【quartz番外編】ありがとうって、言わないぜ 4

 ジッポの家の側までやって来たリックは、やって来たものの、ふと足を止めた。

 もしかしたらいつものように待ち合わせの場所で待っているかもしれない、と思ったのだ。


 それに、今までジッポに対して、心配に思ったり、気に掛けたりする事が全くないわけでなかったが——あからさまにジッポにも分かる形で示した事は一度もない。

 「心配になって来たんだ」と言えばいいのだが、その一言をどうして切り出したら良いのか、わからなくなったのだ。


 リックがジッポの家の側で、そんな事を考えながら立ち止まっていると、家の戸の開く音がした。


「あれ、リックじゃん」


 出てきたのはジッポだった。リックに近づきながら、ジッポは言葉を続ける。

「何してるんだ、そんなところで。でもまぁ、ちょうど良かった。俺、いつもより家を出るのが遅くなっちゃったから……お前を待たせる手間が省けたぜ」


 最後の“手間が省けた”というのに首を傾げながらも、リックは適当ないいわけを口にした。

「今日はここから約束の場所に行こうと思ったんだ。別に、母さんから聞いて、お前の親父が心配だから、来たわけじゃないぞ」

 ジッポが少しクスッと笑った気がしたが、リックは気にせず言った。

「それより、何で家を出るのが遅かったんだよ」

「その事なんだけど、今日……弓の練習を休みにしてもいいか? まま、折角だから家にあがれよ」

 返事するいとまも与えず、ジッポはリックの後ろに回り込み、背中を押して家へと招き入れた——というよりも家の中へと押し込んだ。




-ジッポの家-


 家の中に入ると、リックはいきなりテーブルとご対面した。

「そこ、気を付けてくれな」

 ジッポにそう言われた時には、もう遅かった。リックはもろ鳩尾みぞおちにテーブルの角を食い込ませていた。痛みのあまり腹を押さえながらも、振り向いたジッポにはわからないように取り繕った。


「街の猫に使わなくなったテーブルを貰ったんだけど、どうもこの部屋には大きすぎてさ。

椅子も4脚ついてきたんだけど、俺の家ふたり家族だろ? だからこの椅子をテーブルにする事が多いんだ」

「……うちの親父に頼んで、テーブル、直してやってもいいぜ」

 思わずリックがそう口に出すと、

「ありがたい、頼むよ本当。でもその頃には、俺たち違う街に行ってるかも知れないけど」

 とジッポは言った。その言葉に、リックは目を丸くした。

「おい忘れたのかよ。俺はここで暮らすために来たんじゃないんだぜ。この街の近くに魔物が現れたから、雇われて来たんだ」

「そうだった……」

 そう小さく言ったリックに、「寂しいか?」とジッポはニヤリと笑って聞いた。

「ぜんっぜん、いなくなった方が清々する」

 リックはプイッとそっぽを向いた。


「素直じゃねぇなぁったく」

 ジッポは右手でリックの頭を押さえつけるように撫で回した。リックはその手を「やめろよもぅ!」と言って、怒りながら引きはがした。

 楽しそうに笑い出すジッポに、リックはまた、腸が煮えくりかえりそうだった。


 機嫌を損ねたリックは、壁を背に、部屋の隅に座り込んだ。

「椅子に座れよ」とジッポに言われたが、その場を動かず「お前の父親は?」と先ほどから気にかかっていた事をたずねる。

「今奥の部屋で寝てるよ。昨日の夜、親父、家に帰ってこなかったんだ……でも今日の早朝に帰ってきた。ろくに寝てないみたいでさ、昨日俺が作った兎の肉入りシチュー平らげて、ぐーすか寝ちまったよ」

「お前も寝てないじゃん。柄になく親思いなんだな」

 とリックはジッポの充血した目を見て言った。ジッポは鼻の頭を掻きながらリックから目を逸らして、「そういや、親父が妙な事を言ってたんだ」と話を逸らした。


 ジッポが言うには――魔物を追っていたジッポの父親は、この街から随分離れたところまで行ってしまった。魔物を仕留め、家へ帰ろうとした頃には日が落ちてしまったので、朝まで森で野宿することにしたそうだ。


 魔物退治はほとんど片づいていたはずだったのだが、その夜、ジッポの父親は、魔物たちが発するような気味の悪い気配を感じた。

 振り返ると闇夜に赤い光を見、それが次第に数を増やし――朝まで静かに茂みに隠れていたのだが、あれはどう見ても、魔物とは違う種類の、何か危険なものだとジッポの父親は思ったという。


「それで?」

 リックはその先を促した。

「それだけ」

 ジッポはそう言って、「それ以上聞いたんだけど、寝ちまったんだよ親父」と苦笑した。

 

「親父が、森には行くなって言ってた」

 急に真剣な顔になったジッポは続ける。

「何か起こるかも知れない」

「何かって?」

 リックが問うと、

「良くない何かだよ……俺の推測だけど」

 ジッポは耳の後ろを掻きながら、「とりあえず、リック、今日は俺ん家泊まれよ」と言った。

「はぁ? 何で」

「決まってるじゃん、俺寂しいのぉ」

 そう言って、明らかにリックをからかう風の顔をして――リックの引きつった顔を見て、ジッポはキャッキャと笑った。

 笑い終えた後に、「親父がああだから、外にも行けなくて暇なんだよ」と付け加えた。


 リックは一度家に戻って、母親に今日はジッポの家に泊まると告げた。 

「これを持っていきなさい」

 そう言って、母親が持たせてくれたカボチャとホクホク芋のコロッケ、着替えの服を携えて、再びジッポの家へと向かった。




「おう、ちゃんと準備してきたかっ」

 リックが戻ると、ジッポが水の入ったコップと、香ばしいナッツ入りクッキーが山のように載せられたお皿を、テーブルに並べているところだった。

「今日は練習ができない分、矢の座学について教えてやるよ」

 一枚クッキーを口にくわえて、ジッポは自分の矢を手に取った。

「矢を放つ時、風の抵抗というのを考えなきゃ行けない話は、前にしたよな?」

「うん」

 リックは頷いた。

「例えば、右から風が吹くと、矢は左に流される。序でに言うと、その時の矢は、風の抵抗を受けて右傾きに飛んでいく。だから相手に刺さる威力は、通常の時よりも落ちることになるな」

 ジッポは矢を持って、真剣な顔つきで説明している。リックにその話は少し難しくて、テーブルの上のクッキーを2枚取って頬張った。

「矢の作りにもよるけど、一般的に風の抵抗を受けた時、矢はそうなるんだ。……でも、ちょっと頭をひねれば、風を利用してもっと威力のある矢を放つ事もできるんだぜ」

 ジッポは自分の話に酔いしれた様子で、誇らしげな顔をしながら、クッキーを齧った。


「森でやった時は、あんまりそういうの教えてくれなかったね」

 リックがそう言うと、

「あの森は生い茂ってる木で風を遮断してたから、その事を考えなくて良かったんだ。

だから、初心者の練習場所に良かったわけ。

でもこれからお前は矢を本格的に使っていくんだから、風と矢については教えてやっておくべきだと思うんだ」

 ジッポはそう言って、手に持っていた残りのクッキーをぺろりと口におさめた。


 ジッポはその日一日、矢についてリックに様々な事を教えた。

 とっておきの、一回きりの技だが、矢についている羽をむしって矢の進行方向を変える技も教えてくれた。


 一度家の外に出て、ジッポの必殺技を見せてもらった時には、リックはすぐ自分もやってみたくてたまらなくなった。

「矢を一度に二つつがえて放つには、それなりに筋力がいるしコツもいるんだ。今のお前には無理無理」

 そう言って、ジッポは、何度も飛ばずに落ちた足もとの矢を拾うリックを笑った。

「絶対できるようになってやる」

「せいぜい、頑張って練習することだ」

 そう言って、ジッポは家の中に入っていった。

 リックは日が暮れるまで、ジッポお手製の的相手に、何度も二つの矢を同時放つ技を練習したが――結局、できずじまいだった。




 晩ご飯は、リックの持ってきたカボチャとホクホク芋のコロッケを食べた。それと、ジッポが作った酸味の利いたトマトスープも飲んだ。


 時折喧嘩をしながらも、明るいランプを間に挟んで、ふたりは楽しく夕食を食べていた。そんな食事中、突然ただならぬ声が家の外から聞こえてきた。


「キャーッ!」


 あまりに突然の事で、ふたりはそれが雌猫の悲鳴だと気がつくことに時間が掛かった。

 続けざまに、奥の部屋からドタドタという足音がする。振り返ると、そこにジッポの父親が立っていた。

「ふたりとも小屋に来い。弓と矢筒を持ってな」

 血相を変えた様子で、けれど落ち着いた声音でジッポの父親は言った。ジッポが矢筒を背負いながら、

「親父、今の悲鳴は」

 と問うと、

「魔物よりおっかないもんが現れたんだ」

 父親はそうとだけ答え、「早くついて来い」と言った。


 3匹は家からほど近い、小屋の方へと移動した。そこには2頭の緑色をした"リザード"が繋がれてあった。リザードは翼のない小さな竜のような姿をしている。目は黄色く、真ん丸だ。

 リックは初めてこんなにも近くでリザードを見たので、思わず少し後ずさりをした。


「リック君は、リザードに乗ったことはあるかい」

 ジッポの父親が尋ねてきた。

 リックはぶんぶん首を横に振る。

「そうか、じゃあジッポ、お前リック君と一緒にそのリザードに乗ってくれ」

「わかった」

 ジッポはそう言うと、慣れた様子でひょいと、目の前のリザードにまたがった。

「足をそこにかけて、乗るんだ」

 ジッポの父親に手伝って貰いながら、リックはジッポの後ろに乗った。


「お前達はとにかく隣町までリザードを走らせるんだ。一番近い街は森を通らなきゃいけない。だが今、森へ行くのは危険だ。少し遠いが、森とは反対側にある街のゲートを通ってそのまま真っ直ぐ行くといい」

「親父は、どうするんだ」

 ジッポがリザードに数歩足踏みさせながら、父親に問う。

「俺は雇われた身だ。使命を全うするまでさ」

「それだったら俺も――」

 言葉を続けようとしたジッポを制するように、父親は言う。

「相手は魔物じゃない。魔物より手強い相手だ、ここは父親に任せて、お前はとにかくリック君と行くんだ」

 ジッポは何か言いたそうだったが、ジッポの父親はそれ以上聞くことも話すことも受け付けない様子――愛用の使い古された弓の弦の具合を確かめていた。


「小屋を出たら、とにかく突っ走れ」

 そう言って、ジッポの父親はもう一頭のリザードに跨った。


「リック、俺の腰にちゃんとしがみついてろよ。手ぇ、放すんじゃないぞ」

 手綱を握りしめて、ジッポが言った。

「あんまり乱暴に走るなよ」

 リックは、お尻を動かしてもちっとも座り心地が変わらないのに不安を感じつつ、ジッポの腰の上あたりに掴まった。


 ジッポは勢いよくリザードの首の付け根を蹴った。

 きゅるるぅと甲高い鳴き声を上げ、リザードが走り始める。

 締まったままの小屋の戸を、ジッポはリザードの頭よりも前方に投げ出していた両足で蹴り飛ばした。




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