王の晩餐

加鳥このえ

プロローグ

第1話 移り変わる日常

「王様が観測された。あの星には、傲慢で我儘な人がいっぱいいる。私たちとは違う、強烈なインスパイアをもたらす者たちがね」


 そんな声が聞こえた。この空間に固体はない。ただ淡々と、そんな声が響く。

 ここは何もない空間。


「やってみるか?」


「うん」


 ただ、音が響いていた。


 別の場所で、男は歩く。


「あっ」


 学校までの長い道のり。平坦な道が続いているがゆえ、山道を登るような学生と比べるとどうってことない通学なのだが。それでもオレは山を登って登校した経験がないので今の方が辛いと感じる。


 そしてなにより辛いのが、今日提出予定の宿題をやり忘れていたのだ。


(……怒られるかなー)


 ただ、漠然と、この日常を生きる。


 ふと心が空っぽになったような気がして、スマートフォンのある写真を見る。


 そこに写っている写真には二名の人物が。


 一人はオレ。平凡な男。自分のことを平凡だと思う人は多いと思うが、オレの場合は本当に平凡。平凡と言ってはいるが、それは個性がないと言うことで。ただ単にオシャレをしていないのである。生まれたままの姿。髪も染めてないし、そもそも校則で染められないし。目が大きくなったり、頬肉が少なくなったりするマッサージというやつがあるらしいが、それもやってない。ただ、オシャレに興味がないんだなと思わされる男。


 だが安心しろ。これは三年前の写真。中学二年生だった当時はそれはもうダサい男の子だったが、今は違う。


 高校二年生になったオレは親から貰った髪につけるやつを使用している。朝付けて、綺麗にセットしたらもう完璧だ。


「お母さん、あの人の髪すっごくベチャベチャしてるー」


「それにぺったんこで変だー」


(……え?)


 遠くにいる園児二人がそんな事を母親に言っていたが、誰のことを言っているのだろうか?


 変な髪型のやつがいるんだろうな。


 それはそうとして、この写真に写るもう一人の人物。


 それは女性である。


 いわゆる幼馴染というやつで。転校して遠くへ行ってしまってからは連絡をとっていない。


 スマートフォンは高校に合格した祝いで買ってもらった。彼女が転校する前に連絡先は貰ったのだが、なんだか照れ臭くて電話できなかった。


 今でも何かの用事で電話をかけるのは苦手なので、オレはそういうのに向いてない人間なのだろう。


 ということで連絡はしていない。スマートフォンを買った記念に幼馴染である万十比織まんじゅうひおりを連絡先に登録したはいいものの、思春期もありなんだか勇気が出なかった。


 そんな彼女の三年前の写真がこちら。


 くりくりした目は、長い前髪で少し隠れている。素直な笑顔が輝く彼女。夏に撮ったこともあり、汗で輝いてるのかもしれないが、それを加味しても目を引く容姿をしていた。ちゃんと見れば可愛い女の子だと思う。そう思うことでオレも誇らしくなる。背は女子の平均身長くらい。もちろんオレよりも低い。一人が好きなタイプなのか、よく一人でアパレルショプやカフェに行っていたという話を聞いた。写真を撮ろうと提案してきたのも彼女だ。


 そんな比織は今どうしているのだろうか?


 唯一の幼馴染のことを思いながら歩いていると、赤信号の横断歩道に着いた。


 とりあえず待つ。


 ふと自転車で登校しているクラスメイトを見つける。


 声をかけようと思ったが、相手は女子だし、毎日の掃除の時間にしか話さない仲だし、やめた。


 青になるまで暇だったのでスマートフォンでニュースを見る。尻目に隣の信号を見ると赤になっていたので、もう時期青になるかと待ち侘びていたが、どうやら歩行者、車、歩行者、車という単調なタイプではなかったらしい。


 時間があったのでいつもとは違う道から通学している。なのでこういうのは付き物だ。


 そう思いスマートフォンに再び視界を落とした。それと同時に小学生がボタンを押す。


 どうやらこの信号は押しボタン式信号機だったらしい。


 あの黄色いやつがオレを見ている気がした。そして気まずい。お兄ちゃんはボタンを押さずに突っ立っていたのだから。


「青だー!」


 そう言って小学生は走る。オレは白い線の上を跳ぶように歩いた。


 そんな、日常。


 ただ、朝の空気が肺に入る。


 王様ってなんだ? 傲慢ってなんだ?


 オレはこの時、少しの我儘を通した。


 いつもの通学路に合流して、いつものオンボロの橋を渡る。そしてただ、突っ立っていた。


 この橋には、ていうかほとんどの橋には付いてると思うんだけど、歩行者や車が落ちないようにあるあの柵。欄干らんかんと言うらしいんだけど、そこに女学生が立っている。


 この辺にある高校はオレが通っている所のみ。オレのところの制服ではない。となれば中学生だろうか。


 この橋は端から端まで歩くのに約二分ほどかかる。橋と川の間、高さは約十メートルほどある。


 こんな危ないところで何をしているのだろう。


 オレは危ないと声をかけることもなく、ただ、その子を見ていた。


 まるで時間が止まったかのように、オレと彼女は動かない。


「……来た」


 一見すると大人しそうな女学生。だが行動は、予想できないものだった。


 女は落ちる。


 川へ向かって。


 あの川の深さなど知らない。落ちたらどうなるのかなど知らない。


 だが、オレは動かなかった。


 ただ、それを見ている。


 女の子が見えなくなって、オレはことの重大さに気づけた。


「え……えっ!?」


 急いで川を見る。だがそこには、誰もいなかった。


(沈んでる?……それとも橋の下で見えないだけ?)


 その、真相は、も、うじき、わか、る。


 言、葉が言葉にな、らな、い感、覚を味わ、い、オ、レは、息を、呑む。


「王様を探そう。傲慢で我儘な、王様を」


 ただ、オレはそれを聞いていた。


「……」


 まるで時が動き出したように、風が吹いた。


 何かが、変わった気がする。

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