一般通過勇者、ダンジョンへ行く

アクシア

帰還と変化

空を覆い隠していた暗闇は静かに消えて行く。手に持っていた聖剣を放り投げて地面に寝っ転がる。


「つかれた…」


「神具を投げないでください」


放り投げられた聖剣を拾い上げて、修道服を着た少女がジト目でこちらを見つめてくる。


「労いの言葉くらいくれてもいいだろうに」


「何を言いますか、これくらいやってくれないと困ります」


鼻を鳴らしてそっぽを向く少女に苦笑しつつ空を眺める。つい数秒前まで邪神の力で暗闇に包まれてたとは思えないほどの快晴に目を細める。


「ふぅむ、まさか本当にやってのけるとは。なかなかやるな、勇者よ」


「まさか俺が負けると思ったのか?」


ニヤニヤ笑ってこちらを見てくる赤髪のガタイのいい男に笑い返す。


「オレに勝った貴様にそう簡単に負けられては困る」


「そう言うと思ったよ…っと」


どこか遠い目をしている男──魔王に手をヒラヒラ振って立ち上がる。手を翳すと修道服を着た少女──聖女の手から聖剣が離れて俺の元へと飛んでくる。


「おーい、賢者様よ。"アレ"は出来たか?」


「はいはい勇者様。出来てるわよ」


聖剣をクルクル手元で弄びながらパーティーメンバー最後の一人に目を向けると、既にキラキラ輝く虹色の魔力が魔法陣を象っていた。


「戦い終わってすぐなのに悪いな」


「本当にそう思うならもう少し時間開けて」


「あは、そりゃ無理だ」


「知ってる」


本気で面倒くさそうにこちらを見てくるエルフの賢者様に肩を竦めて聖剣を魔法陣に向け、軽く突き刺す。


「それっ」


「はあ…二度とこんな魔法使わせないで」


「そいつはこの世界の人間に言ってくれ」


苦笑しつつ魔法陣の中心に立って魔力を流す。邪神と戦ってすぐで体が軋むが、まあともかく今は早く帰りたい。あの平和で、平凡で──どこまでも普通のあの世界へ。


「じゃ、俺の仕事は終わったって事で」


「はぁ…帰るならさっさと帰ってください」


「厳しいねぇ…」


最後の最後まで塩対応な聖女の言葉に苦笑しつつも魔力が臨界点へと達したことで魔法陣が高速回転を始める。


「じゃ、おつかれ」


「ええ。じゃあね、勇者様」


「さらばだ、盟友よ」


「…お疲れ様でした」


手を軽く振って魔法陣を潜る。──前に、くるりと後ろを振り返る。


「愛してるぜ!この大バカ野郎共!それと、あの子のこともよろしくな!」


そう叫んで魔法陣に飛び込む。虹色の光が俺の視界を覆い尽くし、全身の感覚が薄れていく。


ふわりとした浮遊感の中、ゆっくりと感覚が帰ってくる。目を開けてると、そこは懐かしきコンクリートジャングルの景色。


「帰ってきたって訳か」


体を軽く払うと、体を覆っていた白銀の鎧からこの世界で通っていた高校の制服へと変化していく。軽く体の調子を確かめてみると、あちらにいた時とほとんど変わらない──待った、ほとんど変わらない?


「魔力がこの世界にあるわけが無い」


俺があちらに呼ばれたのは、魔力が全く存在しない世界出身だからとか聞いた。後付けで俺に魔力を操作する回路をあちらの神によって植え付けられた俺はともかく、この世界で俺以外に魔力を保有する物体は存在しない。いや、存在できないはずだ。なのに…何故?それに、この懐かしくも恐ろしい感覚は──


「まさか邪神か?」


あの子が関わってきてるとすると、とても面倒なことになってる気がするが…。ま、今考えても意味無いか。


兎にも角にも一旦家に帰るのを優先しようこっちでどれだけ経ったのかも気になるしな。あっちでは大体5年くらい経った筈だが…こっちでどれだけの時間が経ってるかによってはめんどくさい事になる。一人暮らしじゃないから失踪扱いとかになってなきゃいいけど。

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