第9話 「信じること」
(回想)
【1】
「本当に、その方法が最善だと思ってるの?」
ミーアは心配そうな顔で尋ね、アレシオはただ頷く。
クラウが『嘘の魔女』であると判明し、彼女が山奥の小屋に戻った後、二人はずっと自分たちの行うべき行動について考えていた。
通常の魔女狩りであれば殺してしまえばいい。
しかしアレシオは魔女の異常を取り除く必要がある。
嘘の魔女に自分の罪を心から認めさせる方法、それを見つけるのは容易ではない。
だが、考えて考えて考えた結果、アレシオが選んだ手段には、度肝を抜かれた。
「何も言わなければ、村人たちはあなたが魔女だと信じて疑わないでしょう。僕たちが盾になれば、あの二人はこの村に居られる」
「要するに、二人のためにあたしは死ななきゃいけないってことでしょ?」
「そうなりますね」
「はぁ……まあ、殺されちゃうのはこれまでにも経験あるけどさあ」
しかし、それで本当に良いのだろうか。
いつものように、この男のお人好しが出ているだけなのではないか、とも思う。
「まあ、それは良いけど……
それがあんたの『魔女狩り』にどう繋がるっていうのよ」
アレシオは魔女狩りである。その目的は『魔女の異常を取り除くこと』ただ一つだ。
だというのに、彼は随分遠回りで勝算の無い方法を選んでいる。
ミーアは嘆息した。
「確かに、少し遠回りなのかもしれません、僕のやろうとしていることは」
ちょっとどころじゃないわよ、とミーアは反論する。
「わかってるの?
確かにあの子たちや他の村の人たちは平穏な日々を取り戻せるのかもしれないけれど……
それはあの子に『嘘』を吐き続けることを強制しているの。
異常を取り除く行為とは真逆かもしれない。
それに、その平穏だって一時しのぎに過ぎないわ。
偽りの安寧じゃない、こんなの」
「それでも……僕はこうすることでしか、自分の考えを伝えられないような気がしています」
彼女が『嘘の魔女』であると気付いた時からずっと考えていた。
そして、あの日ソレラが言っていたことを思い返す。
~~~~~~~~~~~~~
『クラウは『嘘の魔女』だって言ってたよね……』
『でもさ……それはわたし達と何が違うの?
わたしや他の村人たちが嘘をつくのと、クラウが嘘をつくのは、何が違ったの?
どうしてクラウだけが赦されなかったの?』
~~~~~~~~~~~~~
彼女が人になれない『魔女』ならば。
彼女に欠けている、人のあるべき姿とは何なのだろうか?
嘘をつかないことは、本当に正しいことなのだろうか。
彼女の嘘を戒め、真実を口にすることを強いる。
それだけでは足りない、何かが足りない気がする。
そしてアレシオは一つの仮説にたどり着いた。
「彼女の問題は、『嘘をつくこと』それ自体ではない」のではないか?
嘘をつく事くらい、人間だって当然あり得る。
時には優しさのため、あるいは生きるために必要を迫られることだって珍しくない。
ならば……普通の人間なら、どうするのが正しい在り方なのか。
どうしようもない状況で嘘を強いられて、その先にどうあるべきなのか。
人は、自分がついた嘘を背負う必要がある。
つまり、彼女には『嘘つき』である自分自身と戦い続けなければならないのだ。
そのためにアレシオが選んだ方法は少し突飛ともとれるものだった。
まず一つ、
『彼女の代わりに自分たちが『村の魔女』になり、クラウを追い出さずとも、村人たちに魔女が居なくなったと思わせること』
そして、
『本当の魔女であることを隠し続け、村人を騙し続ける、それをクラウに強いること』
その二つを満たす、彼なりの筋書き。
「だからこうする、というのもおかしな話かもしれませんが……
それでも、これが僕なりのできることだと思っています」
「相変わらず変な方法ですこと。
……ねえ、絶対に後悔しないでよ?」
「……後悔しないとは、言い切れません」
「はぁ?」
「これが正しいと信じてはいますが、これが正しいという確証があるわけではありません。
もしかすると、あなたの言う通りかもしれない」
自分の考えていることは無駄なのかもしれない。
もしかすると、ただ彼女を戒めることが正解なのかもしれない。
救いの手、なんておこがましいことを言うつもりはないが、自分の行動が彼女のためにならないのならば、それは迷惑な自己満足にしかならない。
その可能性は十分にあると思っている。
「失敗の責任は全部僕が負います。いつも迷惑をかけてすみません」
「……あのね、そんなことはいちいち口にするもんじゃないの!」
「え」
ミーアは呆れた表情で戒める。
「あんたが正しいと信じてるのならね、自分の中の綻びは隠しておくべきなのよ!
それが他人を助ける行為だったら尚更よ!
差し伸べられた救いの手が震えてたら、みんな不安になるでしょ、だから堂々としておくの!」
「そう、ですね……わかりました」
「いいわね、これからあたしはあんたの提案が100パーセント正しいと信じて行動するから。
あの子達を救いたいのなら、救ってやれる人間としての顔つきをしなさい」
「……ふふ、あなたはいつも、そんな感じですね」
「何よ、悪口?」
「いえ……ずっと、自由気ままで、自分の信念だけを貫いているみたいなのに……
どこか他人への優しさを持っている」
出会った時からそうだった。
誰が生きても誰が死んでも構わない、お前を助けたのは気が向いたからだ。
そんな表情をしておきながら、それを全ての人間に対して行う。
それがミーアという魔女だった。
そうして出会った一人の青年にひときわ大きなお節介をして、彼の魔女狩りを手伝いながら今も旅を続けている。
彼女はわざと不機嫌そうな表情を作り、呟く。
「あたしは他の魔女の幸不幸なんてどうでもいいし、あんたの魔女狩りの成否も気にしない。ただ、好きでやっていることよ」
そうなのだ。これは単なる暇つぶしなのだ。
まだ当分は自分の異常が取り除かれないとわかっているから、それまで人生を少しでも面白みのあるものにしたいと考えるのは当然だろう。
まだまだ先は長い、全て自分で考えて行動していたら疲れてしまう。
この魔女の異常は、きっと彼が死ぬまで消えないだろうから。
【2】
そして、アレシオとミーアは最初からの計画を遂行した。
クラウの代わりに『この村の魔女』を最後まで演じ、身代わりとなるという計画だ。
アレシオだけでなくミーアも苦しむことになる。
だから、この計画で本当に良いのか、とアレシオはミーアに確認した。
しかしミーアはいつも通り「いいよ、死なないし」と二つ返事で頷いてしまった。
そこまで呆気ないと、それはそれで心配になってしまう。
「……それで。結局私達は裏切り者よ。
あなたが何度村を救っても、何度あの子たちに弁護されても、今回ばかりはもうお終い」
殴られ叩かれ投げられて、傷だらけの身体になってしまったミーアが呟く。
切り傷などは既に塞がり始めており、その異常な回復力は彼女が魔女であるということを何よりも端的に示していた。
「……すみません、痛かったでしょう」
「まあいいわよ、いつものことだし」
とは言ってみるものの、確かに痛みはある。
あの村長とかいうろくでなしは少女に何のためらいもなく暴力を振るえるタイプの人間だった。
そのせいで背中がひりひりする。
けれど、幾多の傷を負って来た彼女にとって、そんな痛みは取るに足りないものであると片付けられる。
本当に辛いのは、物理的な痛みではないことを彼女はよく知っていた。
「………………早く治ってほしいわね」
ただ、それはそれとして痛い。
【3】
「……なかなか、他人に自分の考えを伝えるのは難しいですね」
ミーアが『山奥の魔女』のふりをして村人達に断罪された後。
アレシオが山奥に行き、クラウと言葉を交わした、その後。
残された魔女と魔女狩りは、最後の仕事を前に、少しばかり身を休めていた。
「良いじゃない。あんたの口下手が、逆に何か深いことを言っているように錯覚させてる気もするし」
どうせならもう少しくらいこの村を楽しみたかったのに、とミーアは恨みがましく思う。
ここは何にもないが綺麗だった。
少し人々はつまらない性格をしていたのかもしれないが、それも悪くない。
そこに居る人間が捻くれているほど、周りの景色は綺麗に見えるものだ。
「それでも、これで良いと言い切れる?」
「はい、信じています」
アレシオは笑って頷く。
端正だった顔は痣だらけで、身体のあちこちは赤く腫れたり裂けたりしている。
ミーアと違って魔女ではない彼は、当然傷の治りも遅い。
それでもどこか満足そうな表情を保っている。
いや、数日前、そうするように説教したのだということを思い出す。
「……ま、そういう顔をしていたほうが良いと思うけどね、やっぱり」
こいつはどうせ腹の底では何をしても後悔している。ならば表面くらいは後悔と無縁である方が僅かにマシだろう。
「僕にやれることは全てやりました。あとは彼女の問題……
いや、彼女達の問題でしょう」
元より、これはあの姉妹の……あの『家族』の問題である。
家族の問題に他人が口を挟みすぎるのは良くないと相場が決まっている。
それに、アレシオは彼女達を信じていた。
一緒に過ごしたのは数十日だった。
千年を生きる魔女にとってはほんの一瞬かもしれないが、それでも彼女達を信じるには十分な時間だった。
感情が無いとか、他人の気持ちがわからないとか、アレシオはそんな風に言われることも少なくはない。
ずっとできる限りの努力をしているが、それでも他者を理解することは難しい。
何十日と過ごしても、その一割すらわからないままである。
そんな自分が魔女狩りをする。
魔女の異常を取り除く。
そんなこと一人ではできるはずがない。
だからミーアを頼るし、その他の大勢の人間を頼る。
人を信じることしかできない状況があったからこそ、自分は人を心から信じられる。
逆説的であるが、それが彼の中での確たるものだった。
「知ったような口を訊くのね。家族なんて知らない癖に」
この男に家族なんていないことをミーアはよく知っている。
彼の両親が誰だったのか、そしてどうなってしまったのか、彼女は全て知っている。
思えば、彼の両親は優しいけれどとても不安定だった。
そんな二人から生まれたアレシオもとても不安定で、そしてとても優しい。
この男を危ういと思うことは多い。
けれど、信じても良いかなと思うことだってある。
そうでなければ共に旅をするはずがないだろう。
そして今はその、信じても良いかもしれないと思える時だった。
「というか……まだ仕事は残っているのよ、私は。いっちばん大きな仕事がね。
一人だけ終わった顔をしないでくれる?」
「そうでした、すみません」
「あなたも沢山その準備をしなきゃいけないけどね。
諸々の後処理とか。まだまだ気を引き締めていないと」
「しかし、その一番大きな仕事っていうのは、本当にやることになるのかしら……
成功すんのかねぇ……」
「できなければ、僕たちは失敗ですね」
もう少しくらい適切な言い方がないのだろうか、とソレラはいつものように不満を覚える。
「ねえ、あの子は本当に、あたし達が何を考えてるのか、ちゃんとわかると思う?」
「……人の心のうちは、わかりません。伝えることも、受け取ることも、とても難しい」
「つまり、自信は無いってことね」
「面目ないです」
「いや、良いのよ、それで。迷ってても行動してるなら上出来」
むしろ、自信がないと思えるあいだは良いとミーアは思う。
ここで彼が半端に根拠のない確信を持っていたら、それはそれでぶん殴ってやろうと思っていた。
しかし、彼は決して傲慢ではなかった。
分かり合えないから、信じるしかない。
それさえわかっているのなら、少しくらい失敗したって良いのだと思う。
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