第3話 「忌み子」

【1】


 子供の頃。

 とは言っても、今も決して大人ではないけれど。

 それでも千年くらい前の話だ。


 クラウディナという少女は、千年前の時点で、すでに存在していた。


 ある日、私は誰かに嘘つきだと言われた。


 『嘘をつくのはいけないことだ』と村の皆は言う。

 けれど、私にはその意味がわからなかった。

 私を戒める彼らに対し、口では頷いていた。

 けれど、本当は何一つ理解ができていなかった私は嘘を繰り返した。

 誰かを騙し、何度も傷つけた。

 けれど仕方がない。

 傷つけなければ、私が傷ついてしまうのだ。


 村の寝たきりの老人が、記憶に障害を患っていた。

 自分の子供が死んだことが信じられない彼は、いつも娘はどこかと探していた。

 『娘さんは死んでしまった』と言うと彼は怒り、嘆き、次の日には再び娘の居場所を尋ねていた。

 そんなことが毎日続き、村の人たちも困惑していた。


 だから私は嘘をついた。

 目が開かなくなっていた老人の手を取り、「ここにいるよ」と呟いた。

 自分が娘であると錯覚させるために、だ。


 そこで初めて彼は安堵し、数日後に息を引き取った。


 大人たちは私を非難した。

 『お前のせいで、彼は最後まで娘が生きていると信じたまま死んだ』と。


 何が悪いのだろう?

 そのまま娘が死んだと伝え続け、彼を苦しめ続ける方がよっぽど酷だ。

 苦しんで死ぬよりも、最後に満たされたまま死ねる方が幸せじゃないのか?

 それが例え偽りだとしても、知らないままなら関係がないのではないか?

 だから私は嘘をついた。それだけのことだ。


 しかしどうやら、彼らにとって、その考え方は間違っていたらしい。


 五体満足だったはずの私は、村の人たちに不自由であると言われた。

 どこか、普通の人間と違う。そう後ろ指を刺された。


【2】


 そんな生活を、数年間続けていた頃の話だ。

 国で広まっていた『魔女』という存在の話が、この村の人々の耳にも入った。


 魔女の概要はこうだ。

 中身が壊れていて、

 人と関わることができなくて、

 そして永遠にも等しい寿命を持つ悪魔。


 そんな『魔女の条件』に合致する人間が私だった。


 魔女はある年齢を境に、見た目の変化がほとんど止まってしまうのだそうだ。

 奇しくも、私はある年齢を越えてから見た目がほとんど変わらなかった。

 何年も何年も、今とそう変わらない若さのままで居た。


 あまりにも変化のない私を村人達はずっと気味悪がっていたが、公国から魔女の話を訊くと彼らの怯えは悪意に変わった。


 あいにく、その頃の私はまだ魔法を使えなかった。

 悪意に抵抗するための力を持たなかった。

 だから私はただの死なない異常者だった。


 村人達は何度も何度も私に暴力を振るった。

 気味の悪い存在だと、村の汚点であると、そう言って、何度も何度も。


 痛みが無いわけではない。

 頬を殴られると口の中が切れる。

 血の味がする。

 

 すぐに傷が癒えるというのも考えもので、私は感覚を失うことのないまま、何度も何度も苦しみを味わい続ける。


 そして最後、私の親さえも私を見放した。


「人間である自分のお腹の中から、化けものが生まれるはずがない」


 これまでも家族として扱われていなかった私だったけれど、その時を境に、人として扱われることすらもなくなった。

 そうしなければ、両親も魔女の仲間だと思われ、殺されてしまっていたかもしれない。

 だから暴力を振るった。

 その理屈はわかる、受け入れられないけれど理解だけはできる。


 家に居るだけで悲鳴を上げ、近寄るなと蹴り飛ばされた。

 割れた酒瓶を投げつけられ、鋭利なガラス片が身体に突き刺さった。

 食べ物もろくに与えられなかった。


 普通の人間は、あまりに傷ついたり飢えたりすると死んでしまう。

 それは少し寿命の長い人間においても変わらない。


 それなのに、魔女だけはそうではなかった。


 飢えても殴られても死なないのだから、魔女は見方によっては便利な生き物だ。

 けれど、私にとっては永遠に続く苦しみの元凶でしかなかった。


 それから私はある日村を追い出された。

 ……いや、自分から出て行ったような気もする。


 ある程度痩せ細るだけで死ねはしないこの身で、生い茂る木々をかきわけて進んだ。

 身体は寒くて、脚は痛くて、それでも歩き続けた。


 私はやがてひとつの小屋を見つけた。

 不思議な空間だった。

 山の中のほとんどは暗闇で覆い隠そうとするための木々で埋め尽くされていたのに、その周りだけが綺麗に整えられていた。

 木でできたその小屋はまるで、私が来るのをずっと待っていたようだった。


 後から、それが誰かの魔法によって造られた空間であるということに気付いた。


 誰かが使っているような形跡は無いのに、やけに綺麗なその空間に私は留まることを決めた。


【3】


 それからの日々は、とても穏やかなものだった。

 初めの数十年は時々迷い込んでくる人間に驚かれることもあったが、私が魔女であることを知るや否や逃げ出す者がほとんどだった。

 時々、危害を加えようとしてくる人もいたが、幾ら殴っても死なない私との我慢比べに勝てる者は現れなかった。

 そうして長い間生きているうちに、いつしか魔法が使えるようになった。

 それから先、人を避けるのがとても楽になった。


 時々人間が迷い込んでも、少し魔法で火を噴き大地を凍らせれば、彼らは怯えてしまう。簡単なものだ。


 それから更に時が経ったある日、自分の異常が『嘘』であるということに気付いた。

 そして同時に、他とは違う特異な魔法がひとつ使えるようになった。


 端的に言えば、それは相手を騙す魔法だ。

 もっと正確に言えば、『相手に嘘を信じ込ませる魔法』、それがアレシオさんの言っていた、私の『固有の魔法』なのだと思う。


 私は何か一つ『嘘』を浮かべながらその魔法を使う。

 例えば、『ここに魔女は居なかった』『この森の魔女は人を殺すから、早く逃げなければならない』『魔女は人間嫌いであるから、その恐怖を村人に伝えなければならない』、そんなことを相手に告げると、相手はその嘘が真実であると思い込んでしまう。

 一度かかってしまえば、並大抵の事ではその魔法は解けない。

 決定的な矛盾に気付いた時、そしてそれを信じる勇気が自分自身の中にある時、初めてその人は自分が魔法にかけられている事に気付く。

 迷い込んだ人間にこの魔法を使い続けているうち、そういったことがわかってきた。


 そうしていくうちに、どうやら私の存在と脅威が村へと知れ渡ったのだろうか。

 私が自己紹介するまでもなく、迷い込んだ人間は私のことを魔女だと言い、恐れ逃げ出していた。

 そしていつしか、森に迷い込む人すら少なくなった。


 これでよかったのだと私は思った。

 これ以上、人と出会うことがなければ、互いに怯え苦しむ必要もなくなる。


 私はやっと独りになれた。

 独りになれたはずだった。

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