04『帝国の東圏側のアリサ』

ーー1時間前ーー


バビロニア帝国東圏側B区にある帝国第二士官学校…

放課後、体育の授業が終わり、女子更衣室でセーラー服へと着替えたアリサが、自分のロッカーの前で佇んでいる。


「…無い。」

鞄の中に入れていたはずの私物が一つ無くなっていることに気付く。

ロッカーの中に落としていないかと、再び見渡す…

すると、ロッカーの天井裏に貼り付けられた、メモ書きを見つける。


『あんたの大切な懐中時計を返して欲しいのなら、寮裏の橋に来なよ。』


「はぁ…またか…」

ため息をついたアリサは、メモ書きをグシャグシャに纏めてゴミ箱に投げ入れると、更衣室を後にする。


東圏側B区内で小高い場所にある、全生徒数600人程度の士官学校からは、幾つものレンガ造りの工場が、煙突からもうもうと煙を吐き出す様子が見える。


「(それで隠れているつもりなの?)」

校舎の裏門から出てしばらく歩いたアリサが、ふと視線を感じ振り返ると、少し離れた場所で息を潜めているつもりの女子生徒を目にするが、見てみぬ振りをする。


そして、山中へと入っていくアリサ。

曇り模様の頭上を鳴きながら飛ぶカラスが、森の不気味さを余計に際立たせる。

山中をしばらく進むと、川辺にたどり着き…

そこには、アリサと同じセーラー服を着た女子生徒数人が待ち構えていた。


「来たわね、たぶらかしの呪われた魔女さん。」

数人の内、リーダー格の金髪縦ロールの女子が、アリサに向け侮蔑の言葉を放つ。

他のグルの女子生徒がケタケタと嘲笑うが、それをアリサは意に介さず返答する。

たぶらかし?何のことかしら?言い掛かりはやめて欲しいのだけれど…」


臆する素振りを見せないアリサに、イラつきを見せつつ、金髪縦ロールは続ける。

「あんた、ハヤテ君からの告白を断ったでしょ!異端の魔女の血を引くくせに調子に乗らないでよね。」

「はぁ…私の血筋と彼からの告白を断ったことは何のも関係無いし。それに、特別に好意を持たないのに、付き合うなんて相手に対しても失礼じゃないかしら?」

あくまでも、冷静に受け答えをするアリサ。


「ッ!あんたの常に賢く畏まった雰囲気が鼻につくのよ!」

「女子って本当に訳が分からない…まぁ、そう言う私も女子なのだけれど。」

アリサは感情的で自身への指摘が散り散りな、金髪縦ロールに自虐めいた皮肉を言う。


「ったく…ハヤテもこんな屁理屈女のどこが良いのよ…」

若干、顔を伏せながら金髪縦ロールは小声で呟くが、アリサの耳にも届いており…

「そうね…先ずは、その悪趣味なブレスレットをやめるところ始めたら良いんじゃないかしら?」

一方的に散々に言われたから、少しくらい反撃しても良いかと思い軽くいじる。


「お、お堅いあんたに、私のセンスは分からないのは当然よ。」

約一週間前に、東圏内で普段は見かけない露店商から、直感的に見惚れ購入した、蛇のブレスレットを揶揄され更に腹を立てる金髪縦ロール。


「それに、忘れてない?あんたの悪趣味な懐中時計は、私が持っていること。」

これ以上の精神攻撃を受けたくない金髪縦ロールは、アリサの弱味を盾にする為に、スカートのポケットから懐中時計を取り出し見せつける。


「吐き出したいこと吐き出してスッキリしたでしょう。だから、早く返してくれないかしら?」

アリサはカトンボを煙たがるような口調で催促する。

「この状況で、そんな強気でいられるなんて、首席さんは賢いんだか馬鹿なのか、分からないわね。」

金髪縦ロールはそう言い放つと、一番近くにいる取り巻きを呼び寄せ、何かを耳打ちする。

伝えられた内容に驚きを隠せないが、従うしかない取り巻きは、懐中時計を受け取り移動する。

その移動を注視するアリサは、両脇から他の取り巻きが近付いてることに、反応が一瞬遅れてしまう。


「何のつもり?」

両腕を取られる形で、取り巻き二人に押さえ込まれたアリサも流石に焦りが声に乗る。

懐中時計を持つ取り巻きは、川の上に掛かる橋の真ん中に立つと、橋から懐中時計を落とすような素振りを見せる。


「やめてよ…それは、数少ない思い出なんだから」

「そうそう、そういう情けない声が聞きたかったのよね。」

金髪縦ロールはニヤつきながら、アリサの背後へと向かう。

そして、ライターと煙草を取り出し、煙草を吸う。


耳元に漂う煙に思わずむせてしまうアリサを横目に、金髪縦ロールは続ける。

「同級生の男子を誑かした上に、バール家の娘たる私に楯突く様な穢れた魔女には制裁を加えないとね…」

バール家、東圏側で有力な資産家の一つであるが、裏ではグレーゾーンな稼ぎもしていると言われている一族。


金髪縦ロールは、更に焼き印を取り出すと、ライターで炙りだす。

段々と熱せられる焼き印を、ライターの火越しに見る眼は、どこか虚ろである。

その様子に、流石に両脇の取り巻き達も焦りを隠せない。


「それでは、この魔女は火刑に処しります。」

「こ、これ以上は、然るべき所に通報するわよ!あなたの家も困るんじゃない?」

押さえられつつも、何とか後ろを向こうとしながらアリサが警告する。

しかし、執行人は聞く耳を持たないで、赤くなった焼き印を、アリサの背中の右肩辺りへと近付ける。


「魔女の言い分なんて誰も聞かないでしょうよ。それでは、執行しまーす。」

謎の高揚感を発する金髪縦ロールは、ドン引きする取り巻き達さえも余所目に、魔女の右肩に焼き印を押し付ける。


「っうう!」

ジリジリと右肩に感じる熱さに、言葉にならない悲鳴を上げるアリサ。

両脇に立つ取り巻きから解放されたアリサは、痛みのあまり地に踞る。


その様子に、不敵な笑みを浮かべた金髪縦ロールは、橋の真ん中に立つ取り巻きを顎で使い、懐中時計を落とすように指図するが…

しかし、その取り巻きは躊躇う。

その様子に業を煮やした金髪縦ロールは、ズカズカと迫り、懐中時計をふんだくる。


「謝るから…お願いだから、それだけは返して欲しい。」

「えぇ~聞こえませぇん。」

地面に膝をついた状態で懇願するアリサの願いは無下にされる。

「これにて、穢れた魔女への罰は完遂となりま~す。」

そう言い放った金髪縦ロールの手から、懐中時計はスルリと抜け、ボチャンと鈍い音と共に川底へ沈む。


「っくそ…」

短く嘆いたアリサは、躊躇うことなく川へと潜る。

アリサの必死な様に、アハハっと嘲笑する金髪縦ロールと打って変わって、取り巻き達の表情はこわばっている。


ここ数日、降った雨により山の土が流れ込んだ水中は濁っている。

その中で、必死に探すアリサは、薄暗い水の中で、僅かな光の反射を見逃さない。

そして、息が苦しくなりつつも、近づき…

懐中時計を掴み取る。


息が切れるギリギリのタイミングで、川辺の縁にたどり着き、顔を上げるアリサだが…

目の前の景色に、言葉を失う。


地上には、さっきまでは居なかった見知らぬロングコートの女が佇んでいた。

そして、取り巻きの女生徒達は、倒れている…

一人残された金髪縦ロールは、校内の射撃場から持ち出し厳禁のはずの拳銃を、震えながらコートの女に向けている。


「みんな、急に意識を失って…あんた、何をしたのよ!」

その震えた声に、コートの女は答えない。

金髪縦ロールの指が、引き金を引こうと決意した瞬間…

コートの女が身に付けているマフラーがたなびく。


「この花の匂いは…確か、グラジオラス…」

水面から顔をだけを出して様子を伺うアリサの鼻を、微かに上品な匂いが刺激する。

その花の匂いを間近で嗅いだ金髪縦ロールも、他の取り巻きと同様に、意識を失い倒れる。


アリサが、どうして同級生達が意識を失ったのか思索する…

その一瞬の間に、コートの女は、アリサの眼前に迫り、しゃがむみ目線を合わした状態で、語りかけてくる。

「貴方には、密会の機会を差し上げます。その見返りとして勝利を納めて下さいませ…」

その上品で淡々とした声色が発する、台詞に疑問符を浮かべるアリサは、豆鉄砲を食らったかのように目が点になる。


次の瞬間、赤いマフラーから漂う匂いを間近で嗅いだ、アリサも漏れ無く意識を失い、川を下っていく。

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