4 - 2 探偵 ⑤
稽古後、宍戸、不田房、そして鹿野の三名は私立探偵・
小さな店だった。三人が店の前に到着する頃には店の明かりは落ちており、地下に降りる階段(喫茶店は、地下一階、地上三階建ての雑居ビルの地階にあった)の前にも『本日閉店』と書かれた鉄製の看板が置かれていた。
宍戸が階段を降り、すぐに戻ってきた。「開いてる」と言われ、不田房、鹿野の順で純喫茶カズイという名の小さな店の中に入った。
店内には、間宮探偵と、それから店主と思しき七〇代ぐらいの男性がひとりいた。「ようこそ」とカウンター席に座った間宮は微笑み、
「マスター。テーブル席使ってもいいですか?」
「ああ。コーヒーと軽食で構わないか?」
話はすべて、通っているようだった。
今日の稽古場は散々だった。稽古ではなく、「演出助手を降りる」と口走った鹿野を引き止める、或いは「そんな考えは捨てろ」と厳しめに説教をされる、そして「鹿野がいなくなったら俺もう公演なんて打てないよ」と半泣きで喚き散らす不田房を慰め「すみません、降りません」と鹿野が前言を撤回したところで泉堂ビルの閉店時間が来てしまった。「月曜日も稽古に来るのよ」「鹿野さんがいなかったら不田房くん本当に失踪しちゃうかもだからね」と
「いやいや、降りちゃダメでしょ!」
と楽しげに笑った。
「そんなね……アレよ……敵にオールを任せるような真似を……」
「言いたいことは分かるが間宮。鹿野は不田房には必要な人材なんだ。そういう意味でも、降りられては本当に困る」
「はいはい。分かってますよ」
宍戸に諫められた間宮はそれでもまだ楽しげに笑っており、店主が四人分のコーヒー、そして軽食のサンドウィッチを運んでくるまで一同はどうでもいいような雑談をして過ごした。
「じゃ、本題いきましょうか」
コーヒーカップを片手に、間宮が言う。
「ああ。何をどこまで依頼したんだったか」
「まずQ県S村から投函された封筒の話、から始めますか」
七月まで遡ることになる。
Q県S村の風景印が押された封筒。いったい誰が、どういうつもりで送り付けてきたのか。
「泉堂ビルの近くにあるコンビニとか、あと交番とか。それにあの辺りは個人商店が多いじゃないですか、アジア圏──韓国や中国の方の」
「土地柄、多いな」
「だからもしかしたら目撃者がいないかなって思って聞き込みをしていたんです。そうしたら」
と、間宮は足元に放り出していたトートバッグに手を突っ込み、
「じゃじゃん。今時はどこのお店も万引き及び迷惑系配信者対策で防犯カメラ付けてますからね。ばっちり映ってましたよ〜」
封筒にすら入れていない、剥き出しの写真がまず宍戸の手に渡る。
「──すべて同じ人物だな」
「何なに宍戸さん。俺にも見せて」
「鹿野」
「はい」
写真が鹿野の手に渡り、不田房が手元を覗き込む──そうしてふたりして、絶句する。
調味料など食料品も扱っている雑貨屋の店頭に佇む男。開店前の中華料理屋の前で煙草を咥える男。韓国で流行っているというスイーツ店の前を挙動不審気味に横切る男──すべて知っている顔だ。
「
「なんで? なんで林が?」
ふたりの声が重なるのを、間宮が微笑みながら眺めている。「誰だ」と宍戸が呟いた。
「L大学出身者。鹿野さんの後輩、に当たるのかな?」
「はい。年齢は上ですが、一応後輩……不田房さんの演劇講座も受講してました」
「オッケー了解。私が面会した『林壮平』と同じ人物ということですね」
「面会した?」
不田房が尋ねる。両手にサンドウィッチを持ったまま。
「会ったんですか? 林に? 彼は今──大学卒業後は都内を離れているのでは?」
「おや、お詳しい」
鹿野も意外な気持ちで不田房の顔を仰ぎ見る。大学を卒業して以降、特に同じ学年ではなかった相手とは連絡を取り合っていない。『暗闇橋の向こう』に入団した後輩に関してはその限りではないが、林は、あの時、Q県で行われた全員自腹合宿に参加したメンバーの中でも近況を知らない人間のひとりだった。
「故郷のZ県に帰ったって」
「不田房さん、よく覚えて……」
「Z県。Q県には近い」
間宮が言う。近いも何も、隣の県だ。
「変に答えを引き伸ばすのも良くないので結論から言いますね。Q県S村の郵便局から封筒を発送したのは林壮平です。そして、泉堂ビルの受付から当該封筒を盗み出したのも、林壮平です」
「何のために?」
宍戸が唸る。間宮がちらりと鹿野に視線を向ける。「あなたなら分かるでしょう」の顔。
分かる。
「林は学生時代……現在は『暗闇橋の向こう』の劇団員として活動している田淵駒乃と交際していました」
宍戸と不田房が同時に煙草を咥え、火を点けた。
こんな馬鹿馬鹿しい話があって堪るか。
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