変わった世界
数年ぶりのコンクリートジャングルの人混みの中をゆったりと歩いて周囲を見渡す。どこを見ても、人しかいないこんな光景はあっちでは有り得なかった。
人も、魔族もエルフも、どんな種族にも関係なく襲いかかる邪神の眷属によって、幾つもの国々が滅び、安心して暮らせる場所なんてどこにもなかった世界と比べるのは少し酷だろうけど。
「我が家に帰還…ってね」
懐かしき我が家を見て、思わず笑みがこぼれる。ここに帰ってくる為に五年近く戦ってきたのだから、喜びもひとしおと言うやつだ。
自分の苗字の書かれている表札の下にあるインターホンを押そうとした瞬間、ガチャりと玄関のドアが開く。
「ん?」
「え?」
扉を開けた見知った顔…俺の弟と目が合う。軽く手を振ると、降った手の方向に頭がゆらゆら揺れる。
「に…兄さん…?」
「それ以外の何に見える?」
「お、お化け…!?」
「へぇ~~~??俺の扱いについての話し合いが必要みたいだなぁ?」
固まった弟──晴間春樹(はれまはるき)の頭を引っ掴んで軽く力を込める。本気で握ると、頭をぐしゃっとしてしまうからな。
「って、そんな事より!5ヶ月もどこ行ってたの!?」
「5ヶ月ねぇ…。いや、それが記憶が無くてなぁ。気がついたらここにいたワケ」
あっちの5年はこっちの5ヶ月って訳か。1年が1ヶ月相当…って簡単な計算なわけないか。上手い具合に賢者が調節してくれたんだろうな。そう頼んでもいたし。
「はぁ!?…ああもう、とりあえず家入って!」
「はいはい」
背中を押されて入った久々の我が家は、俺の記憶にある物とほとんど変わっておらず、ようやく帰ってきたな、という感覚になる。
「…なんにも変わってないなぁ」
「は?5ヶ月じゃ何も変わんないよ。…世の中はそうも行かなかったけど」
「…へぇ」
リビングのソファーに座ってテレビを付けると、画面いっぱいに映ったのは巨大な塔のような建築物。こいつはまさか…。
「なあ春樹、これは…」
「これはダンジョン…ある日突然現れた、謎の建物だよ」
春樹に最近のことを聞いてみると、俺があちらに行ったあの日、空に巨大な穴が空いたらしい。そこから落ちてきた大量の岩が、様々な国で塔へと変わったそうだ。
自衛隊を含む各国の軍隊がその塔を調べまで見ると、その中にいたのは道の生命体。伝説に語られる幻想上の獣から、妖怪や怪物…そういうのが大量に生活していたらしい。
結局、銃器の類は効きが悪い…というか、普通に避けられるわものによっては弾かれるわであまり有効とはされず、壊滅寸前まで追い込まれ、ほぼ全員が死亡した。
…死亡したのだが、その塔の中で死んだとしても外で復活できる上、敵を倒すとスキルや魔法という常識外の力を得られたらしい。
その上、ダンジョンで見つかる資源は、エネルギー不足を解決出来る万能素材が大量に手に入るって事でこの5ヶ月の間に法整備が急速に進んで高校生以上の人々にはダンジョンに潜る権利と、支援を受けられるようになったらしい。
そうして世界各国が協力して新たな組織、世界迷宮協会──世間では迷協と呼ばれる組織が作られたらしい。
ここまでが、俺がいなかった5ヶ月間の話。
「5ヶ月で法整備ぃ?」
「ね。結構頑張ったよねぇ」
「…ああ、そうだな」
この対応が遅れることで有名な日本が5ヶ月で法整備?面白い冗談が上手いな。それに、迷協とやらもよく分からんが、それよりもだ。
「そういや、父さんと母さんは?」
「あー…今、二人とも海外にいるんだ」
「海外…?出世でもしたのか?」
「まあ、そんなとこ…」
出世したと言うには随分歯切れが悪い。…ま、今はとりあえずいいや。生きてるならなんとでもなるしな。
「ま、今日は寝るよ。詳しい話は明日な」
「うん。…ねぇ、ほんとに記憶無いの?病院とか行った方が…」
「…いや、心配すんな。体に不調は感じられねぇからな」
5ヶ月失踪してた割に落ち着いてるなと思ったが、こっちを心配して話さなかっただけらしい。出来た弟がいて俺は嬉しいよ。
「じゃ、おやすみ」
「…うん。おやすみ」
階段を登って二階にある俺の部屋に入ると、鍵を閉める。そして、窓を開けると影に手を伸ばす。
「影よ」
俺の言葉に応えて、蠢く影の中から白銀の仮面が現れる。それを手に取って顔に当てると、勝手に顔を仮面が覆い尽くす。うーん、こういう機構かっこいいよねぇ。
「俺の読みが正しいなら、ダンジョンはそんなにいいものじゃねぇだろうなぁ」
空に空いた穴とやらが、俺の知ってる"アレ"なら、そこから降ってきた物が世界にとって良い物なわけがない。
「それじゃあ行ってみますかね。この世界のダンジョンに!」
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