「多分、なれないかな」
「そっか。了解」
それが最後の会話。オレは大人しく学校に向かった。服は次第に乾く。学校に着く頃には乾いているだろう。
「
学校に着き、早々に怒られる。
「ごめんなさい。反省してます」
宿題を忘れたあげく授業に遅刻。先生は怒っていた。
オレは自分の席に着く。端っこではなく真ん中。うるさい場所である。
「おつかれ」
「災難だった」
横の席の男と会話する。おちょぼ口で常にいるそばかす顔の天然パーマ男子。時々こうして話しているクラスメイトの一人だ。
「お、チャイムが鳴ったな。授業を終わる。くれぐれも遅刻はしないように、それと宿題もやってくるように!」
オレの方を見て言ってた気がする。赤と白のジャージを上下着ており、上半身は前のチャックを全開に。黒いピッタリとしているシャツを見せている女性教師が怒りながら教室を出た。
「
前の席の女子がオレに声をかけてきた。おさげの子だ。一ヶ月前にメガネからコンタクトに変えたと思えば今はまたメガネに戻っている。噂では恋していたと聞いたが真意は不明。漫画好きなので時々話している。
「学校が始まるのが早いんだよね」
「ふふっ。わかる」
何か用事があるのか、前の席の女子を呼ぶ先生の声が。その子は教室を出ていった。
「
そう言ってノートを差し出してくれる女学生が一人。制服を怒られない程度に着崩しており、髪やメイクといったものも怒られない程度にやっている、全力で青春を楽しもうとしている子だ。意外と優しく、時々こうして甘やかしてもらってる。
「ありがとう」
「うん。お礼はみつサイダーで」
「五百のやつ?」
「二リットルで」
「すごい飲むね!」
オレは借りたノートを写し始める。昼休みにノートを返した。
「ありがとう」
「うん。放課後よろしく」
オレは頷く。
オレは一人でご飯を食べた。
授業を乗り越え放課後が来る。地元では都会と言われるレベルの都会に行った。ノートのお礼にとあの子と一緒にスーパーマーケットに入る。お茶と二リットルみつサイダーを買った。
「ぷはー! ありがとう」
まさかのコップに入れずそのまま飲んでいる彼女。オレはそれをまじまじと見た。
「美味しい?」
「そりゃ」
「美味しいよね」
「美味しいよね」
わざと言葉を被せてみる。オレたちは笑った。
そして別れる。しばらく歩きながら、オレは考えた。彼女のことを。
(
オレはその名前が忘れられずにいた。
「やばいやばいやばいって!」
「スマホ、写真とろ!」
「動画の方がいいでしょ!」
「マジで燃えてるよ」
「救急車! だれか救急車!」
「消防車も呼ばなきゃ!」
「救急車の電話番号って何番だっけ?」
「スマホ持ってるだろ! ググれ!」
「赤いって!」
小鳥遊優依さん。オレは彼女の顔を思い出す。なんで彼女はあの高さから落ちて無事だったのだろうか。なんで彼女はあそこにいたのだろうか。
疑問が疑問を呼ぶ。
止まらない思考。
(もっと、話したかったな)
道を曲がる。オレは熱を感じた。
目の前には大人数の人間が何かを見ている。ここはビルが並ぶ場所。高いビルでもと冗談でも言っている場合ではない。
「……」
ただ、それを見ていた。
オレは、ただ、それを見る。
「やばいって!」
つい、先程別れたばかりの女の子。顔は焼かれ、肌がただれている。ストレッチャーで運ばれており、首から下は見えない。
「え」
ただ、それを見ているだけ。
「あ」
いや、違う。何かが溢れる。
こ、れは。な、み。だ。
言、葉が言葉と。しての役、割を失っ、ていく。
「
魂がオレの体に入るような感じ。オレの意識は戻る。
その声の主はオレのクラスメイト。
「あ」
ことの重大さにようやく気づく。
「はっ」
息が、吸えない。
「かっ、はっ、あ」
過呼吸になり、息が満足に吸えない。辛い、逃げたい。忘れたい。
でも、死んでほしく無い。
あんまり関わらない子だけど、でも、それだけは……。
何かが、変わっていた。
「おいま」
爆風がここまで来る。
どうやら、野次馬が沢山いたところで何かが爆発したようであった。
そう、何かが。
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