第20話 2つの不安

 魁斗は目を覚まして直ぐに自分の体を確認する。そして、周りを見渡した。そこは、自分の部屋だった。どうやらまだこっちの世界に帰ってくることが出来るらしい。その事実を確認できただけでも魁斗は嬉しかった。


 魁斗は起きると直ぐに時計を見る。すると、まだ深夜の2時だった。カーテンを閉めて電気を消していたから部屋がくらいのだと思っていたが、そもそも外が真っ暗だったからとんでもなく部屋が暗かったらしい。


 魁斗は電気をつけると部屋を見渡す。すると、魁斗は少し違和感を感じた。まず、ARゴーグルを改造していて置きっぱなしにしていたのだが、その向きが変わっている。それに、部屋に置いていたフィギュアの位置なども少し変わっている。ベッドの隣には置いた覚えのない椅子が置いてあり、まるで誰かがこの部屋に入ってかつ、魁斗の隣に座っていたかのようだ。


 魁斗はその事実を確認したところで何となく理解する。そして、まさかとは思いながらも1階のリビングへと向かった。


 すると、そこには誰かいた。あかりもつけずに椅子に体操座りで座っている人影があった。魁斗はその人影を見て直ぐに理解する。そして、ゆっくりと近づいた。


「……」


「……」


「……」


 魁斗はその人影の前に立つと、その人影を目を凝らしてよく見る。すると、目がだんだん暗闇になれてきてその顔が明らかになる。さらに、シャッターが着いていない窓から月明かりが射し込んでさらに分かりやすくなる。


「……」


 魁斗はその人影の顔を見ると、何も言わずに抱きついた。そして、優しく慰めるように言う。


「遅くなってごめんな。何があった?兄ちゃんに話してみろ」


「……うぅぅ、うわぁぁぁぁぁぁぁん!お兄ちゃん!怖いよ!私……私!もう二度とゲームの世界から出られなくなるかと思っちゃったよ!」


 美優はそう言って大粒の涙を流しながら抱きついてくる。美優はもう中学2年生なのに、まるで幼稚園生のように泣く。その姿を見て魁斗は美優のことがよりいっそう心配になる。


「……そうか、なら、帰ってこれたことを喜ぼうな。ほら、何か暖かいものでも作ってやるから。そこで待ってな」


 魁斗は優しい口調でそう言って何とか美優を落ち着かせる。しかし、美優はまだ少し脅えた様子だった。


「……そうだ、一緒にご飯を作るか?」


 魁斗はそう言った。すると、美優は涙を拭うと力強く頷く。魁斗はそんな美優を見て手を繋ぐと一緒にキッチンへと向かう。


 その時気がついたのだが、やはり美優はまだ小さい。中2とはいえ高2の魁斗からしてみればまだまだ子供なのだ。


「じゃあ、何が作りたい?」


「ハンバーグ」


「いいぞいいぞ。一緒に作ろうな」


 魁斗はそう言って食材を倉庫から出そうとする。しかし、美優が言ってきた。


「私がやる!」


 美優はそう言って魁斗の服の裾を引っ張る。魁斗はそんな美優を見て優しく微笑むと、食材を倉庫から出すのを美優に代わってもらってその間にフライパンなどの調理器具の準備をする。


 そして、魁斗が準備を終えると直ぐに美優のいるところまで行く。すると、美優が高い場所にあるものを取ろうとしてぴょんぴょんと跳ねていた。


「肩車するか?」


 魁斗ほそう聞く。


「お願い!」


 すると美優は、なんの迷いもなく頼んできた。魁斗はゆっくりと肩車で美優を持ち上げる。そして、遂に美優はその高い場所にあった食材を摂ることが出来、ほとんど1人の力で集めることが出来た。


「そう言えば、食材とか教えてなかったのによく分かったな」


「ゲームで作ってくれる人がいた。その人のやつがすごく美味しかった」


「へぇ〜、ゲーム内でも美味しいという感覚を読み取ることができるんだな」


「ん!」


「凄いゲームだな。ま、そんなことは置いといてハンバーグ作るか」


 魁斗はそう言ってハンバーグを作る準備をする。まずは手を洗い手を清潔に保つ。そして、色々と手際よく進めていく。


 しかし、今回は美優が何もしないと面白くなくなってしまう。今回は1人ではなく2人で作っていく。


「そうそう、そうやって肉をこねるんだ」


「む、難しい」


 2人はそんな会話をしながらハンバーグを作っていく。そして、それから少しして2人はハンバーグを完成させた。


「出来た」


 美優はそう言って普段の美優からは考えられないほど目を輝かせそのハンバーグを見つめる。魁斗はそんな美優を見守りながらハンバーグをお皿に乗せ食卓へと持っていく。


「じゃ、食べるか」


「「「いただきます」」」


 2人はそう言ってハンバーグを食べ始めた。最初は二人の間に会話など無かったのだが、時間が過ぎる事に少しずつ会話が出てくる。


「……何があったか聞かないの?」


「聞かないよ。だって、言いたくないことかもしれないだろ」


「……うん」


 美優は魁斗の言葉を受けて少し俯く。


「……明日、気分転換に出かけるか?」


 魁斗は思わずそんなことを口にした。いつもの美優なら直ぐに断って文句を言ってくるはず。だが、今回は違う、


「行きたい……」


 なんと、美優は泣きながらそう言ったのだ。魁斗はその返事を耳にして微笑むと、優しい声で言った。


「決まりだな。じゃ、ハンバーグ食べたら準備しような。ま、その前に寝ないとだけどね」


「ん。ね、ねぇ、お兄ちゃん。一緒に寝て」


 美優は不安げな表情で言ってきた。


「……そうか、今見てるこの現実さえも夢の可能性もあるし、まだゲームの世界にいるという可能性もあるのか……そんなことを思い始めたら、恐怖心は無くならないんだよな」


 魁斗は誰にも聞こえないような小さな声でそんなことを呟く。そして、美優に言った。


「良いよ。一緒に寝よ」


 その言葉を聞いた瞬間美優は顔を明るくする。


 そして2人はハンバーグを食べ終えると歯を磨き少ししてから美優の部屋で一緒に眠りについた。


 それから7時間後……


 魁斗は目覚めた。魁斗は目覚めて直ぐに時計を見る。そして、カレンダーを見つめた。どうやら今日は祝日だったらしい。だから学校は休みなようだ。


 魁斗は目覚めて直ぐに隣を見る。隣には泣きながら魁斗の腕を強く抱きしめる美優がいた。そんな美優を見て魁斗は思う。


 ずっと怖かったんだろうなと。


「ん……おにぃ……ちゃん」


 美優は寝言でそんなことを呟く。魁斗はそれから美優が起きるまでずっと見つめ続ける。いつもは魁斗に対して怒っているため気が付かなかったが、こうしてみるとかなり可愛いい顔をしている。


「ん……」


 魁斗が美優の顔を触っていると、美優が目を覚ました。


「おにぃ……ちゃん?」


「どうした?」


「……良かった……夢じゃなかった」


 美優はそう言って抱きつく力を強くする。そして、2人はベッドの上から起き上がった。


「じゃ、準備をするか」


 魁斗は美優が起きるのを見届けて朝ごはんを作り始める。そして、出かける準備をした。


「お兄ちゃん。今日の朝ごはん何?」


「今日はって言うか、いつも目玉焼きだろ?」


「そうだったっけ?」


 2人はそんな会話をして笑い合う。そして、2人仲良く朝ごはんを食べて出かける準備をした。


「じゃ、行くか」


 魁斗はそう言って美優と共に外に出かける。目的地は特に設定してないが、気分転換だから宛もなく歩き続けるだけになるだろう。


 だが、魁斗はそれでも出かけることにした。家の鍵をかけて2人はどこかに向けて歩き始める。


「どっか行きたいところあるか?」


「そうだ、これ買いたい!」


 美優はそう言って本に書いてあるものを見せてくる。それは、大きな人形だった。


「良いぜ。じゃあ行こうか」


 2人はそう言ってその人形が売ってある店へと向かう。そして、その店に着いて人形を見て魁斗は目を丸くした。


「高っ。10万もするのかよ」


「大丈夫よ!私トップランカーだからお金は億持ってるのよ!」


 美優はそんなことを自慢げに言いながらその巨大な人形を購入する。


「てか、それどうやって持って帰るの?」


「郵送に決まってるでしょ。今日の夜には家に到着するわ。ほら、お兄ちゃん!次に行こ!」


 美優はそう言って魁斗の手を引いて次の場所へと走り出す。魁斗はそんな美優に驚きながらついて行く。


 美優は深夜のことが信じられないくらい楽しそうに次から次に高級なものを買っていく。その様子はまるで戦いに備える前に爆買いする人のようだ。


 そして、2人のそんな楽しい時間はあっというまに過ぎていく。気がつけば時間はもう夕方になっていた。


 2人は散々遊んだからか、日が暮れる前に家に到着した。そして、家に届いた郵送を見て魁斗は絶望する。


「……これ、俺が運ぶの?」


「何言ってるの?2人で運ぶんだよ」


「良かった……」


 魁斗はその言葉を聞いてほっとする。そして、2人で家の中へと運んでいく。そして、魁斗は何とかその荷物を全て家の中に運び入れた。


「やっと終わった……」


 魁斗がそう言ってリビングのソファに座っていると、美優が隣に来て言う。


「今日はありがとう。それと、これまでのことごめんなさい」


「良いって。美優が楽しめたならよかったし、美優にだって何か事情があったんだろ?」


 魁斗は美優にそう言った。すると美優は、少し暗い顔をして言う。


「……負けるのが怖かったの。ずっと負けるんじゃないかって思って怯えてたの。私はトップランカーだから負けられない。だから、負けるのがずっと怖かったの。それなのに、この前ある男に出会った。どことなくお兄ちゃんに似てるんだけど、その男からはとてつもなく嫌な感じがするの。何だか、まるで私の知らない奥深くにいるような、そんな気がするの。でも、私は馬鹿だからその男に喧嘩を売った。ビギナーだと思ったから。でも、ログアウトできなくんっ他人とかもいて、ここで負けたらもしかしたら自分もログアウト出来なくなるかもって思って怖いの」


 美優はそう言って顔を俯かせる。魁斗はそんな美優に言った。


「負けて何が悪いの?何で絶対に勝たないといけないの?向こうだって勝つために努力しているんだ。だったら、負けたのなら相手の頑張りの方がすごかっただけだろ?勝負には必ず勝者と敗者が現れる。それは世の理だ。それが嫌だったんなら事前に不意打ちをすればよかっただろ?でもそれをしなかった。てことはさ、心の中では負けても良いから戦おうって思ってるんだろ?だったらさ、最後まで全力で戦って、勝っても負けても良かったねって言って笑おうぜ。もしそれでも死にたいとか思うんなら、俺のところまで来いよ」


 魁斗はそう言って美優の頭の上に手を置く。その時の美優の表情には、さっきまでの暗さが消えていた。

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