02『2人の狩人』

バビロニア帝国の南西部に属する、第四騎士団の拠点から離れ…

帝国の南西側と南東側の境目にある、山中を歩く南花とマリア。

南花は上下二連式の散弾銃の撃鉄ハンマーを起こした状態で、マリアは弓の弦に矢を添えた状態で、バビロニア帝国の城壁内であるにも関わらず警戒しながら進む。

特に足元に警戒をする…

太古の戦では敵の進行を妨げる障害であったが、今では負の遺産である地雷に。

かつて、神の労働力として造られた人間の在り方の方針の食い違いで、【バビロニア】と【ティアマト】の二柱が争った大戦。

その大戦に勝利したバビロニア側が今の体制を作った。


「天の観測主による予測だと、午後から雨が降るって言っていたけど持つかな?」

周囲の安全を確認したマリアが、ふと空を見上げながら話しかける。

「というか、持ってもらわないと困るんだよね…」

続けて南花も見上げる。


「南花、あれ…」

マリアの視線の先に、今回の獲物のハイイロガンの羽が落ちていた。

「うん、足跡も新しいし近くにいるかも」

しゃがんで足跡が何処に続いているか確認する南花。

足跡を追うことに意識が集中してしまう…

獲物の痕跡に気を取られて、森の茂みを進んでいく為に、足元の視界が悪くなっていることに気付かない南花。


ゴツン…南花の右足が古びたレンガを踏んでしまう…

「しまった!」

固いはずの古びたレンガは、まるで柔らかい粘土の様に足跡の形に変わったかと思いきや、見る見るうちに風船みたく膨張し、南花の背丈を超えていき…

感圧式人型術式ゴーレムが発動する。

それに驚いた南花は思わず尻餅を付いてしまう…

ゴツン…ぐにゃり…倒れた南花の右手が更に、もう一体の感圧式人型術式ゴーレムを発動させてしまう。


南花は咄嗟に眼前にいる感圧式人型術式ゴーレムに向けて、散弾銃の初弾を放つがビクともしていない…

何故なら、散弾銃の上段に装填されていた弾丸は、あくまでも野鳥等の小型生物を標的にしているバードショットであるからだ。

起動が完了した感圧式人型術式ゴーレムは、目の前にいる南花を視認し拳を振り上げる。


すかさず、南花が再び引き金を引き、散弾銃の下段に装填されているブリネッキ型のスラッグショットが放たれる。

上段のバードショットとは異なり、ライフル弾の様に大きな一発が感圧式人型術式ゴーレム動力源エンジンを内包している胸部に着弾する。

スラッグショットを食らって振り上げた拳がガクンと落として、南花の眼前の感圧式人型術式ゴーレムは機能を停止する。


南花が直ぐ様、背後にいるもう一体から飛ぶようにして距離を取った直後、二体目の感圧式人型術式ゴーレムの拳が地面を抉る。

散弾銃の薬室から空になった薬莢を排出し、南花は次弾を装填しようと二発の弾丸を手にするが、敵の拳が目の前に迫っていた。


間髪を入れずに、一発の矢が感圧式人型術式ゴーレムを背後から貫き、南花の窮地を救う。

「大昔の術式なのに、今でもしっかり発動するなんて精巧だよね…」

茂みの中から、南花を見つけたマリアが倒れている敵がちゃんと機能を停止しているか確認している。

「マリア、ありがとう助かったよ。」

「全くもうどんだけ鶏肉が食べたかったの?」

マリアは心配しつつ、南花のことをいじる。


「今夜の食事会が楽しみで、朝ごはんがいつもより減らしたせいかもね…」

「今夜か…」

一瞬、マリアが言葉に詰まる。

「なに?何?マリアからのサプライズでもあるって期待しても良いのかな?」

南花はその様子に怪訝な表情をするが、直ぐ様ニヤニヤする。


「えっ!?バレちゃったかぁ…とにかく、獲物がよくいる湖に行ってみよ。」

二人はハイイロガンが良く目撃される湖へと足を進める。


ーーー


小さな湖の水面に、数羽のハイイロガンが一ヶ所に固まって泳いでいる。

湖まで十数メートル程の茂みに身を潜める南花とマリア。

南花が散弾銃の上段の銃口で獲物に狙いを定め…

引き金を引く。

銃声に驚いた獲物達が羽ばたき、一斉に飛び立とうとする。


南花はその中の一羽に更に狙いを付け、散弾銃の下段の弾丸を放つ。

そして、二発目のバードショットが見事に獲物を捉える。


「お見事だね~」

「まぁね。でも、おかげで靴がびしょ濡れだよ~」

南花は膝下位の水面から、撃ち落とした獲物を片手に出てくる。

「そうだ…南花、靴を乾かすついでにお茶にしない?」

「うん。休憩しよっか、雨が降る前に帰りたいから少しだけね。」

マリアの唐突な提案に賛成する。


パチッ、パチッ…

曇天のなか、大きな木の下で火を起こし、湯を沸かし紅茶アッサムを淹れる準備をするマリア。

その隣で南花は裸足のまま、腐敗を防ぐ為にナイフで獲物の血抜きを行っている。


「マリア、どうかした?」

自分のことを無言で見つめてくるマリアを怪訝に思う。

「ううん、何でもないよ…それより紅茶入れたから、その汚い手と足を洗ってきなよ…」

「そっか…手は洗うけど、それに足を洗うって犯罪者じゃないし。そんなことを言うなら、このチキンは分けてあげないよ。」

ツッコミを入れつつ南花は近くに流れる川へ行き、獲物の血を洗い流すついでに、自身の手も洗う。


「南花は犯罪者じゃないよ。」

マリアは自分に言い聞かせるように、ぼそりと呟く。

「うん?なんか、言った?」

川でザバザバと獲物を洗う南花には聞こえない。


そして、スタスタと戻ってきた南花にマリアは淹れたての紅茶アッサムを手渡す。

「ありがとう、昨日から急に肌寒くなったから助かる~」

紅茶を一口、飲んで一息をついた南花が続ける。

「秋も近付いてきたし、そろそろ衣替えの準備をしないとね。」

「うん…私も新しい服を東圏側に買いに行きたいな…」

マリアも紅茶を口にしながら応える。


「おお、良いね…そうだ…高給取りの騎士さまにぃ…たんじょうひぃの…プレゼ…あ…っre?」

急に呂律が回らなくなり、一瞬キョトンとした顔を見せた南花は、右手からすり抜け落ちるティーカップの後を追うようにして倒れる。

「な…んで、まり…あ」

親友を疑いたくない、疑いたくないと思いつつ、自分の身に降りかかった災いを受け入れるしかなかった。


「ごめんね…ごめんなさい…南花。」

親友に何度も謝り、頭を垂れる暗殺者マリア

暗殺者マリアは泣き崩れそうになる体を奮い立たせると、騎士団の団員服のポケットからチョークと宝石しょくばいを取り出す。

そして、自身の足元にチョークで召還術式を書き始める。


「妹の治療費を【あの人】から、貰うためなの…ごめんなさい。」

妹…南花は思考速度が落ちていくなか、何度か面識のある、病弱で入退院を繰り返すマリアの妹を思い出す。


暗殺者マリアは書き上げた召還術式の上に、ボタボタと数粒の宝石しょくばいと涙を落とす。

紅茶の薬で痺れ倒れている南花に視線をやる暗殺者マリアの泣き顔は、術式に反応した宝石しょくばいが放つ淡い光で照らされる。


淡い光を放つ宝石は、自ら削れていき狼の形へと成形される。

そして、みるみる内に大きくなり、意思を持つ二匹の狼として暗殺者マリアの両脇に並ぶ。

その狼は獲物を前にして、牙を向き、唸る。


「(あぁ…野生の狼に食い殺されたことにされるんだ…)」

死を目前にして、妙に冷静に現状を把握する南花。


降りだした雨が、倒れた南花の頬を濡らす。

俯いたまま静止する暗殺者マリア


二人の静寂の間に、徐々に…

第三者の足音が介入してくる。


南花が重たくなった視線を、足音の方に向ける。

すると、ゴシック風のロングコートに、グラジオラスのような赤いマフラーを巻いた女が歩み寄って来る。


「あぁ…あんたは何者…何者なのよ!?」

季節外れの装いに、所々が錆び付いたランタンを手にする存在を、感情が昂り混乱するマリアは咄嗟に敵視する。


激昂したマリアの声に呼応した二匹の狼が、コートの女に襲い掛かる。

それに対し、コートの女が首に巻いているマフラーをほどく…

すると、ほどかれたマフラーは、先端を空中に漂わせながら、巨大な剣へと変貌する。


そして、コートの女は、素早い剣劇で迫り来る二匹の狼を切り裂く。

その光景に目がテンになったマリアを他所に、コートの女は反撃しようと、一歩、また一歩とランタンを揺らしながら詰め寄っていく。


「くっ、来るな!」

マリアは魔力を込めて弓を引く。

魔力を帯びた矢は、青白く発光し、放たれる。

矢は彗星の様に尾を引きながら向かって行く…


しかし、コートの女の剣は軽く往なす。

往なされた矢は、ポッと儚い灯の様に霧散する。


次の瞬間には、コートの女の顔が、マリアの眼前に迫っていた。

「南花、ごめん…」

なさいっと言い終わる前に、上半身を切り裂かれたマリアは、ドサッと倒れる。


突如として現れたコートの女の手によって、親友あんさつしゃの命を奪われたという現実を焼き付け、南花の瞼は完全に閉じる。

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