第3話 舞台裏

下界人の三人家族が道を歩いている。

「レイズ、お昼ご飯は何が食べたい?」

と母親が問うと

「ハンバーグ!」

と少年が元気いっぱいに答える。

「それじゃあホグルリットに行こうか。」

ホグルリットはそこそこの高級店で、この家族の間では特別な日のお祝いのお為に行く店だった。

「いいの?やったぁー!」

三人が笑顔を浮かべながら店に向かっていると、突然複数の不審者に囲まれ抑えられた。

「や、やめて!」

「離せよ!」

「離してよ!」

しかし、三人がどんなに抵抗しようとも解放されることはなかった。更に、辺りの人は既に消えており、不審者が行動し始めるよりも前にその場所から退散していたようだ。太陽はまるでスポットライトの様に強い光でレイズを照らしている。不審者達がはレイズの前に両親を突き出し、リーダーらしき人物が

「おいガキ!どっちか選べ。選ばなかった方を殺す。選ばなかったら両方殺す。」

と言い放った。

「やだよ!かえしてよ!なんで!?うぅ、、、なんで!?」

遂には泣き出してしまった。

「うるせえよ!」

「がはぁ、、ああああああ!」

リーダーはレイズの頭を強く踏みつけた。

「まあ、なんていうか天啓みたいなァ~?ここでお前らを襲えって天から言われた気がしたんだわ。」

レイズの顔が一段と歪んだ。

「そんな理由で、、、やめてぇぇぇ、、ああああ!」

「だから、うるせぇんだよ。」

レイズを踏む足に更に力が入った。その時父親が意を決して

「私はどうなってもよいですから、妻と子供だけはどうか、、。」

と言ったが、リーダーは歯牙にもかけない様子で

「お前に聞いてねぇんだわ。」

と一蹴した。それからレイズの頭を鷲掴みにして持ち上げた。

「ガキ!どっちだァ?」

「ひぃ、、むり、、うぅ、、選べないよおぉ。」

途端にリーダーは顔も口調も優しいものとなった。暗い喜悦が滲んではいるが。

「そうかそうかぁ、ありゃ、額が割れちまってるじゃねえか。雑菌が入ったらいけねえから”洗い流して’’やるよ。」

レイズの両親がレイズの前に差し出された。両親が帰って来ると思ったレイズは目を輝かせた。

「ママ!パパ!」

レイズが両親を呼んだ瞬間にリーダーは笑みを浮かべた。

「やれ。」

その低い声が発せられた瞬間に部下達が二人の心臓と頸動脈を突き刺し、溢れ出る血がキフェルの額にかかる様に体の位置を調整した。溢れ出る血がレイズを真っ赤に染め上げる。

「はッはッはッはぁーあー最高だねぇ。」

レイズは一瞬何が起きたかを認識出来ず茫然としていたが、すぐに二人の傷を手で塞ごうとし始めた。

「ぅぅぅぅううああああああああぁぁぁぁぁぁ!」

幸か不幸かレイズは傷口に手を当てたために両親の最後の温もりを感じることができた。


二人の体から温もりが消える頃には道に人が戻っていた。しかし、レイズを気に掛けるものは誰一人としておらず、まるで一人と二体が幽霊になったみたいだ。そしてレイズは見てしまった。

「ん?俺は何をしていたんだ?まあいっかぁ。」

そう言って群衆の中に自然に溶け込む殺人鬼達の姿を。一瞬現実を疑ったが両親の冷たい体が残酷な事実を証明している。

「ああああああぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁ!」

レイズは発狂した。ひとしきり叫んだあと自分が人々に見向きもされない事に気が付き、道行く人々にまで恨みと絶望の混ざった凄惨な表情を向けた。最後にその顔で空を見上げて気絶した。

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キフェルは父親がこの日のために用意してくれた''演劇''を小型カメラを通して見て気が狂いそうだった。呼吸は浅く、瞳孔は開ききっている。

「ほらご覧キフェル。彼らはキフェルの勉強教材となることで自身の無能を償う事が出来たね。この正義の救済こそがタンサール家が家業にしてきたことなんだ。」

エディルは興奮気味にそうキフェルに言い聞かせた。その様子は紛れもなく正義に酔っており、同時にキフェルに自分達が正義である事を説いていた。

(なぜ幸せを壊されたのがあの家族であるんだ?立場が逆だった可能性もあるじゃないか!何がこの立場を決定付けた?偶然以外の何が!)

キフェルの心の中に様々な感情が渦巻いたが、口を開けば胃液と朝食しか出てこなかった。あまりの業を実感し、意識を保つのが精一杯だった。

「キフェルにも父さんの正義の行いを見てほしくてね。ちょっと刺激が強かったかな?でも、あれらを操って救済することは父さん達にしか出来ないんだよ。」

通常であれば罪の意識から自我が崩壊しかけて、防衛反応として、今まで教えられてきた''正義''に依存する事になる。しかし、キフェルは意識を保ち涌き出る疑問と罪悪感に向き合おうとしていた。否、今の立場にいる理由が偶然である事以外の理由を探し当てられなかった為に罪と向き合うしかなかったのである。皮肉にも、タンサ―ル家の思想に共感できないくらいに、両親からの愛を自覚して共感性と想像力を育てた為に、偽りの正義に浸る事も許されなかった。

(僕が居たためにあの家族は未来を壊された。だとしたら何で僕はのうのうと生きていられるんだ?僕は、、ああ、、何をしたらいいんだ。)

キフェルは纏まらない思考で考え続けるうちに体力が尽き意識を失った。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。








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