03『南花とアリサ』

 「うっ、うぅ…」

重たい意識と体を何とか起こす南花。

ぼやける視界で、周囲を見渡す…

血抜きをした状態で転がっているハイイロガン、手元からすり抜け落ちた衝撃で持ち手の取れたティーカップ…


そして、胸に鋭利な剣の一撃を食らい、横たわる暗殺者マリアが、あれは夢ではなく現実だったと告げる。


「ほんっ当に、最悪な誕生日…」

未だに、ズキンズキンと鈍い頭痛が襲う頭を右手で抱え、深いため息をつく南花。

受け入れたくない現実と表現不可能な心情が、南花の中で調合を無視した絵具の如く混ざり合い…

それが、一筋の涙として抽出され、頬を流れ落ちていく。


「でも、マリアの最後の言葉は信じられるよね…」

親友の死の間際に、放った自身への謝罪は、せめて信じてあげたいと、自分に強く言い聞かせる南花。


自分自身の涙を拭き、持っていたハンカチを親友の顔に覆い布として被せ…

南花は、獣たちのテリトリーである森に、独りでいることを改めて自覚し、背後にある茂みと川辺の順番で警戒する。


「えっ、嘘!?」

悲鳴にも似た驚きの声を上げた南花の視線の先には、一人の少女が川辺に漂着していた。

重たい足で川辺に駆け寄り、服が水を吸収した状態で余計に重たく感じる少女を、南花は何とか引き揚げる。


引き揚げられた少女の肌と長髪は、新雪のように綺麗な白銀の色をしていて、南花の視線を一瞬、奪うが…

その次に、視線に映ったものに南花は更に驚く。

「この娘の服って…確か【東圏側の士官学校】の制服だよね。」

南花と同年代くらいの少女が着るセーラー服の胸当てには、バビロニア帝国の国旗と同様の、蛇と眼の紋様が刺繍されている。


「それより、この娘、息をしていない!」

肺の膨らみに連動した、上下運動が無いことに気付いた南花は、騎士団での講義の一環として練習した応急措置を行う。


「ごめんね…」

意識の無い少女に一言、断りを入れた南花はセーラー服のボタンを外し、内蔵へのダメージはないか、素早く視診と触診をする。

そして、心臓マッサージと人工呼吸を行う南花。


「お願い…せめて…こんな日でも…」

一つくらい、希望があっても良いじゃないという思いが、南花を突き動かす。

その懇願が強く、強く、粘り強く蘇生措置を続けさせる。


「ッかは…」

その願いが通じたのか、白銀の少女が息を吹き返す。

「良かった…本当に…」

倦怠感が残ったままで無理をした南花は、緊張から解かれ肩で息をする。


「ここは…私、溺れて…」

白銀の少女は上半身を起こす…

そして、南花が命の恩人であることを察する。

「ありがとうございます。あなたが私を助けてくれたんですね。」


「はい、他に体が痛むとか無いですか?」

「えぇ、大丈夫そう…」

南花と白銀の少女は、お互いに名乗っていないことに気付く。


「私は…」

喋りだすタイミングが被ってしまい、微笑みが少し溢れる二人。

被ったことに対する恥ずかしい気持ちを堪えつつ、南花がお先にどうぞというジェスチャーをする。

「えっと、私は【アリサ・クロウ】。帝国第二士官学校の生徒で18歳、よろしくお願いします。」


「やっぱり、同い年だったんだ!敬語は無しでも良い?私は、源南花。第四騎士団で使用人メイドとして働いてるの。」

「えぇ…第四騎士団…源南花…」

何かを思い出したかのような素振りを見せたアリサが続ける。

「源ってことは…あの鉄之助氏の娘さんよね?」

「うん、そうだよ。」

自分とは違う、東圏側に住む同い年のアリサが知っているという事実に、改めて父の大きさを感じる南花。


「それで、あなたはどうしてこんな所にいるのかしら?」

と聞いた直後に、傷付いたマリアの遺体が視界に入ったアリサは硬直する。

そのアリサの視線に釣られ、南花の視界も振り向く。


「えっ、えっと…私はマリアの命を奪っていないよ…」

焦りと悲しみが混じった声で否定する南花の言葉を聞きつつ、アリサはマリアの傷口を凝視した上で、口を開く。

「えぇ…ここまで綺麗な切り口は、あなたが持っているナイフでは無理だし、あなたが銃を手にしていることから神格を有していない可能性が高い、それに…」

アリサは、マリアから南花へと視線を戻す。

「私の命を助けてくれた上に、死者への敬意も忘れない南花の言葉を信じるわ。」


「そっか、ありがとう。」

安堵した南花の顔を見つつ、アリサが改めて聞く。

「それで、なんでこんの所にいるのかしら?」

「うん、それはね…」

南花は眼の前の惨状に至った経緯を、アリサに告げる。


「そう…それは、なんとも形容しづらい状態ね。」

悲惨な一日を聞かされたアリサは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

「次は、私がここまで流された経緯について話さないとね…」

その上で、帝国の東圏側に住む自分が、西圏側のこの森まで流された理由について語りだす。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る