第7話 報告

 バン達が二階のギルド長室に入ると、中には既に五人の人物がいた。

「よう、お疲れさん。ゆっくり休めたか?」

 そう声をかけるのは、突き当りの大きな執務机に座る、六十過ぎの禿頭の男だ。顔には老いが見えるが、その肉体は現役に引けを取らないほどに鍛えられている。彼がギルド長レバントである。

「二人共、ご苦労だったね」

 一人はエヴァンス公爵。机前のソファに陣取っていて、その後ろにはブライアンが控えていた。

「やっほー、おつかれさま〜」

 そう言うのは公爵の隣に座る小柄で糸目の女だ。夕陽色の髪を両耳の上で縛っているが、若いのか妙齢なのか判断がつかない顔立ちをしている。手にする得物は身長並みの長剣である。

 魔性のターニャ、と呼ばれている。

「遅いぞ、二人共」

 テーブルを挟んで公爵とターニャの向かいに座るのが、精霊殿の司祭長ディルバトールである。レバントと同い年のこの男は、恰幅が良く、気難しい顔をしており、この場で一番貫禄があるように見える。

 彼が、エリサが苛烈と称したユートルの父親だ。

「お疲れ様です、皆さん。お待たせしました」

 クリストファーが手を上げ、バンも黙って会釈をした。

「悪い、椅子が足んねぇ」

 ギルド長が言う。

「俺はいい」

 バンがクリストファーを司祭長の隣に促し、扉の脇に背を預けた。さすがに自分の巨体を司祭長と並べられないだろうと思ったのだ。

「すまんな。んじゃ、始めるか」

 とギルド長。

 始めるのは森の異変に対しての報告会議だ。

「では、私から報告します」

 口火を切ったのはクリストファーである。

「ティーエフ殿、セレンシア殿と合流して調査した結果、“精霊の慟哭スピリット·クライ”と断定しました」

「やっぱりかぁ」

 ギルド長はため息をつく。

「ウチ、特級なってから初めてだわぁ」

 と、そわそわした素振りで呟くターニャ。

「十二年振り、だったか」

 公爵が言う。

「そのため、今ティーエフ殿に頼んで一時的に抑え込んでもらっています。セレン殿はその護衛で残りました。……私も特級になってからは初めてですね」

「特級で前回参加したのは、バンとセレンシア嬢とティーエフだけか」

 と司祭長。

「前回がなかなかに厄介だったからな、俺含めて三名が負傷により引退した」

 実のところ、ギルド長の右足は膝から下が失われている。それを機にギルド職員になり、現在責任者をしているという経歴の持ち主だった。

 それでも鍛錬を続けており、その実力は上級に匹敵する辺りが、彼の戦士としての才能を如実に表している。

 他の二人も特級を維持できなくなっただけで、そこそこの力を持ってはいたが、年齢や家族を理由に早々に見切りをつけたのだった。

 “精霊の慟哭スピリット·クライ”とは、それほどまでに脅威的な厄災なのである。

 根本の原因は解明に至っていない。現在分かっているのは、正体不明の強大な精霊が森の奥に眠っており、時間をかけて溜め込んだ邪悪な力を放出しようとしているということ。周囲の魔物を凶暴化させるその力は、放置すると史上最悪の災害と言われる“精霊暴発スピリチュアル·バースト”を引き起こすだろうと予測されていた。

 “精霊暴発スピリチュアル·バースト”とは、膨大な精霊力や数多の精霊そのものが急激に圧縮されたのちに、一気に爆発する現象のことだ。“精霊暴発スピリチュアル·バースト”そのものは大なり小なり各地でたびたび発生する。こちらも明確な原因は不明である。あらゆる起因により発生するため、特定できないでいる。

 なお、五年前に隣国で発生したそれは、辺境領バルダバルの三割を一瞬にして吹き飛ばした。隣国史上最大の規模とされ、バルダバル災厄と名を付けられるほど人々の記憶に深い恐怖と悲しみを植え付けている。

 その“精霊暴発スピリチュアル·バースト”が、もし最奥の精霊が原因で発生すれば、その災厄を遥かに凌ぐという。森の大半が消失するだけでなく、周辺の町々をも砂塵に帰すであろうその災禍を防ぐため、冒険者ギルドは早急に対処しなければならないのだ。

 特級という階位は元々、それを目的に制定された。彼等は“精霊暴発スピリチュアル·バースト”を起こさせないよう、“精霊の慟哭スピリット·クライ”が観測された時点で制圧をする義務を負う。それゆえに、原因となる最奥の精霊に比較的近い森周辺の町を拠点に活動をしていた。

 ちなみに件の精霊は、森の最奥にいるとされるが、森の深い所という意味の最奥であり、厳密に森の中央にいるわけではないので、対処義務が課せられた町のギルドは限られている。

「まぁ、セレン嬢とティーエフとバンがいればとりあえず大丈夫そうか」

「善処はする」

 ギルド長の言葉にバンが応える。実際、挑んでみないとなんとも言えないのが現状だった。最奥の精霊はおとなしく制圧されてはくれず、当然防衛反応を示す。その攻撃手段は多岐に渡り、毎回一筋縄ではいかないのである。

「ブライアンを貸すから使ってくれていいよ」

 公爵が背後を親指で指し示して言った。うなずいて見せるブライアン。

「それは助かる! 彼の索敵能力は非常に優れていた」

 クリストファーが喜んで声を上げた。

「腕もかなり立ちそうだもんね。上級か、もしかしたら特級いくかも?」

 と、背後を振り返ってターニャが値踏みするようににやりと笑う。

 しかしブライアンは首と手を小刻みに振って否定した。

「暗躍技能を得意とする男だからね、露払いくらいはある程度すると思うけど、正面切っての戦いは向いてないよ」

 補足する公爵。

「でも、いいのか? 手数が増えるのはこっちとしても喜ばしいが、彼はよその国で冒険者してる身だろう」

 複雑そうな表情でギルド長がたずねる。

「あぁ、だからあまり前線では戦わせないでくれると助かるね。元々古い友人の使いでこっちに来てもらってたからさ」

 公爵は肩をすくめた。

「承知した。無理のない範囲で助力をお願いしよう」

 クリストファーは頭を下げた。笑顔で再びうなずくブライアン。かなりの無口らしい。表情自体は豊かだが、一切口を開かない。そういう性分の男のようだ。魔物の存在を知らせるのも指笛を使っていた。

「“精霊の慟哭スピリット·クライ”の影響で凶暴化した魔物の対処には、あらかじめ中級以上の有志を募る報せを出していた。既に何人も参戦を表明してくれている」

 とギルド長。司祭長も、

「精霊殿でも部隊を結成するよう言ってある。後方からの支援は任せろ」

 と告げた。

「費用は気にしなくていいから、万全の態勢で挑みな。分かってるだろうが、抑えられないと辺り一帯が壊滅するからね」

 公爵が言う。

「森は魔物の巣だけど、大事な資源でもある。町はもちろん、森も守るんだよ」

「はい!」

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双剣のエリサは強くなりたい みやしろん @gizen-m

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