オルカの休日
※途中まで
俺は落下している。上下が反転し、空に向かって真っ逆さまに落ちていく。いつの間にか箒は手を離れ、30m程先を同じ速度で落ちている。強風に頭を殴られるような感覚と生暖かい大気に包まれ、ああ以前にもこんな事が何度かあったと思い出す。一度目は人生に嫌気が差し、この際潔く自害しようとオルキナの空をぐるりと囲んでいる空中回廊エブルから降り立ち、その眼下に広がる猛々しい崖を目掛けて身を投げた日である。あの頃の俺は常に鬱屈した精神を抱え、努力の全てが無に帰され研究成果も乏しく、目に映る景色の全てがどんよりとした灰色に見えていた。冷静になって振り返ってみればあれは所謂、暗黒時代であり、あの日の俺はどう考えても気が触れていた。二度目は唯一無二の友であり恩人でもあるアルバに、今まさに恩を返そうと意気込み、彼の住む屋敷へ降り立とうと蓮沼の庭へ落下した日である。あれは、不慮の事故であった。落下した先で出会った少女は、今や自分の一番弟子である。ライラをこの目に映したあの日こそが、あらゆる好転の兆しであり、人生に陽が差した瞬間であった。彼女との出会いは俺の一生における大きな財産と言っても過言ではないだろう。現状俺は死のうという気など微塵も芽生えず悠々と穏やかな日々を謳歌している。いやはや、人生何が起こるか分からない。そして三度目の今日、俺が空へ落下している理由といえば、勿論自殺などではない。今回の目的は特殊な魔法薬の材料採取である。このオルキナ上空には宙に浮かぶ孤島が幾つも点在しており、その数は未だ特定されていない。遥か昔、ある魔法使いの襲来によってこの辺一帯の重力磁場が大きく変化し、その際砕けた岩石が個々に強力な磁力を持ったことにより、浮かぶ孤島が多数形成されたという。それぞれが一つの星のように多種多様な性質を持ち、全く違う天候で成り立っているためオルキナでは見られない特殊な薬草や、全く異なる性質を持つ同種の動物が多く育つ。空の孤島は一般的に惑星と呼ばれ、物好きな探検家や魔道士達の狩場となっている。今回の目当ては、とある碧色の鉱石である。惑星の壁を形成している大きな崖に埋もれていると噂されており、オルキナ周辺の鉱山では手に入らない一級品だ。採取道具はユランドの店で良質な物を購入してある。彼は、俺を含む知人には友人価格だといって商品を安価で提供しているという人情深い男だ。また、俺も彼からの頼みであれば他の依頼を淘汰してでも優先的に引き受けることにしている。俺達の友情の半分は、お互いに得られる大きな利益でもって成り立っているといえるだろう。風に乗って下降していると、波のように聳え立つアレグラ山脈が見えてくる。箒を呼び寄せ片手に掴み、そのまま上昇気流に乗って北の方角まで急カーブで曲がる。勢いをつけて突っ切るようにして分厚い雲を抜ければ、色鮮やかな惑星群が見えてくる。手前に見える青い宝石のような見た目の惑星はf_39。その奥のオレンジ色に光を放ち瞬く球体の惑星はE_224。一際目立つ大きさで、岩石の様にゴツゴツとした岩肌の壁に囲まれた一番離れた惑星、あれこそが例の目当てであるb_0901である。近づけば強い重力に引っ張られ地面に叩きつけられかねない為、俺は箒に足を掛けゆっくりと惑星へ向けて下降した。ブーツの踵が地面に着く。箒を縄で縛り肩から下げる。採取道具を直ぐに取り出し易いよう、鞄を半分開いておく。ポケットから探査機を取り出すと針は東を差している。揺れる針を見ながら慎重に進む。地表はゴツゴツした岩で出来ており歩きづらい。
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