第7話 「諦め」

【1】


 それからさらに数日が経った。

 久しぶりの誰もいない数日間は、きっと特筆するほどのものではないと思っていた。


 それはそうだ。

 たった数年、一人じゃなかっただけだ。

 それ以前の何百年、ここで過ごした。

 だからこっちがいつも通り。


 そのはずなのに、ずっと胸が痛い。

 なんで、こんなに寂しいんだろう。

 いったい私は、これまでどうやって一人で過ごしてきたのだろうか?

 この感情を抱えたまま、数百年の間耐え続けていたのだろうか。


 毎日何度も何度も、そんなことを考えてしまう自分に嫌気がさす。

 中途半端な後悔なんて、してはならない。する資格もない。

 最初から、こうあるはずの運命だったじゃないか?


 もう、ソレラはきっと一人でも生きていける。

 元々ほとんどの仕事を彼女に任せるようになっていたんだ。

 ちょっと村の誰かが手伝ってくれれば、あの子一人でも十分にやっていけるだろう。

 少しは一人だから怖い思いや大変な思いをするのかもしれないが、車椅子の姉の世話をする大変さが無くなると思えば、それほど代わりない。


 もう十分だ。

 自分は十分頑張った。


 初めて出会った時の今にも死にそうな彼女を考えれば、素晴らしい成果ではないか。



【2】


 退屈だから、久しぶりに外に出た。

 私の本当の事が明かされたあの日、倒れた車椅子はそのままだった。

 介護人のための持ち手の部分に、一羽の鳥が止まっていた。

 そして車輪の上に、同じ見た目をした鳥がもう一羽だけ止まっている。

 自分たちが立っているそれが何のための道具なのか、二人とも知らないのだろう。


 わたしが近づくと、彼らは飛び去ってしまった。

 二羽の鳥は、つがいとなって飛んで行く。

 離れずに、どこまでも遠くへ飛んでいく。


 地面に二本の脚をつけた私だけが、地上からそれを見上げていた。



【3】


 私は沢山の物を失ったのに、それでも生きている。

 生きることは不思議だ。

 死んでいるような人生でも、時間は進んでしまうのだから。


 けど、何度目の朝かもわからなくなったその日、覚悟を決めた。


 罪を全て自白しよう。

 アレシオさん達がいる間に行動を起こさなければいけないと思っていた。

 そうしなければ、残されたソレラまで危険な目に会ってしまう。

 魔女の妹であると判明したら、きっともうこの村には居られないだろうから。


 彼らなら、きっと優しくしてくれるに違いない。

 一緒に過ごしてやる、とまではいかなくとも、村を出た後しばらくは面倒を見てくれるはずだ。


 準備といった準備は無いけれど、それでもできる限り思い残すことがないように見回した。

 テーブルの下の床、大切に取っておいた手紙はもう見つからない。

 ミーアが持っていったのだった、ということを思い出す。


 その時、大きな音を立てて扉が開いた。

 慌てて椅子から立ち上がる。自分が再び一人になってから訪れる客人はもちろん初めてであり、私は驚きを隠せない。


 その来客は生きも絶え絶えに私のもとに近付いてくる。


「クラウ……っ! 良かった、ちゃんといた……!」


 ついに目の前まで接近してきたのは、自分が裏切ってしまった少女。

 妹だと信じていた彼女だった。


「ソレラ……どうして……」


 二度と会うことは無いのかもしれないと思っていた。

 その彼女が、今目の前に居る。

 再び私の元に現れている。


 安堵と罪悪感で溢れて、感情が抑えられなくなりそうだ。

 私のことをどう思っているのだろうか。

 恨んでいるのだろうか。怒っているのだろうか。

 訊きたいことは山ほどあるのに、言葉が出てこない。


 そんな私を見て、ソレラは一瞬だけ複雑な表情をした。

 しかし、すぐに彼女は私に向かって大きな声を出す。


「詳しい話は後、とりあえず村に来て!」

「え、どういうこと……?」


 突然のことに事態など飲み込めるはずもない。

 しかしソレラはうろたえる私を見ても躊躇いなく叫んだ。


「良いから村に降りるの!」


どうして、どうしてそんなことを言うのだろう。

今、私が村に降りても、何一つ良い事なんて無いはずだ。

やっぱり、ソレラにとっても私は、村の皆に裁かれるべき存在なのだろうか。


「ごめん、ソレラ、私はもう……」


私はもう、村で生きていくことはできないし、その資格もない。

そう言おうとして、直前で思いとどまる。


うろたえる私を、ソレラが強い眼差しで見つめていた。

目尻に涙を浮かべていることに気が付いた。


「誰とも会わなくていいから、すぐに逃げても良いから……! けど、今あの村がどうなってるか、その目で確認して……っ!」



 強い口調で、悲しみや怒りだけではない様々な感情を抱えて、ソレラは私にそう言った。

 彼女は一体、何に涙を流しているのだろう。

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