チェンジリング

ダンジョンがあちらのダンジョンをこちら風に改良しただけだと分かったことで、幾つか分かったことがある。


まず分かったこと一つ目は、今すぐにダンジョンがこの世界にとって害になることは無いことだ。そもそもダンジョンは世界がさらなる発展を迎えるように神々が生み出したものだからな。今のところは大丈夫だろう。


二つ目、あのダンジョンは俺が行った異世界──リガルデから来たものだということ。俺の住む世界やリガルデを含めて、世界はいくつも存在する。俺の知らない世界から来たものだとしたらめんどくさかったからありがたい。


結論としては──まあ俺が手を出す必要なし…ってところだろう。この世界が発展するのならいい事だろうし、別に力を誇示する気もない。金や名誉はあっちで死ぬほど得たし、このまま平穏に暮らすもの良いだろう。…あって困るものじゃないから、金や名誉はちょっと欲しいけど。


「んで、今俺は市役所にいるって訳」


「急に何言ってんの…?」


「いや独り言」


近くの市役所に来たのは、俺の失踪届を取り消すためだ。なんでも、ダンジョンが現れ出した最初期、俺のように姿を消し、数日から数周間たった頃にふらっと帰ってくるという現象が多々見られたらしい。多分ダンジョン生成の空間の歪みに取り込まれたのだろう、と専門家たちは推測しているらしい。


まあ多分正解なんだけど、生まれてから5ヶ月しか経ってないものの専門家名乗ってるヤツら何者だよ。


「ほら、早く行くよ」


「うい」


市役所に入ると、前に見た頃と殆ど変わっている様子はなかった。しかし、とある一角のみまるで見た事のない場所があった。


「ダンジョン課?」


「うん。迷協から来てる人がいる場所なんだけど…」


まあ要するに、ダンジョンに関する相談事とかはあそこって事なんだろう。ダンジョンに潜って得たアイテムは手に入れた奴が売ったり買ったり出来るらしいし、そういうのも取り扱ってるんだろう。


「こんにちは」


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご要件でしょうか?」


「えっと実は…」


春樹が受付のお姉さんに説明してるのを尻目に机に置いてあるパンフレットとかを眺める。武器やら防具の販売までしてるのか。うえ、ポーション高すぎ。下級で1個15万て。エリクサーとか出てきたら国がひっくり返るんじゃねーの?


ちなみに、下級だと軽い出血を止める程度の効果しかない。エリクサーだと四肢の欠損どころか、魂さえあれば肉体を蘇らせられる。


「担当のものを及び致しますので少々お待ちください」


丁寧な礼をして立ち去るお姉さんに黙礼だけして、パンフレットを閉じる。数分もすると、新しい担当者がやってきた。髪をハデにピンクに染めたチャラい奴だった。


「アンタがチェンジリングのおにーさん?」


「チェンジリング?」


「あ、オレは神山遥。ダンジョン課のそこそこお偉いさんね」


「え、あ…晴間春樹です」


マイペースに話をする神山遥とやら。まあ、なんというか…怪しい。お偉いさんという割には軽すぎるし、お偉いさんだとしてもなんで俺の担当するんだよ。


「自己紹介とか良いから、とりあえず失踪届取り消して貰えます?」


「ちょっと兄さん!」


「いいよいいよ。…うーん、多分チェンジリングだろうし、おっけー!取り消しとくよ!」


また出た、チェンジリングとかいう単語。元々はどっかの御伽噺の言葉だっけか。妖精によって取り替えられた妖精の愛し子。それがチェンジリングだったはず。


「俺は妖精に取り替えられた覚えは無いよ」


「んふふ、ダンジョンという妖精に取り替えられたかも~…なんてね」


薄い笑みを浮かべる神山遥を見て鼻を鳴らすと、さっさと立ち上がる。困惑してる春樹を促して踵を返す。


「一つだけ質問」


「ん?」


「アンタはダンジョンをどう思う?」


神山遥は先程までのふざけた態度から一変して、こちらを真剣な表情で見つめていた。ダンジョンをどう思う…ねぇ。


「別に?特に何も。それじゃ」


これ以上話を続けるのも面倒だし手を振ってさっさと立ち去る。春樹がどこか怒ったような表情で追いかけてくるが見なかったことにする。それにしても、なんであんなに俺の事を怖がってたんだ?アイツ


☆☆☆


先程まで話していた青年…晴間悠人が立ち去ったのを見て溜息をつきながら椅子に座る。


「何かわかりましたか?神山さん」


「ああ、雪村くん。いやぁ、ありゃダメだよ。笑えてくるくらいのバケモノ」


かつて戦った、ダンジョンの最奥にいたモンスターがそこら辺にいるゴブリンに思えるほどの威圧感。鑑定するまでもなくわかるほどの膨大な魔力。隠す気もないところを見るに、完全に僕らのことを舐めてる──いや、視界にも入ってないんだろうね。


「雪村くん、一応聞くけど…」


「鑑定は完全に弾かれました。読心に関しても、異国の言語で書かれた本を読んでいる気分になりましたよ…」


疲れたように溜息を吐く雪村くんを労いつつ、頭を搔く。ダンジョンは良い、今のところ制御出来ているから。迷協とかいう怪しげな組織の手は借りているとはいえ、何とかなってる。でも、彼は無理だ。誰の手にも負えない完全無欠の怪物。


「いやぁ、困っちゃうねぇ。迷協の連中、こうなると分かって僕らを向かわせたな?」


本来、僕や雪村くんは市役所の受付やってるような地位の人間じゃない。というかそもそも職種も違うし。なのに、突然迷協から今日のこの時間だけ受付をするように申請が来た。突然の申し出とはいえ、こんなあからさまなやり方されたら乗らずにはいられなかったんだけど…こんな事態になるとは。


「ふぅ…ともかく、彼の事は一旦上の人間に任せるとしようか」


「分かりました」


ダイヤモンドで出来たランクカードをポケットの中で触る。5ヶ月前と比べるとそこそこ強くなったと思うけど…上には上がいるもんだね。あれと比べればレギオンも騎士団も下だろうけど。


「…はあ、こりゃ忙しくなるぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一般通過勇者、ダンジョンへ行く アクシア @EVOL

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ