第17話 速さのその先へ

 シュテルの目には絶望が写っていた。その巨大な体と巨大な爪は、その場にいるものの勝てる可能性というものを極限まで減らす。


 ……いや、もしかしたらとうに無くなっていたのかもしれない。初めから勝てる可能性など皆無だったのかもしない。この洞窟を見た瞬間にシュテルの死は確定していたのかもしれない。かもしれない……かもしれない……色んなかもしれないが頭の中を駆け巡る。


 しかし、いくら考えたところで未来は変わらない。考えるだけではダメなのだ。その後の行動によって全てが変わる。


 未来を変えたいのであれば、それなりの行動が必要だ。そして、その行動には時間と労力という代償が必要になる。そして、時間にはシュテルの寿命、労力にはシュテルの体力が必要となる。


 要するに、代償が必要なのだ。何かをなすための代償が。そして、その代償は時に人の命さえも奪ってしまう。


 シュテルは今それを強く実感した。キメラという強大な敵を前に影魔法という闇の魔法を使い、体を乗っ取られかけたからこそ、シュテルはそのことを強く実感出来たのだ。


「……はぁ、代償も考えないとだよな。それに、もうライフも残り少ないし……」


「……逃げましょう。シュテル様!1度逃げましょうよ!こんなところにいたら死んじゃいますよ!私……私、シュテル様が死んだら生きていけないですよ!」


「だとしても!ここで逃げてしまえば、俺は強く離れない!ミウに勝つためにも、ここで勝たなければならないんだ!それに、逃げ道はもう無い。だったら、死ぬ気で戦ってさ、その後『俺頑張ったよね?』って言って死にたいじゃん。そのためにはここで諦める訳には行かない!俺の目指すところはこの敵を倒すところじゃない!その先の、もっと先……今はミウを倒すことかもしれないが、やるべきことはまだあるはずだ。その未来のために逃げる選択肢は俺には無い。な?わかったろ?だから一緒に進もうぜ。未来へ」


 シュテルはそう言ってルビーを見て優しく微笑んだ。そして、ルビーをゆっくり手の上に乗せると傷つけないように服の内ポケットへと入れる。


「安心してくれ。何があっても俺は死なないし、お前を傷つけさせない」


 シュテルはそう言って走り出す。そして、さっきより速いスピードでキメラへと向かっていく。


(考えろ……!俺の今できることはなにか!?考えろ!考えるんだ!出来ないことばかりかもしれない!それでもやろうと努力しないよりはマシだ!顔を上げろ!前を向け!今目の前にいる敵は強大な力を持っている!力でも防御でも負けてるなら、他で勝てばいい!俺の中で1番のアドバンテージを伸ばせ!)


 シュテルは頭の中でそう叫んで剣を振りかざす。そして、キメラを挟んで反対側にあるマーキングを見た。


(速く……速く……もっと速く!誰も目で追えないような、誰も対応出来ないような、そんな速さで動け!全ての魔法を掛け合わせろ!どんな手を使っても速く走るんだ!)


「転移が空間魔法な、俺は……!」


 シュテルがそう呟いた瞬間、キメラがシュテルに向けて攻撃を繰り出す。その攻撃はさっきまでの爪の攻撃ではなく、足で踏み潰そうとしてきたのだ。


 そして、キメラは凄まじい勢いでシュテルを踏みつぶした。その時そのまわりには強い風と衝撃波が襲う。


 しかし、キメラはその時に少し違和感を覚える。何故か感触がなかったのだ。潰したのであれば潰したのがわかるし、転移したのであれば何かしらの影響が出る。しかし、何も感じないし感触がない。


 キメラは思わず周りを見渡した。


 その刹那、突如としてキメラの右足のかかとと、左腕に切り傷が入った。


「グォォォォォォ!」


 キメラはその突然のことに断末魔をあげる。


 そして、キメラが断末魔を上げた直後、次は右足のつま先と右足のすねの部分に深い切り傷ができた。


 キメラは何が何だか分からず倒れ込む。そして、その時初めて理解した。シュテルが誰にも見えない速度で動き続けていることに。


「グォォォォォォォォォォォォ!」


 その断末魔と共にシュテルが一時的に姿を現す。そのシュテルの右目には光り輝く模様が浮かんでいた。


「さて、お前はどうする?どんな声を上げる?泣き叫ぶか?それとも、死ぬか?」


 シュテルはそう言いながら歩き始め、キメラの前に立つ。そして、剣を構えて言った。


「速く、そして、鋭く。お前はもう二度と俺の姿を捕えることは出来ない。さようならだ」


 その瞬間、シュテルの姿が消える。そして、キメラに無数の切り傷が出来た。キメラはその状況についていけずただ断末魔を上げながらその場にふすだけだ。


 そして、だんだんキメラの体が小さくなっていく。なんせ、シュテルの小さな攻撃が同じ場所に何発も当たっているからだ。そのせいで体の四肢は切断され小さくなっていく。


「速く……!もっと速く!誰にも見えないくらいに、フィナムよりも、ミウよりも……この世界に生きる全ての存在よりも速く!」


 シュテルはそう叫び剣を振るう。キメラはそのスピードに何とか対応しようと頑張るが、全くついていけずダメージは増えるばかり。


 そして、ついにキメラの体は四肢を全て切断され攻撃は愚か、立つことすらも出来ない。シュテルはその体を見るとキメラの前に立ち剣を突きつけた。


「これは未来への試練だ。自分を失うことは許されない。負けることも許されない。そんな決意をするための試練だ。そして、それが出来たから俺はこの試練に合格したということだろう」


 そう言って影を剣に纏わせていく。すると、突如キメラが動き出した。そして、その切断された腕が再生し始める。どうやらこの世界でのキメラというものは、どれだけ四肢を切っても再生するらしい。だとしたら、与えたダメージも回復するのだろう。


 だが、どんなものにも核はある。人間で言えば心臓、魔物で言えば魔石だ。そして、キメラにだって魔石はある。


「再生か……」


 シュテルがそう呟くと、キメラが腕と足を再生し終えた。そして、立ち上がりシュテルに向かって爪を伸ばす。


 その刹那、シュテルの姿が消えた。それと同時に黒い軌跡がキメラの体の周りに出来る。そして、そのうちの一つがキメラの体を貫いていた。


「グォォォォォォォォォ!」


 そして、キメラは断末魔と共に倒れた。そんなキメラの胸元には砕け散った魔石が転がっていた。


「討伐完了。雑魚だったな」


 シュテルはそう言って魔石を回収する。すると、キメラの体は塵となって消え始めた。


「”戻れ”」


 シュテルのその言葉をとともに、マーキングが施してある針がシュテルの手元に戻ってくる。そして、シュテルは武器を全て回収してキメラの体が消えるのを見届けた。


「シュテル様、大丈夫ですか?怪我は無いですか?」


「あぁ。無いよ。ルビーは?」


「全然大丈夫です!それより、キメラがいた場所になにか落ちてますよ」


 ルビーはそう言って指を指す。その先にあったのはどこかの鍵だ。シュテルはその鍵を拾うとどこかで使えないか考える。


 しかし、この鍵の形を見た事がないため分からない。2人が悩んでいると、その鍵は突如ある場所に光を放ち始める。その光はどこかで屈折することなく真っ直ぐ伸びている。


 シュテルはその光の先を見た。


「行くしかないな」


 シュテルはそう言って立ち上がると、その光の先に向けて歩き始めた。

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