第四章「嘘」
第1話 「歩みを」
【1】
ソレラに連れられて、村の現状を見たあの後。
小屋に戻り、また一人になり、わからなくなった答えをずっと求め続けていた。
けれど、何度夜を越え、何度も窓から差し込んだ朝陽に目を覚ましても、何一つ見つからない。
あの日のことをまた思い出す。
結局、ミーアはどれだけの仕打ちを受けたところで死ぬことはなかったようだ。
広場に居る人間たち、彼らが怒り暴力を振るうことにさえ疲れたくらいの所で、魔女はふいに姿を消してしまった。
茫然と立ち尽くしたままそこまで見届けていた私は、その結末にとりあえず安堵した。
魔女だから死なないのだろう、とわかっていても、あの光景を前にすると胸が張り裂けそうだった。
しかし、魔女が死ななかったということは、この村の人々の心に平穏が訪れてはいないということの証明でもあった。
村は依然として怯えや混乱で溢れかえっているのだと思う。
いつ、緊張がさらなる破滅を生むことになるかわからない。
ミーアとアレシオが取った行動の意図は、未だ何もわからない。
やっぱり、あの二人は自分たちの姿を私に見せようとしてたのだと思う。
そこから何かを伝えたかったのだと思う。
それが具体的にどういうことかはわからない。
私の罪悪感を促進することが目的だったのだろうか。
わからない、考えるほどに。
【2】
それでも毎晩、私はこれからのことについて考え続けた。
頭の中も段々と落ち着いてきている。
ある程度思考は整理された。
けれど、自分がどうしたらいいのかわからない。
そもそも、自分はこの状況でも、裁かれるべきなのだろうか?
魔女である私が、村の人たちにどんな顔をすればいいのかわからない。
アレシオさんたちが敵なのか味方なのか、何を考えているのか、何を謝ればいいのか、全部わからない。
そして……嘘をついたままのソレラにどんな言葉をかければいいのか、わからない。
ここまで走ってやってきて、私にアレシオさんやミーアの状況を見せようとしていたソレラの顔を思い出す。
あの時の彼女の瞳や表情の中に、私への怒りや憎悪など何一つ見えなかった。
けれど、それは決して自分が赦されているという証明ではない。
状況が状況だっただけで、私への怒りが後回しにされていただけなのかもしれない。
彼女はまだ、私にどうしようもないくらいの怒りを抱えたままであるかもしれない。その可能性はとても大きい。
当たり前だ。
何年間、彼女を欺き続けていたと思っているんだ。
そう自分を戒める。
【3】
夢を見ていた。
それが、昔の自分の記憶であることはすぐにわかった。
ある地点から、その夢は時を刻み始める。
記憶の始まりは、あの日だった。
私が初めてあの子に出会った、あの日。
時は進む。
次は、私が再び村に降りることを決心した、あの日。
あの子と一緒に、他人の中で生きると誓ったあの日。
時は進む。
次は、村で暮らし始めた日々。
何にも上手くいかなくて、苦しくて、それでも幸せだと言える日々のことを。
あの子が、熱を出した私を必死に看病してくれた日。
お客さんに怒られて泣いていたあの子を、優しく撫でたあの日。
あの子が少しずつ大きくなっていって、変わらない自分を忌まわしく思ったあの日。
けれど、まだあの子の頬の柔らかさは変わらないことに安堵したあの日。
二人で、遠い街まで買い物に出かけたあの日。
夢を見ている。
それは、大切な記憶。
私の生き甲斐、たった一つの役目。
どうしてだろう。
私は千年以上生きた魔女のはずなのに。
夢に見るのは、いつも誰かと居た日々のことだ。
愛した日々のことだ。
ああ、そうだった。
あの子と出会ってから、私は誓ったはずだった。
お姉ちゃんらしくいよう、って。
本当の姉でないとわかったから、もう会うことができない、そう思っていた。
けれど、いなくなるにはまだ早すぎた。
私はまだ、全てを放り出すわけにはいかない。
これから先、あの子が少しでも幸せに暮らせるようにすべきだ。
私がいなくなっても、生きていけるようにすべきだ。
全てを精算して、その先にやっぱり会えなくなったとしても、それでも。
最後まで、彼女の理想の姉でいようと誓ったじゃないか。
そんな単純なことを、忘れていた。
長い時を生きて、大昔のことはぼんやりとした記憶になっていた。それはわかっている。
けれど、こんな最近の、こんな大切なことまで忘れてしまっていたなんて。
「思い出せてよかった」
私がそう呟いたところで、その夢は終わった。
【4】
いつもと同じ、誰も居ない朝。
一人で俯いて、中身のない現在と将来のことだけを考える朝。
何百年、何千年と私が送り続けていたものと、何一つ変わらない朝だった。
まだ、何一つ答えは出ていない。
けれど、ここに座っているだけでは、ダメなのだと思う。
自分が蒔いた種だった。
だから、自分で解決しなければならない。
けれど……全てが解決する日なんて来るのだろうか。
自分の中のわだかまりが全て清算されるなんて、そんな虫の良い話があるのだろうか。
姉として、自分がどうすればいいのか、なんて何もわからない。
……いや。
「……わからないから、探しにいくんでしょ」
玄関までのたった数歩の間に、足取りは段々と重くなっていく。
本能が、それ以上踏み込むことを拒絶している。
この小屋から、自分の領域だった場所から離れることを恐れている。その先に、自分の幸福なんてあるはずがないと告げている。
その通りだ。
この山を登った先。そこには、何の答えも無いのかもしれない。
けれど、歩みを進めなければならない。
それが自分の意地なのか、あるいはただの義務なのか。
どちらかはわからないけれど。
【5】
扉を開く。
入り組んだ森の中なのに、ここだけ光が差し込んでいる。
植物も秩序を持って育っている。
私には似つかわしくない『正しさ』を持った空間だな、といつも思っていた。
眼前には車椅子が映る。
倒れっぱなしにしていたはずのそれが丁寧に立てかけられているのを見て、違和感を覚える。
誰かが、ここを訪れたのか?
そう思った矢先、眼前にありえない存在が映る。
「お久しぶりです、クラウさん」
そこには彼がいた。
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