第16話 心の影

 シュテルはその目に映る物全てを認識した。そうすることで、周りの様子がよく分かり戦いやすくなる。


 そして、自分の体の中にある魔力を感じるため、目を瞑り全力で集中した。


「行く……!」


 シュテルはそう呟くと、全力で駆け出した。そして、またもやさっきと同じように剣を抜き影魔法を発動する。


 しかし、今度は剣からでは無い。自分の魔力を剣と同じ属性に変えて放出する。


「……へっ!このゲームはこういうのが感覚でできるから良いよな!」


 シュテルはそう言って全身から魔力を放出する。すると、全身が黒い魔力に包まれた。その魔力はどこか、闇を感じさせるものだった。


「っ!?」


 しかし、その黒い魔力はいつもの魔力と何か違った。何が違うかと聞かれると分からないが、何かが違った。


 それに、何故か分からないが心が黒くなった気がした。分かりにくいかもしれないが、それは本人ですら分からないのだ。なんと言うか、ただ、心が黒い何かに侵食されている。そんな気分になってしまった。


「……な、なんなんだ……!?」


 シュテルは思わずその場に膝を着いてしまった。すると、当然のようにそこに向けてキメラが爪で引っ掻いてくる。シュテルはその爪を視界の先に入れると、これまでにしたこともないようなほどの剣幕で睨みつけ全力でその爪を剣で弾いた。


「邪魔するな……!」


 シュテルはそう言ってこれまで感じたこともないほどの殺気を出して剣を構えた。


「しゅ、シュテル様!?どうしたのですか!?」


「……」


 ルビーが心配して問いかけると、シュテルは真顔で睨みつける。


「ヒィッ!?ご、ごめんなさい!」


 ルビーは思わずその目を見て怯えて服の中に隠れてしまう。シュテルはそんなルビーを横目にニヤリと笑って言った。


「今の俺はすこぶる機嫌が良い。一瞬で全てを終わらせられそうだ」


 シュテルはそう言って走り出した。すると、キメラが再び爪で攻撃してくる。シュテルはその攻撃を簡単に避けると再びその腕から頭に近い場所まで駆け上がっていく。


 そして、肩くらいの場所まで来た時、シュテルはその影を剣に纏わせた。


「”影の一閃ナイトスラッシュ”」


 シュテルは技を唱える。すると、ジオクロノスから鋭い影の刃が放たれた。それは、真っ直ぐキメラの顔に向かって飛んでいき、目を切り裂く。


「グォォォォォォ!」


 思わずキメラが悲痛な断末魔を上げた。そして、もがきながら倒れていく。


 シュテルは直ぐに近くのマーキングに飛んだ。そして、キメラを見つめる。キメラは目を押えながらもがいていた。しかし、自己修復機能があるのか、直ぐに立ち上がりその傷ついた目を開いてシュテルの姿を捉える。その目は、切り裂かれたとは思えないくらい傷一つなく綺麗だった。


「回復か……だったら、それより早く攻撃れば良い!」


 シュテルはそう叫び剣を構え駆け出す。そして、これまで以上に恐怖に満ちた笑みを浮かべながら足元まで近づいた。


 シュテルはキメラの足元に来ると、その足を切り裂きながら上がっていく。シュテルはそのまま顔の近くまで上がろうとしているのだ。


 そして、シュテルの狙いは上手い具合に成功する。シュテルは攻撃を受けることも無く顔の近くまで駆け上がってきた。そして、首元を狙って再び影の斬撃を放つ。


 しかし、どうやら首元は特別硬いようだ。全くと言っていいほど歯が立たない。シュテルは再びマーキングへと飛ぶ。


「硬いなぁ。だけど、切れない硬さじゃない。全く、キメラのくせに俺を手こずらせるなよ」


 シュテルはそんなことを言って首をコキコキ鳴らす。その様子はまるで、闇に堕ちたかのようだった。


 そして、ルビーにはその原因が分かっていた。その原因とは、影魔法のことだ。シュテルは影魔法を使ってから心が影で閉ざされたかのように冷たく厳しく、そして悪くなった。


 ルビーはそんなシュテルを心配してずっと見つめている。


「さて、もう少しで殺せるな」


 シュテルはニヤリと笑うと剣に影を纏わせた。その笑顔を見た瞬間ルビーは理解する。今までのシュテルは消えたのだと。そして、今のシュテルは危ないと。


「……んー!シュテル様!戻ってきてください!」


 ルビーは思わずシュテルの右耳の横でそう叫んだ。シュテルは突然のことすぎて頭が混乱する。だが、それ以上に右耳の鼓膜が破れそうなほど叫ばれ一瞬意識が飛びそうになった。


「何なんだよ!?」


 シュテルはルビーにいつものシュテルからは考えられないほど強い口調で問いかける。すると、ルビーは涙目になりながら言った。


「こんなのシュテル様じゃないです!もっと、冷静で楽しくて優しいのがシュテル様です!今のは、ただの怪物です!」


 ルビーは泣きながらそんなことを言ってくる。シュテルはその言葉を聞いてとても腹が立った。こんなことを言われて怒らないやつはいない。そんな考えとともに、無性に怒りが増してきた。


 しかし、何故かそれと同じくらい悲しくなった。まるで大切な何かを失ったような感覚におちいり悲しさだけが込み上げてきた。


 そして、その時シュテルは理解する。自分がとんでもないものを失ってしまったのだと。さらに言うなら、自分の心が影に侵食されていたことにも気がついた。


「……っ!?俺……っ!?」


 シュテルはルビーに向き合い目を覚ます。そして、何かを言おうとした。その時シュテルはそれに気がつく。


 なんと、キメラが攻撃してきていたのだ。どうやらキメラはシュテルの動きが止まったと認識して攻撃を仕掛けてきた。シュテルは逃げようとしたが、ルビーシュテルに触れてないため逃げられない。


 しかし、ここから走ったとて間に合わない。シュテルは慌ててルビーを掴むと別のマーキングまで飛んだ。


「っ!?クッ……!」


 しかし、ギリギリで攻撃を受けたのか、背中になにか違和感を感じる。そして、自分のライフゲージを確認した。やはり減っている。自分のライフゲージはまたもや半分以下となってしまった。


「クッ……ソ……!」


 シュテルはそのダメージのせいで唐突な目眩がした。どうやらこのゲームは痛みこそないものの、そんなところまで作り込まれているようだ。


「シュテル様!?やだ!シュテル様ぁ!死なないで!」


 ルビーは泣きながらシュテルに近づく。しかし、シュテルは起きない。そうこうしていると、キメラがシュテルの近くまで来てしまった。キメラは足を上げてシュテルを踏み潰そうとしてくる。


「嘘……!やだぁ!やだぁ!死にたくないよ!死なないで欲しいよ!お願いします!起きてください!」


 ルビーは泣きながら叫ぶ。その瞬間シュテルは目覚めた。別に気絶していた訳では無いが、目眩に苛まれながら起き上がり剣を振るう。


「”時空間魔法じくうかんまほう・ワインド・ザ・ディメンション”」


 シュテルがそう言って剣を振るった瞬間、その空間がねじ曲がった。そして、シュテルに向かっていた攻撃は全て逸れる。


「危なかったな」


 シュテルは小さく呟きため息をひとつつく。


「はぁ……、影魔法は使っちゃダメだな」


 シュテルはそう呟いて、キメラを見つめた。

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