第5話 決断
キャンプと町までの行き来は、本来なら徒歩か、一日一便の送迎用の馬車に自腹で乗るかの二択に分かれる。しかし今回は公爵の計らいで荷馬車が三輌手配されていた。森から無事脱出できた者達はそれに分乗して町へと戻ることになり、エリサ達も翌朝それに乗って帰路に着いた。
誰もが疲れきった顔して黙り込んでいた。運良く強力な魔物に遭遇しなかった者でさえ、森の異常と事態の深刻さを察知しており、これから起こるであろう脅威に緊張している。
マズイな空気だな、とエリサは思った。こんな沈鬱な状況は、長引くと良からぬことを次々と呼び込む。
嫌な予感がして仕方がなかった。
──そしてそれは現実のものとなる。
「やめる?」
エリサは自分が何を言っているのか分からずに言葉を紡いだ。それは元々、申し訳なさそうな顔をするユートルから発せられたものだった。
町へと戻り、いつもの宿で一日休んだあと、裏庭で顔を合わせた際に告げられた。
「僕は、狩り師をやめようと思います」
「……」
エリサは口が乾き、冷や水を浴びたような気分になった。……が、なんで、とか、考え直せ、などとは言えなかった。
キングトロールに遭遇して、一番衝撃を受けていたのはユートルだと思っていたからだ。
そもそもユートルは望んで魔物狩り師になったわけではない。父親が町の精霊殿の司祭長であるがゆえに、魔物狩り師を経験しておくべきという教育方針の下、無理矢理やらされていたにすぎないのだ。
本人の性格も決して魔物狩り師に適してはおらず、むしろ何故狩り師になったのかと思うほど気弱。エリサ達とパーティを組んでから五年、町を守る狩り師達の力にならなければという義務感だけでよく頑張ってきたと思うくらいだ。
だがそれも、おとといの出来事で折れたらしい。
「そうか」
やむをえないか。エリサはユートルの決断を受け入れることにした。無理をさせて死なせてしまっても責任を取れはしない。元より魔物狩りなんて危険な仕事は、無理矢理やらせるものでもないのだ。ユートルの父親は苛烈すぎる。
「親父さんは納得したのか?」
スヴェンがたずねる。
「えぇ、昨日話をしまして。元々二十六になったら精霊殿に戻る予定でしたし、少し早くなっただけですからね。キングトロールの名前出したら顔面蒼白になってました」
ユートルは苦笑した。
「ただ、“
「司祭は基本キャンプ控えらしいから、まぁ、大丈夫だろうさ。お前一人じゃないんだろ?」
「はい」
スヴェンの問いになずくユートル。
「じゃ、大怪我や病気した時には精霊殿で世話になるよ」
エリサは笑った。仲間が一人減ってしまうのは寂しいが、後腐れなく送り出してやらねば。
「そんな悲しい理由じゃなくて、普通にお茶飲みにでも来てくださいよ」
ユートルも少し困ったような顔で笑う。
「いや、分かんないよ。シュリスも回復と補助が使えるとはいえ、これから三人で頑張んないと」
「……それなんだけど」
エリサの言葉をスヴェンが遮る。
エリサはため息をついた。
「二人もか」
顔を合わせた時の表情の硬さで何かあるとは予想していたが。
「スマン」
スヴェンは頭を下げる。
「今回のことで実力不足を実感した。だから、故郷に戻って師匠に一から鍛え直してもらうつもりだ」
“
「お師匠さんとは喧嘩別れしたんじゃなかったっけか」
以前聞いた話を思い出し、エリスは苦笑した。スヴェンは、いつまでたっても未熟者扱いしてくる師匠に反発して故郷を出てきたのだと言っていた。
「土下座でもなんでもするよ。許してくれるまで食い下がるつもりだ。俺は本当に未熟だった」
「で、シュリスは付いていくんだろ?」
「うん、ゴメン」
うなずくシュリス。スヴェンと彼女は恋仲なので、離れることはないだろう。
「いいよ。支えてやんな」
こちらも快く送り出してやらねば。何事も、自分の感情的な都合で無理強いするものではないのである。エリスは大したことないとでも言うように肩をすくめた。
実際は、突然一人放り出されたような気分になって動揺していたが……それでも、三人とて安易に決断したわけではない。その気持ちを汲んでやるのが仲間というものだろう。
森に入らないのであれば特に共に行動する理由もない四人は、そこで解散となった。
送別会は森の異変が落ち着いてからと決め、エリサはギルドから続報が出るまでは一人で自由時間を過ごすことにした。
午前中は足りなくなった消耗品を買い足すために市場に赴く。幸い、キングトロールから逃げる際に捨ててきた荷物はいつの間にかクリストファーが回収してきてくれていたので、大して出費せずに済んだ。
ただ、これからは一人で狩りをしなければならないので、今までユートルとシュリス頼りにしていた精霊魔法を、薬や魔石で補わなければならず、荷物が増えて少し憂鬱になった。精霊魔法が使えれば良かったのだが、エリサはその才能には恵まれなかった。生活がちょっと便利になる程度の魔法しか使えず、戦闘中も身体強化のためのオーラが多少使える程度。
行動範囲は狭まるし、戦える魔物の種類も大幅に減る。それは収入に直結する問題なので、いずれどうにかしなければならない課題だった。
ちなみにオーラとは、世界に満ち溢れ、かつ生きとし生けるもの全てがその身に宿す精霊力を操作することで、身体強化などを行う技のことを言う。
なお、精霊力を媒介に精霊と交信し、力を借りて現象を起こす術が精霊魔法だ。
エリサはどちらかというとオーラの才に秀でていた。こちらも剣も、もう少し扱いがうまければさらに強くなれると思うのだが、今のところ頭打ちという状況である。
師匠に学び直せるスヴェンがうらやましかった。エリサに剣を教えた師は既に他界しているため、これから誰かに師事しようにも当てがない。
実践あるのみなどと言う先輩もいるが、死と隣り合わせの魔物狩り、仲間がいなければなおのこと、無茶をするわけにはいかなかった。
──バン殿やその他の特級狩り師達は、どうやってあの強さまで登り詰めることができたのだろう。
少しでも教わることができたらいいのに、とエリサは到底叶わぬ願いにため息をつくしかなかった。
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