第5話 「選択」

【1】


 大変だけど幸せな二度目のニーヴェリタでの日々も、数年が経った。


 ソレラは少しずつ大きくなり、対照的に私はほとんど姿を変えないまま過ごした。

 自分でも驚いたのは、何人かの村人たちとは親しく話すようになっていたことだ。

 衛兵のバルドさんや、山羊飼いのロレーナさん、比較的魔女に興味を示さない人ばかりだったけれど、それでもあれだけ憎んだ村の人たちと自分が話せていることが不思議だった。


 何が嘘で何が本当なのか、自分でもわからなくなってしまっていた。

 もしかして自分は本当に脚が不自由で、他人より寿命が少し長いだけで、本当にソレラのお姉ちゃんではないのか?


 『そうだったらいいな』はいつしか『そうかもしれない』に変わっていった。

 記憶や認識の混濁は日に日に深くなっていき、ある日、私の中には『嘘の魔女の私』と『人間であると勘違いしている私』の二人が存在していることに気付いた。


 普段から、自分は人間として過ごしているつもりだった。

 けれど、自分の行動のいくつかは、魔女である私に支配された行動だった。


 例えば、村に伝わるおとぎ話を宿の人間に読み聞かせることだってそうだ。

 あれは村の人間としての興味本位のようであり、その実は魔女の恐怖を外の人にも伝えようという『魔女の私』の企みが混ざっていた。



 そんな風にして、二度目の村での日々が始まってから数年が経ち、この村に一人の青年がやってきた。

 よくわからないけれど、この人は私の中で何か大きな存在なのかもしれないという予感があった。

 そんな風に考えながら接していたら、ソレラは恋慕だと思い込んでいたみたいだけれど。


 やがて、彼が魔女狩りであるということがわかった。

 彼が自分にとって益ではない存在だということに気付いてからは、一層彼に注目するようになった。

 注目というよりは、注意、だろうか。


 自分のような魔女を殺すために生きているのだと思っていたから、彼と共に過ごしているという状況は、死と隣り合わせのようなものだ。

 しかし、不思議とそれほど緊張はしなかった。

 彼からは何の悪意も殺意も感じられない、そう『人間の私』が教えてくれたからだ。

 けれど同時に『魔女の私』は彼を警戒し続けた。




 その理由はすぐに判明する。

 彼はただ魔女を殺すだけの魔女狩りではない。

 彼の目的は、私達の異常を取り除くこと。

 彼は魔女を人間に戻すために、他とは違う『魔女狩り』を行なっているらしい。


 けれど、それが私を安心させることはなかった。

 私が魔女でなくなってしまえば、この村に振り撒いた『嘘』はすべて消えてしまうかもしれない。

 そうすれば、嘘つきの私だけでなく、ソレラまで巻き添えを食らうことになってしまう。

 それに……私がいなくなったら、ソレラは一人で生きていかなくてはならない。

 彼女を守れなくなってしまう。それは約束を破る行為だ。


 だから、どうやって彼の魔女狩りを未然に防ぐか、それを考えていた。


【2】


 そんな時に、私ではない魔女、ミーアが現れた。


 自分の住んでいた場所に他の魔女が居た。

 信じられないことだった。有り得ない光景だった。


 最初はとても焦った。けれど、もしかするとこれは好機ではないかとも思った。

 ここでミーアが殺される、あるいは明確にニーヴェリタの周りから消えたことを示せば、村の魔女はいなくなったと考えるだろう。

 そうすれば、自分が魔女であると露呈する可能性は少しでも低くなるはずだ。


 だから、私はアレシオさんがミーアを狩ってくれるのを待っていた。

 その手助けとなるような行為をしようとした。


 けれど結局、彼には勘付かれてしまっていた。


 そして、最後にはちゃんと、私が魔女であるという真実は暴かれる。

 ソレラにかけた魔法は解け、私自身も曖昧だった自分の正体を改めて自覚する。


 アレシオさんが車椅子を倒したあの瞬間、『魔女の私』と『人間の私』は完全に同化した。

 いや、違う。『人間であると信じたかった私』がその存在を保てなくなってしまった。


 矛盾を強く自覚すると、嘘は剥がれ落ちる。

 それは自分自身においても同じだった。


 そして私は再び、正真正銘ただの魔女になった。


【3】


 私はいつも、焦って選択を誤っていた。

 では、どうするのが正解だったのだろうか?


 どのみち正解なんて無かったように思える。

 遅かれ早かれ、いつか私のぞんざいな嘘は暴かれてしまっていたに決まっている。


 やはり、生きてきたことそれ自体が罪だったのだろうか。

 不完全な自分が息をするだけで間違いなのだろうか。

 醜い私が穢れた息を吐くだけで、世界を汚してしまうのだろうか。

 それなのに、誰かを守りたいなどという傲慢なことを考えてしまったことが間違いなのだろうか。

 そんなことばかりが脳裏を埋めつくす。



 けれど、傲慢だと言われても、仕方ないだろう。

 だって、それが私の全てだったんだ。


 これまでの記憶、私が村に降りた理由、生きる意味。

 それは全部、あの子だったんだ。


 そして、だからこそ私はずっと怯えていたんだ。

 彼女を救えるかどうか、そのことと同じくらい、怯えていたことがあったんだ。


 私は、また一人になるのが、怖い。

 本当に怖い。




 これからあなたともう一度向き合って、私が話すことは、全てどうしようもないことかもしれない。

 神様が決めた命のルールなんて、覆すことはできない。

 魔女なんかじゃなくても、人がいつ、どっちが先に死んでしまうか、なんてことを自分で決めることはできない。



 それでも、私はあなたと話がしたい。


 例え、これが最後になるとしても、伝えたいことが沢山あるから。

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