第3話
翌年のあの祭りの日、私はまたしても2号店にいた。観光で訪れて、急遽メイドが2人欠席になったためマリにヘルプを頼まれ、疲れ切ってソファーで寝てしまって今に至る。他の子たちもあちらこちらで寝息を立てている。上半身を起こすと、頭痛とめまいに襲われた。昨日、マリとふたりでワインを1本開けたせいだろう。目を閉じて、頭を振った。
もう一度目を開けると、部屋が真っ暗になっていた。嵐のような雨と、雷が地面に突き刺さる音がする。
停電? いや、これは違う。
これは、今日じゃない。
そういえば、常連のお客さんに聞いたことがあった。祭りの日が大雨になったことがあった。その日は、出し物も途中で中止になり、メイドたちの安全のためこの店も早く閉めたことがあった、と。まさか、その年って……
直後、私はとなりに気配を感じた。体が震えて、そちらを見ることができない。でも、カナコさんの幽霊だとわかった。背中の下の方からざわざわしたものが上がってきて首に伝わった。
カナコさんは私に近付いた。すると、彼女の記憶が流れてくる。
横殴りの雨、遠くで光る雷、お祭りの片づけを急ぐ住民たち、時計は午後8時を指している。メイドたちも、メイド服の上にパーカーを羽織り帰路を急ぐ。視点の主は、公園に向かって走っている。待ち合わせ場所である公園へ向かっているのだろう。カナコさんだ。
公園の東屋で抱き合いキスをする男女。え?そんな……。その男女のうち一人はタクミくんだ。カナコさんの視界が涙で歪む。カナコさんはそれに背を向けて走り出す。走って、走って、橋を見つけて手すりに上ると、荒れた川に向かってとんだ。濁流に着水した瞬間に視界が真っ暗になる。
ここでようやく息ができた。お店のソファーに戻ってきていた。
乱れた息を整えてから目を開けると、暗闇に照らされた笑顔のカナコさんが立っていた。その後ろに私の姿が見える。これは、一年前のタクミくんの記憶。
カナコさんはかがんで、口を耳元に近付ける。
「何で他の女の子とキスしてたの?
何で他の女の子とセックスするの?
私ともキスしたよね。
私ともセックスしたよね。
何で?
なんで?
そんなの無いよ。
そんなのダメだよね。
つらかった。
苦しかったんだよ。
すごく苦しかった。
それでね、川に飛び込んでから、死んじゃう前に考えたの。
私だけ死ぬのっておかしいよね。
タクミくんも死なないとおかしいよね。
タクミくんも苦しまないととよくないよね。
ね。そう思うでしょ?
ねえ、ねえ、ねえ……
逃がさないよ」
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