第2話 世界は広い
魔法らしきものを見てから更に一年の月日が流れた。
最近では視界もハッキリとし、俺は掴まり立ちからの二足歩行、四足歩行からレベルアップをしていた。
いや~大変だった。何せ家の中でも地面だったからね。
ハイハイすれば手の平や足が汚れる汚れる。布製のオムツにくるまれたプリっプリな我が美尻も同じく、お座りする度に汚れて大変だったよ。
衛生観念のあるキレイ好きな自分としては、汚れたままが辛くて仕方なかったぜ。
さてと、ついに立ち上がれるようになったので今まで出来なかった事をしようと思う。
そう、スクワットだ!
え、何故スクワットをするのかだって?
決まってんだろうが、体鍛えるのさ。今の内から体を鍛えて将来的に俺ツエーする為よ。
……はい、ムリー。無理でしたわ。立てるようにはなった。歩く事も出きる。でも、スクワットとかマジで無理っすわ~。
俺は無様に尻を地面に落としながら打ち拉(ひし)がれていた。
いやもうね、驚いたよ。前世の記憶では楽チンだったのに、簡単にできると思ってたら出来ねーの。
例えるなら、小学生の時に二重跳び出来たのに三十前のおっさんになると出来ないって感じ。
体がね、自分の思い通りに動かないんだよね。何か重いし、支えられないし、スクワットの仕方が解らないの。
記憶にあるスクワットの動きがマネ出来ないんだよね。
何でかな~、何でだろうな~とか考えた末に一つの解に行き着いた。
「あぶぅあ~だぁーな(運動神経だな)」
そうである! 今の俺には決定的に足りてないのだ、運動神経が!!
って、そりゃそーだろ。だってまだ一歳程度だもん。肉体も神経もまだまだ出来上がってないからな。あとは反射神経もな。
正直、生前たまに読んでいたWeb小説の転生ものみたいに簡単だと思ってました。しかし、蓋を開けてみればこれですよ。
……チックショー! 騙しやがったなー! Web小説作家共めー!
お前らの小説みたいに簡単に物事が運ぶとか現実的じゃないんだよ。
テメぇーら、純心な転生に憧れるおっさんを誑かしやがって、絶対に許さねぇぞぉぉぉ!!
くっそ、ふっざけぇんじゃねーよ。生前の転生ものWeb小説をアポカリプスの少女ハイヂに置き換えてたなら、クラランが車椅子から立ち上がった瞬間に機敏な動きで反復横跳びしながら『私、立てたー』とか言ってんだぞ。あり得ないだろ、そんな事。
そんな奇っ怪なクラランを見て、ハイヂも驚きで泡吹いて白目剥きながら『クラランがたたったたたぁああああぃぃいいやぁぁあああ』とか感動に震えながら叫んで、山羊飼いのプータなんて『おいおい、羊なんか見てる場合じゃねぇーぜ。お祝いに今からラム肉出荷だー』と他人の家畜を屠殺して祝いの品を見繕い、お爺さんは『実はワシ、飛べるんじゃ』とジャンピング全裸土下座しながら崖からアイキャンフライしちゃうくらいあり得ねーから!
ふー、ふー、ふぅ~。落ち着け、落ち着くんだ俺。思い通りにならなかったからヒートアップしちまったぜ。
思わず意味不明なキレ方をしちまった。ふふふ、精神が若いせいかな……理不尽な怒りをぶちまけてしまった。
いやまあ、解ってる、分かっているんだよ。Web小説は所詮は空想で創作物だってな。
でも、少しくらい信じてもいいでしょ? 夢くらい見せてよ。スクワットくらいさせてよ~、いいじゃな~い、ちょっとくらい。
スクワットだよ、スクワット。空飛びたいとかウザイン・ボルテッドみたいに走りたいとかじゃないんだよ?
無理は言わないからさ~、スクワットくらいさせてよ神様ー! 活性させよ我が運動神経を!!
全身全霊の祈りを込め、天に向かって両腕を伸ばす。届け、僕の想い!
……あ、駄目だ。腕が疲れてきた。まだ一分も経ってないと言うのに!
ちょっと赤ん坊って体が脆弱過ぎないか? 体を鍛えるとか言ってる場合じゃねーぞ、これは。
こうして虚しくも俺の願いは天に届く事なく、ただ無駄に時間だけが過ぎ去って行った。
スクワットを断念することになってから更に半年が過ぎた頃。
今は出来うる範囲で体を動かして全身を鍛えている。無理の無い歩行、腕を動かす、腹筋……はできねーよ。ま、やってることは乳幼児がやるような事だけどな。
そんな風に筋トレに勤しんでいると母親が俺を何処かに連れていくのか、抱き上げて何かを話してくる。
最近多少なりとも言葉が分かってきたのだが、それでも大部分が解らない。
えっと、多分……外に出る、紹介、友達かな? ふ~む、友達って母親のか?
そんな疑問を浮かべながら、されるがまま外に連れ出された俺は照らされる陽の光に目を細めつつ、そう長くない時間母親の腕の中で揺られながら目的の場所に連れてこられた。
目的地はおそらく村の中心、屋根の付いた井戸場で、そこには複数人の女性と俺と年代の近い乳幼児達が居た。
ふむふむ成る程、おそらくこれはこの村の年代の近い奥さま達の集いで、ついでに子供を紹介しようとしているのか。
というか、こんなに俺の近くには人が住んで居たんだな。ここには女性だけで十三人(年齢は十代後半から三十代まで)、子供は俺を含めて十八人居る。
内、乳幼児が十人(性別は不明)。二~三歳の女子三人、六~八歳の男子二人と女子二人、十歳過ぎた男の子が一人である。
わぁお、めちゃくちゃ人が居るわ。ビックリだよ。
何せ俺の生活圏では、広々とした畑と遠目に幾つかの掘っ立て小屋が見えるだけなんだもん。
しかし、今母親の腕の中からざっと見渡しただけでも井戸場の周りには十を超える掘っ立て小屋がある。
マジかよ、少し家から離れただけでこんなに見える風景が変わるのかよ。
しかも何だか俺の家よりも少し立派な気がする!? ほら、壁の木の艶が輝いて見えるよ。うちのはくすんでるどころか苔生えてるんだぞ。
これが格差と言うやつなのか!?
古くて許されるのは古民家だけだ。只のボロ屋は廃棄処分しな。
しかし、羨ましいぜ。きっと隙間風の無い家なんだろうな~。床も地面じゃなく、板張りのやつなんだろうな~。
……燃えて全焼しちまえよ。まったく、許せねー。許せねーよな、ヲマイ等!
選ばれし転生者様がボロ屋で、モブ達がキレイな家だとぉ? プッツンプリンをプッツンしちまうくらいピナトゥボ火山が大噴火だぜえぃ!!
だがしかし、悲しいかな。今の俺は赤ん坊でしかない。この世界の火種は火打ち石なんだけど、この脆弱な腕力では石を打ち合わせても火花さえ出せない。
ふっ、よかったなモブ共め。今回は貴様等の家を燃やすのを勘弁してやろうではないか。
しかし忘れるなよ。成長した暁には何れ地獄の猛火がお前らを浄化するであろう!
ダァーハッハッハ!!
「△¥£₥◎&#?」
「※◇☆£¥%◎$@○」
そんな事を考えてニヤニヤしてたら、怪訝そうな顔で女性の一人と母親が会話を交わした。
言っている意味は分からなかったが、雰囲気的は『悪どい笑みしてない?』、『たまにこんな顔するのよね』だろうか。
うっせー! 赤ん坊が常に純粋なエンジェルスマイルすると思うなよ。
仕方ない。満面の笑みを見せてやろうではないか。
「(ニッコリ営業スマイル)」
「¥☆@$◎#!?」
「&&△&%£◇☆☆¥」
俺が渾身の笑顔を見せると女性は『胡散臭い笑顔キター!?』とばかりに驚き、母親は『うちの子、大丈夫かしら』と言いたげな雰囲気を出していた。
おいおい、コイツら失礼じゃないか? 何を言っているかは分からないけど、表情とか雰囲気で何となく察するんだからな。ナイーブな俺の心が傷ついちゃうよ。
ったくよ、こちとら赤ん坊様だぞ? もっと優しくせーや。甘やかされるのは赤ん坊の特権なんだからな。
と、こんな感じで俺の記念すべき最初の交流会は、平々凡々と恙無く終わりを迎えた。
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