第2話 「答え合わせ」

【1】


「証拠は、決して少なくありませんでした」


 アレシオは淡々と話す。

 それはいつもと同じような調子で、しかしいつもとは違う感情を有しているようにも思えた。

 眼前の少女、彼が『嘘の魔女』と言った存在、二つの脚で立っている彼女に語りかける。


「僕が居なくなっていた日……あなたは既に僕が魔女狩りであると予想したと聞いています。

 確かにあの時の僕の行動はそう疑われても不思議ではないですが、あなたの場合、それだけではないのかもしれないと思ったんです」


 もちろん『アレシオが魔女狩りであるかもしれない』という予想自体はできる。

 彼が出会ってから数十日の間に取っていた不可解な行動は、魔女について調べていたと考えれば納得がいくのも事実だ。


「僕が魔女のことを調べていた、という予想まではつくでしょう。

 しかし、それは果たして大衆の前で言い切れるほどのものでしょうか」

「……あれは苦し紛れに出てきた言葉です……だから、少しくらい突飛になってしまった、それだけだと思います」


 クラウが否定する。

 平静を装おうとしていた。

 しかし、僅かな声の震えを取り払うことができない。


「苦し紛れにしても、やけにしっかりと言い切っていた、そう聞いています」


 それが『信じる力』のような美しいものであったならば、どれだけ素敵な話だろうか、と思う。

 しかし、そんな都合の良いものは存在しない。


 いつか「世の中の99.99%のことにはちゃんとからくりがあるのよ」とミーアが言っていた。

 それを思い出しながら、アレシオは話し続ける。


「あなたが自覚していたかどうかはわかりませんが……

 魔女は、他の魔女や魔女狩りの存在を感じ取ることができるらしいです」

「存在を感じ取る……?」

「はい。多くの魔女は、相手が魔女狩りであると一目見てわかるのだそうです。

 そうでなくとも、何となく僕が敵のような存在であるという予感がするのだそうです。

 今の様子と、僕が居なかった時の行動を考えると……

 クラウさんはきっと、その中間だったのでしょう」

「……………………」

「つまり、魔女であるあなたは直感的に『魔女狩り』の存在を感じ取っていた」

「……そんなことは知りません」


 構わずアレシオは話し続ける。


「あなたに初めてこの場所に連れてきてもらったときのことも思い出しました。

 文献からある程度の場所を予想できている、とは言いましたが、これほど広い森の中で迷うことなくたどり着くのは、流石に少し不自然だと思いました。

 ……この小屋に元々住んでいたのは、あなたですよね。だから、魔女の棲み処について知らない筈が無かった」

「詳細に書かれている文献があったんです。

 大きな山の中で、そんなに遠くない場所だから、多少のあてずっぽうが上手く行ってもおかしくないでしょう」

「そうかもしれないと僕も思いました。しかし、やっぱり違うと思います」

「どうしてそう思うんですか」


 彼女はそう問いかけるが、理由は至極単純なものだった。


「そんなものは無かったからです」

「無かった……?」

「僕も、何度も文献を確認していたんですよ。

 この村に来てから、魔女の棲み処について書かれたものが無いか」


 クラウはアレシオの言葉を否定する。


「嘘です。書斎であなたのことを一度も見かけていません」

「クラウさんや村の人に見られると、自分が魔女狩りであると疑われるのではないか、と思っていました。

 来たばかりの頃はまだ、自分が魔女狩りであるという事を明かしていなかったですから」


 誰もいないことを確認してから教会の書物を調べていた。


 『自分が魔女狩りである』

 『魔女と深い関係のある人間である』

 そんなことに薄々気付いている人はいたのかもしれない。

 それでも、はっきりとした証拠を誰かに見られたくはなかった。


「まだ、証拠が必要ですか」


 互いにとって茶番同然の問答。

 けれどもそれはもう少しだけ繰り返される。

 そこにはなんの意味も無いが、そうしなければならないと互いが思っていた。


「……私が魔女であるかもしれない、という予測はひとまず置いておきます」


 彼はほとんど全てわかっている。

 最後まで訊かずとも、クラウはそう直感していた。


 あとは自分が認めるだけなのだろう。

 そうすれば、彼はこれ以上の真実を口にしないのかもしれない。

 早いうちに頷いておけば、これ以上の事実を……ソレラに明かさずに済むのかもしれない。


「でも、どうして私の脚が動くと思ったんですか」


 それでも訊かずにはいられなかった。

 彼の口から、答えを求めていた。

 それが自分の首を絞めることになろうとも。


 ----もう、いい。

 ----どうせなら、ここで全部明かしてしまえばいい。


「初めてこの場所を訪れた時、ソレラさんがミーアの魔法の標的になりましたよね」


 三人が魔女の小屋を訪れ、ミーアと出会った時。

 彼女はあいさつ代わりに魔法を使い、光の矢をソレラに飛ばした。


「あの時あなたは、ソレラさんや僕よりも早く反応した。

 にも関わらず、助けることはできなかった。

 少し身体を浮かせただけだった。

 脚が不自由だから動けないのは当然だ、と初めは思っていました。

 しかし違った」


 アレシオはちらりとクラウを見る。


「……続きをどうぞ」

「『生まれつき全く動かない』脚にしては、反応が良すぎるように見えた。

 生まれつき下半身が動かないのに、上半身より先に下半身が動いていた」

「つまり、あなたが言いたいことは何でしょう」

「あの時……反射的にソレラさんを助けようとしたあなたは、しかし直後に自分の”嘘”を思い出し、自分の意思で脚を止めた。違いますか?」

「……………………」


 クラウは何も答えない。


 これが間違いであるのなら、荒唐無稽な仮説である。

 違うなら、彼女は笑って一蹴できるはずである。


「……………………」


 しかし、沈黙はそれが的外れではないことを示していた。

 わかっていたことだ。それでも、アレシオは今一度哀しく思う。


「『嘘の魔女』という存在については、僕も耳にしたことがありました。

 その魔女の異常は名の通り『嘘』。自分や相手を偽り、真実ではないことを真実として認識させる、そういう能力ですね」


 彼女は何も答えない。


「その力を使ってあなたは『自分が初めからこの村にいる少女である』と認識させた。村人全員に『嘘』を使った。ソレラさんにさえも」


 彼女は何も答えない。


「そして準備ができたあなたは、今も皆の記憶に嘘をついたまま、村で暮らしていた。どういう事情があって再び村に住んだのか、まではわかりませんが」


 そこでアレシオは一度言葉を止め、クラウの様子を伺った。

 いつになく深刻で……そして余裕のない表情。

 どうせなら嘘八百であると吐き捨てて欲しかった。

 アレシオは重い空気の中でふとそう思う。


「……続きを聞かせてください」

「……はい、わかりました」


 アレシオは頷き、自らの推測を話し続ける。


 彼女が魔女のおとぎ話を宿泊者に語っていたのも、彼女が魔女であるからに他ならない。

 理由の一つは、山奥の魔女の恐怖を植え付けさせることだった。

 村の人達には十分にその恐ろしさは伝わっているが、外からやって来た人々はそんなこと知らない。

 だから、物語を伝えることで、山奥に人を近付けないようにしていた。


 村にたった一つしかない宿だから、ほとんど必ず自分の所で来訪者は宿泊する。

 だから、ここで話せば大きな抑止力になる。


「もし誰かが山奥の小屋に行って、そこに魔女が居ないと判明したら……

 もしかすると、魔女が村に隠れているのではないかと思われるかもしれない。

 そうでなくとも、見た目の変化がないあなたは、時間が経つほどにその存在を怪しまれる」


 要するに、クラウはアレシオのような旅人が山奥に行ってしまうことを防ごうとしていた。


「……僕の予想は、ひとまずこんなものです」


 ニーヴェリタで過ごしたこれまでの時間はずっと、穏やかなものであったように思えた。

 魔女を追いかけている、とは言うものの、それほど焦ることはなく。

 貧しい村である、とは言うものの、それほど悲壮的にはならなかった。

 それは、彼女がいつだって変わらず微笑んでいたからだ。アレシオは改めて悟った。

 自分自身が彼女に救われていた部分があったことを、ちゃんと自覚している。

 だから答え合わせをするタイミングに迷っていた。それが果たして正解なのか、ずっと悩んでいた。


 けれど、もう後戻りできない。

 今まで通りではいられない。


 真実が明るみになるというのは、そういうことだ。


【2】


 長い沈黙が訪れていた。

 ミーアは少しだけクラウを警戒した。

 自暴自棄になった魔女がどれほど面倒か、彼女はよく知っていた。

 今回がそうでないことを願いつつ、それでも最悪を想定して魔法の準備をする。


 そしてアレシオは、ただ、彼女の回答を待っていた。

 自分の予想が果たして本当に真実なのか、それを彼女自身の口から訊くために。

 彼女自身の言葉で伝えてもらうために。


 長い、

 長い沈黙ののち、

 

「……どうして、全部わかっちゃったんですか」


 まず、そう呟いた。


「ずっと上手くやれてたつもりだったのに。嘘をつくのは得意だと思ってたのに」


 どうして、ともう一度心の中で呟きながら、クラウはため息を吐いた。


「あなたは、自分が『嘘の魔女』であるという自覚は持っていたのですよね」

「はい。そういう意味ではアレシオさんの言っていた『一番深い魔女』では無いのだと思います」

「けれど、魔女であることは確かだ。あなたは『嘘』がわからない」

「言葉の上ではわかっています」


 そう、言葉の上ではわかっているのだ。


「……ただ、嘘つきだと罵られても、その罵倒は自分の心の上っ面を滑っていくだけなんです。どこか他人事のような気がしてしまうんです」


 自分は異常である。

 そう言われたことの意味が言葉ではわかっても、身体では何一つ理解できていない、そんな感覚。


「きっと、殺人鬼なんかと同じなんだと思います。

 殺してはいけないって言葉で理解しても、本当の意味で理解はできない。

 そうして自分の中で齟齬が生じて『いけないことなのは知ってる』と思いながらも罪を重ねていきます。

 私にとっての『嘘』は、それと似たようなものなのかもしれません」

「……自分がついてきた嘘に、後悔はありませんか。

 今も村の人たちを騙し続けていることを、悔んではいませんか」

「後悔も多少はあるんだと思います。

 ただ、仕方ないと思う気持ちの方がずっと強いです。

 そうじゃないと生きていけなかったから」

「生きていけなかった?」

「はい。今も、そして千年前も」

「……教えてくれませんか。

 あなたがどうして『嘘の魔女』なのか。

 どうして山奥に住んでいたのか」


 流石にそこまで知っているわけじゃないか、とクラウは心の中で少し安堵した。

 彼は本当に全てを見透かしているような気がしていた。


 けれど、そんなことはない。

 いくら彼と言えど、彼女自身しか知らない事実を知る術は無い。

 ----もしかしたら、あるのかもしれないけれど。



「……少しだけ、昔の話をさせてください」


 そしてクラウは語り始める。

 彼女がこれまで『この村のおとぎ話』であると言っていた物語を。

 彼女自身の物語を。

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