第6話 弔い
「はぁ~」
キフェルは深いため息をついてベッドの上に寝転んだ。先ほどの撮影がとても辛いものだった事の表れだ。
(レイズはまだ食いつなげているだろうか?)
キフェルは、レイズが路頭に迷ってから本格的な干渉を行う予定なので、それがいつになるかを理解する必要があるのだ。端末の画面にレイズの脳内情報を映すと、後一週間程で親が残した財産が尽きる事、途轍もない無力感と後悔、心に深い悲しみとトラウマを負っていることが読み取れた。
「猶予は一週間か、、。」
一週間後には本格的に撮影を始めるため、その前準備など出来る事は全て終わらせておく必要があった。画面を先程撮った動画に切り換え再生し、何度も見返して、自身が思い描く完成形と実際の映像とを比べて至らない所をひたすら探す作業を始めた。
二十分も動画をリピートすれば課題は自ずと見えてくる。
「身振り手振りに気迫、自信も足りない。笑顔も引き攣っている。」
自身の足りない所を自覚してからは手鏡を取り出して表情を何個も作り始めたが、どれも納得できるものではないようで早くも困難に直面していた。
(どの表情がベストなんだ?脳に焼き付いて離れない、自信に満ちた表情はどんな感じなんだ?)
十分ほど自身の表情をこねくり回していたキフェルだったが、自信に満ちた表情について考えている内に、見ないふりをしてきた記憶が鮮明にフラッシュバックしてきた。
(「ほらご覧キフェル。彼らはキフェルの勉強教材となることで自身の無能を償う事が出来たね。この正義の救済こそがタンサール家が家業にしてきたことなんだ。」)
(「キフェルにも父さんの正義の行いを見てほしくてね。ちょっと刺激が強かったかな?でも、あれらを操って救済することは父さん達にしか出来ないんだよ。」)
父親を通して表現されたこの世界の狂気との邂逅の記憶だ。今のキフェルの全てが始まった瞬間であり、脳が焼き切れるほどの罪悪感と理不尽を一身に感じた瞬間でもある。その一片を思い出すだけでも過呼吸気味になり目の焦点も合わなくなる。
(あの一方的な正義が、裏にある物も見ようとせずに思考停止で独善に悦がるあの表情が必要だとでも!?)
今のキフェルと然したる違いは無いのだが、それを認めることを心のどこかで拒絶していたのだろう。それを認める事はある種の逃げであり、自己を正当化することで都合の悪い事実に無責任になることができる悪魔の誘惑でもあるからだ。何が何でも否定したいそれと自らが大差ないという事実は到底受け入れられるものではなかったのだ。
(いや、迷う必要はない。最優先事項は救済だ。全てを追い求めても中途半端になるだけだという事をこの映像の中の自分が証明しているではないか。)
(少しの躊躇いも不要だ。救済のために自分を信じると決めたじゃないか。全く、もう一人の自分の言う通りだな。)
キフェルの無意識の中にあった残り僅かな躊躇と迷いが完全に取り除かれた。自身の在り方の理想を捨てて何を成すかだけを人生の価値としたその妥協が、縋りつく先を一つに絞り込んだ。手に持つ鏡にはあの時のエディルとそっくりの表情が写っていた。それに宿す狂気もまたとても似たものであった。
「身振り手振りも忘れないようにしなくちゃな。」
そう言い撮影を再開するのだった。
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「んぅぅ」
道端に倒れていたレイズがゆっくりと起き上がった。まだ意識が朦朧としているレイズの頬には涙の跡が見て取れる。寝起きの多幸感に包まれたひと時を過ごしていたが、現実を読み込んでいくほどに、起こった不幸が決して悪夢などではないことを思い知らされる。飛び込んでくる両親の遺体に、真っ赤に染まった自分の服。
「ッッ、、、。ひぅッ。」
枯れたはずの涙がこれでもかと溢れ出す。嗚咽でまともな言葉を発する事も出来なかった。明らかに余裕のないレイズだったが、両親をこのままにしておいても碌なことにならないのは理解できていた。幸い家からそう遠くない位置にいる。両親を連れて帰る為に体を持ち上げようとするレイズだったが、当然4歳児が大人を持ち上げることは不可能なので、引き摺って移動させるしかない事に気付かされる。
「っあ、、、」
なんとか足を引っ張って体を少しづつ移動させるも、体の位置がずれる度に道をなぞる様にして血痕が作られる。それをレイズは見てしまった。
「うあぁ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。」
「「、、、、、、、、、、」」
物言わぬ体にいくら許しを乞うても得られるのは沈黙だけであった。それが両親の死をレイズに再認識させた。泣きながら前を向いて歩を進めることしかできなくなった。後ろにある惨劇から逃げるために。
レイズは歩き続けた。ただひたすら家を目指して。歩いていると、突然後ろの体が何かに突っかかったように重くなった。強引に引っ張ると少し体が浮いた感覚と共に、体の下から肉塊が出てきた。異変を感じて後ろを見たレイズには、その肉塊が自身が体を強引に引っ張ったせいで剥がれた背中の肉である事が容易に理解できた。少し視線を上げると道をなぞっていたはずの血の線は既に途切れていた。まだ家までは距離があるので、体が更に傷つく事は明白であり徐々に人の形を失っていくだろう。死んでなお傷つけられる両親と傷つけている自分、そのやるせなさと無力感から生まれる怒りを収めることも出来ずに衝動的に歩き出す。
家に着いた頃には、引っ張っていた物はとても軽くなっていた。
「やっと家に着いたよ。パパ、ママ。、、、、、、。」
もう日は落ち始めているが、レイズは庭に穴を掘り始めた。二人の大人がすっぽり入る大きさが必要なのでとても時間がかかる。途中途中寝落ちしながらも懸命に穴を掘って、出来上がる頃には日が登り切っていた。一作業終えると空腹がおなかの中から叫び始めたので備蓄していた保存食を一通り詰め込んでから庭に戻った。埋葬しようと二人を見ると腕が肩甲骨から外れていたり、後頭部が鑢で削られたかのように擦り減っていたりと散々な有様だったが、レイズは吐き気の一つも感じずに二人を穴の中に入れた。余りの非日常の連続に倫理観と感性がずれ始めているのだ。しかしそれでも心の内に抱いた怒りと悲哀と絶望は決して晴れることはない。
「今拾ってくるから待っててね。」
レイズは歯を食いしばりながら地面に落ちている肉の塊を拾う。この世の理不尽と無力である事の罪の証が肉塊一片一片に詰まっている。自身にそれを刻み付けるように丁寧に拾い、抱きかかえる。道で拾っては庭に埋める。この繰り返しで何度も何度も肉の感触を感じては、怒りと悲しみを増幅させる。自分の姿を客観視すれば情けなさが生まれてくる。
様々な感情を抱きながら道を何往復もして、両親への一応の弔いが終わった。それでも、レイズは正しく地獄だったこの数日間を、屈辱の時間を、決して忘れる事はないだろう。
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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
世界の救世主はハッピーエンドを目指すようです。 感佩 @Kushi1321
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