第5話 スタートライン
キフェルは家に着くとすぐさま、エディルにショーを作る為の機械の操作方法の教えを乞うた。幸い、AI技術の発展により、昔と比べるとそこまで専門的な知識が必要な訳では無く、日頃の勉強の甲斐もあって、キフェルは一日もかからず必要な操作を身に付けることができた。
「ねえ、あのバックアップを取った意識を別の肉体に植え付ける装置は保険の為に作られたって言ってたけど、別に常用しても問題ないよね?」
「うん。別に問題ないけど、どうしたのかな?」
「ちょっと良いアイディアが浮かんだんだ。」
「そうか、キフェルは随分賢いんだな。キフェル用に創作に必要なものを一通り用意しよう。」
「いいの!ありがとう!」
今までの作品は複数人の天然の人生をそのまま映しており、戦争の中で人々が生み出すドラマをテーマとしていた。しかし、キフェルの作ろうとしている作品は人間の深層心理や周囲の環境に干渉して物語を構成するものだ。干渉していながら、その干渉を感じさせないようにしなければならない。物語のクライマックスの為に、レイズに一定の自己に対する信仰を持たせると同時に、冷静に人生を振り返ってみると運の要素が多い事を自然に感じさせる必要があるためだ。更に言えば観客がレイズに感情移入するときに違和感をなくして、心情を想像させ、その憫然たる姿の芸術に心酔させるためである。
(それに、戦争で死にかけてもクローンを作っておけば治療の必要も無い。何なら、新しい体が古い体を処理する映像もレイズの芸術化を助けてくれるかもしれないな。)
キフェルは今すぐにでも作品を作り始めたかったが、父の仕事を邪魔するわけにもいかないので、機材が揃うまでシナリオを詰めることにした。
アトレスの屋敷を訪問した日から五日が経ち、キフェル用の仕事道具が全て揃った。誰もいない部屋でキフェルは機材を見つめながら物思いに耽っていた。その表情には微かに躊躇いが見て取れる。
(仮に支配から彼らを解放できたとして、それは本当に彼らが望んだことだろうか?)
結果がどうであれ、キフェルの独り善がりな行動が全ての原因になるだろう。
(独善的な正義に酔いしれて支配する事と、本来あるべき姿を勝手に決めつけてそこへ誘導する事に、一体どれ程の差があるんだ。)
「うぷっッッ、、、、。」
トイレに向かって走り出した。自分がしようとしている事の大義を失い、気持ち悪さだけが残ったのだろう。
「このまま進むことは間違っているのか?」
全てを吐き出したキフェルは、まるで縋る様に、鏡の中の自分に向けてそう言葉を零した。
「「間違ってはいないよ。」」
鏡の中の自分が優しい口調で言う。
「!!?、、でも、、何が違うんだ!本質は何も、、、」「「いいや、違うね。」」
被せる様に言う。
「「彼らには意思が無い。君は彼らに意思と選択権を与えるんだ。支配から解放されて初めて彼らは望むことができる。」」
「、、、、、、、、、」
「「だからこそ、君は絶対的な正義だ。」」
「絶対的な、、、正義、、、。」
「「そう、君は正しい。君の正しさが否定される事は未来永劫無いだろう。」」
キフェルの顔に笑みが浮かんだ。
「ああ、そうか、そうだな、私こそが正義だ。」
鏡の中の自分が一歩身を乗り出して顔が目と鼻の先まで近づく。狂信を宿す視線が絡み合う。
「「自分を信じろ。正義を信じろ。盲目的に。それこそが前に進む為に必要な事だ。」」
「ああ、胸張って生きるさ。」
キフェルはトイレを出て自室に戻った。まるで森羅万象の全てを掌握したかのような全能感と自信に満ち溢れた表情を浮かべて。
自室に戻って来たキフェルは早速実験と創作に取りかかる。まず、椅子に座った時の自分の後ろ姿とモニターの画面が映るように録画機材を設置した。更に、部屋のほとんどが映るように天井の四方に撮影機材を設置した。画面は、レイズの両親が死ぬ瞬間の映像が再生できるようになっている。これから、ネタばらしの時にレイズに見せる映像の序章を撮影するのだ。
「ふぅ~~。」
深呼吸をしてからカメラの前に立ち、録画を開始する。
「初めまして。レイズ。4歳のキフェル・タンサ―ルです。貴方は今日で28歳になりましたね。クーデターを成功させてから9年、世界を統一してからは5年になる頃でしょう。」
実現していない未来のことを、事実であるかのようにつらつらと言葉を並べるキフェル。その顔は、まさに嗤う悪魔の顔だ。
「突然ですが、貴方は神を信じていますか?いえ、どちらでもいいのですが、神はいるのですよ。」
まるで未来を見ているかの様だ。
「困惑しますよね。訝しんでもいる表情ですね。え、どんな顔だよって?鏡を用意しているので見てみると良いでしょう。」
「話を戻しまして、神がいること、加えて貴方達の自由意志は限りなく少ない事を説明しましょう。とはいっても、貴方はたった一つの映像を見るだけである程度納得できるでしょう。」
そう言い終えたキフェルは三十秒だけ待った後に、目の前のカメラでモニターを映して動画を再生した。それは、ある道とそこを行き交う人々を俯瞰した光景から始まった。しばらくすると人々はその道から逃げる様に一斉に走り出し、写されているのは両親と少年で構成される家族と 男6人のグループだけになった。
「もう分かったでしょうか?」
答え合わせをするように画面がアップになり全員の顔が見え始める。
「視点を変える事だって出来るんですよ。」
そう言って機械を少し弄ると、画面には目の前に膝をついている少年が写し出された。視点を横に移動すると、拘束された女性も確認された。
「戻しましょうか。」
そうして無言のまま動画が再生されるだけの時間が少し続くと、やがて家族には見るも無残な仕打ちが行われた。
「なぜ?どうやって?様々な疑問があるでしょうが、貴方の両親の命が無駄に浪費された事実は変わりません。」
「疑問点は次の私達が解消してくれるでしょうから問題ありませんよ。それでは。」
そう言って録画を切ろうとしたキフェルだったが、ふと何かを思い出したような納得顔になった。
「ああ、そういえば言い忘れていましたが、、、」
そう前置いて、
「あの動画は先週撮ったばっかりの物なんですよねぇ~。」
と言った後、口角を上げて録画を切った。
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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
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