第10話 「理解」②

【5】


 洋服屋さんの祖先は、別に洋服屋さんではなかったらしい。

 その頃は食べ物を外から得る手段が無かったため、村の人のほとんどは乾燥食品を作っていたり、乳製品のためにヤギを育てたりしていたそうだ。

 彼女の家もそうだったらしい。


 その時期に、村の外からやってきたという一人の少女が洋服屋を訪れたらしい。

 長い旅をしてきたと言っており、顔は泥まみれ、脚はぼろぼろ。

 それなのに何故だか、身にまとっていたドレスだけは汚れ一つとない綺麗なままだった。

 列車の無い時代にそんな軽装でこの山奥までたどり着けるはずがない。


 彼女が異形であることは誰の目にも明らかだった。

 それは魔女の伝説が流布し始めてからそれほど時が経っていない時期であり、とても敏感な時期だった。

 少女が魔女であることが多くの人に知られたら、この村は混乱に陥ってしまっただろう。


 しかし、そんな中で快く少女を家に泊めたのがこの家の祖先だったのだという。

 運よく村で一番初めに魔女を見つけた彼女の祖先は、彼女が魔女であるとすぐに気付き、混乱を避けるために自分の家に匿った。

 魔女といっても見た目は自分とそう変わらない少女にどこか親近感を憶えたのだ。


 しかし、その時、彼女の母は重い病気を患っていたそうだ。

 看病のためにお金は底を尽きており、ろくに食事を出すこともできなかった。

 そしてその魔女は普通の人のようには話せず、話し相手になることもできなかった。


 それでも彼女は、魔女を一生懸命にもてなした。


 その真心が本当に魔女に伝わったのかどうかはわからない。

 けれど、去り際に魔女は魔法を使った。

 魔法をかけられた母親は、嘘のように病気が治ったのだという。


 そして魔女は泊めてくれたお礼にと、着ていた服をこの家に置いていったのだそうだ。

 魔女は壊れてしまった人間、不完全な人間であるという。

 しかし、その振る舞いは決して人間に劣ることは無かった。

 むしろ、彼女は救世主だった。


 結局、その魔女は他の誰にも気付かれることなく、村を去った。


 魔女を快く思わない風潮は、それから今日まで続いていた。

 だからこの話は、服屋の家族の間でのみ語り継がれたのだという。



【6】


「だから、この家の中では『魔女は必ずしも悪じゃない』って言われ続けていたの。それなのに、最近は皆が魔女に不満をぶつけてたから……」

「流されてしまった、ってことね。珍しくもないけれど」

「そういうことですね……」


 ミーアが呟き、店員さんが申し訳なさそうに頷く。

 きっとこれはよくあることだ。


 例えば、争いが起こる理由もそう変わらないのだろう。

 ほとんどの人間は初め争うことを拒んでいるのに、プロパガンダや同調圧力や純粋な貧しさから、それをいつしか肯定してしまう。


 自分にも思い当たる節がある。

 初めは悪人だと思っていない人間がいたとしても、周囲が悪口を言い続けている間に、本当にその通りの人間に見えてきてしまう、なんてことがある。


「けど、店員さんも、そう思ってくれていたんですね」

「え?」

「わたしも、魔女が必ずしも悪いとは思えないんです。山奥の魔女だって、本当はいい子なのかもしれない……そう思ったんです」


 だって、魔女の心が本当に心から歪んでいるのだとすれば、服に心を躍らせることなんて無い。冗談を言ってわたしを困らせることなんて無い。

 そうでしょう、とは口にしなかったが、そのつもりでミーアを見る。

 彼女はぼーっと上を見上げていた。わたしの視線には気付いていない。

 今の話をちゃんと聞いていたのかもわからない。


「あ、そういえば、ソレラちゃんは魔女に会ったのよね。ひょっとすると、その時の魔女って……このドレスを渡してくれた魔女なんじゃないかしら?」


 わたしも同じことを考えていた。

 今の話は、ミーアのことなんじゃないかと思った。

 彼女なら(優しさか気まぐれかはわからないけど、)聞いた話のように人助けをやってのけそうな気がするのだ。

 どうなの、と声には出さずにミーアの方を見る。しかし彼女は、


「この村の魔女ではないんじゃない」


 きっぱりと否定した。


「だって、旅をしていたって言ってたんでしょ。だったら山奥にずっと住んでた子とは違う子だよ。何百年も経てば、別の魔女の一人や二人、訪れてもおかしくない」

「確かにそうね……あなたの言う通りだわ」


 店員が頷く。

 本当のところは自分が一番知っているだろうに、そんな周りくどい言い方をするのはやめて欲しい。

 それとも、思い当たる節が無いということだろうか?

 何百年、何千年と生きていれば、そんなこと忘れてしまうのだろうか。


「じゃあ……もし二人がその魔女に出会ったら、教えて伝えておいて欲しいの。

 いつでも遊びに来てねって。お礼がしたいから」

「どうしてわたし達に?」

「あなた達なら、いつかその魔女さんにも出会いそうな気がするからよ」


 そんなことが起こるのは奇跡みたいな確率だと思うけどな、と思いつつ、傍らで「いいわよ」と返事をしたミーアのせいでわたしも頷く他なかった。


【7】


 それからミーアは散々店の服を試着した癖に、「やっぱ公国の方が良い服ありそうだ」なんて失礼なことを言った挙句店を出た。

 魔女の話を真面目にしていたと思えば、その直後にこんな軽い気分になれることに感心する。

 前々から気分屋だとは思っていたが、これほどとは。

 しかし服屋まで見た所で彼女は村を堪能し尽くしたらしく、宿に帰って伸びをしてから「もう戻るね」なんて言い始める。


 今のうちに言わなきゃ、絶対に後悔する。


 そう思い決意を固めたわたしは、彼女にずっと訊きたかったことについてもう一度尋ねる。

 前は緊張のせいで、ろくな返事が貰えなかったから。


「あの……ミーア……」

「何?」

「わたし、昔あなたに会ったことあるんだ、多分」

「……前も言ってたね」


 ミーアは平坦な調子で返事をする。


「おぼろげな記憶しかなくて、ずっと確証が無かったけど……昔、わたしが森の中で迷いこんだ時、魔女が助けてくれたってことだけ、憶えていたの」

「うん」


 相槌。


「ずっと、村の皆が魔女を悪者扱いするから、誰にも言い出せなかった。

 なんとなく、クラウにも言い出せなかった。

 曖昧な記憶だから、それが本当なのかどうかも自分の中で怪しかった。けど……」


 この魔女は、ミーアはもしかすると村のことを恨んでいるのかもしれない。


「だから……ありがとう」


 少し気恥ずかしいが、それでも声に出して言った。

 文字通り命を救われたのだから、そのくらいは面と向かって言えなければ、そう思う。


 ミーアはうーんと言いながら顎に手をあて首を傾げ、わざとらしく考える素振りを見せた。


「人違いじゃない?」

「照れないでよ」

「照れてないってば……はぁ」


 結局、見た目相応の精神年齢のような気がしてしまう。


 ああ、そうだ。訊かなければいけないことは、もっと先だ。


「だからさ……もう少し、ミーアのことを教えてよ。あなたの正体とか、この村はどうすればいいのか、とか」


 だから、わたしは彼女に訊きたいのだ。

 本当にあなたが村を不幸にしている魔女なのか。

 村のことを恨んでいるのか。

 そして、魔女とは一体、何なのか。


【8】


 はあ、とミーアはため息を吐いた。

 別に質問に呆れたのではない。

 ただ、やっぱりこの子もそれを訊いてくるのか、というぼんやりとした感想だけが脳裏に浮かんだ。

 自分はもしかすると、魔女の才能が無いのかもしれない。

 こんなに魔女らしくできないなんて。

 いや、らしくなんてせずとも本物の魔女なのだけれど。


 悪者の癖に悪者になりきることができない自分は、やはり中途半端だ。

 むしろ、こんな半端な部分も自分が魔女たる所以なのかもしれない、なんてことをしばしば考えてしまう。

 しかしそれでも、今の彼女はこのまま悪者にならなければならない。

 そういう決まりなのだ。

 だけど、この少女になら。ふとそう思った。


「いろんなことが気にはなってるみたいだけどさ……あなた、本当に知りたいの?」


 だからそう尋ねてしまった。

 ソレラはすぐに頷く。


「いい、ソレラ。

 あなたはまだ子供だから知らないかもしれないけどね、自分が知らないことの9割は『知らないままでいたほうが幸せ』なことなのよ。

 だというのに、あなたは真実を知りたいと言った。あなたは苦しむ道を選ぼうとしている」

「それでも……これ以上何もわからないのは嫌なの」

「それだけ?」

「わからないから……わたし一人じゃ、何も解決できない」


 アレシオさんは魔女についてよく知っている。

 クラウはミーアのことを『他人事には思えない』と言っていた。

 病気を抱えているから寿命が長い彼女は、時の流れが違うミーアの気持ちが少しはわかるのだと。

 そしてミーアもクラウに『似た者同士』だと言っていた。

 わたしだけが、魔女のことを何もわかっていない気がする。

 何一つ通じ合えていない気がする。

 今日までそう思っていた。

 いや……今日があったからこそ、尚更そう思った。


「わからないまま、何かをこれ以上憎しむのも、信じるのももうやだ。

 嫌いになるか、そうじゃないかは……もう少しだけ、ミーアのことを知ってからでも、いいのかなって思う」

「あたしのことを知ってから、かぁ」


 ミーアはその言葉を反芻してから、


「でも、知ることやわかりあえることが、必ずしも良いこととは限らないんじゃないの?」

「え?」

「知ってしまったことでどうしようもない。

 魔女の事を理解しても、あなたはすぐに死んでしまう。

 あたし達にとっては、本当に一瞬の命だ。

 同じ時間を生きられないあなたとあたし、本当の意味で理解しあえることは絶対にない」

「それでも、少しでもわかりあえたら凄く嬉しいだろうな……って、思うよ」

「だった、わかりあうのは簡単じゃない」

「知ってる、だから少しでもいい。少しくらいならできる気がするんだ。

 だって、同じ生き物なんだから、わたしとミーアは」


 同じ生き物、ねえ。

 ミーアは心の中で呟く。


「だってそうでしょう、あなたがなにか人として間違っているようには見えないもの」

「魔女が別にどこも欠けているように見えないのだとしたら、それこそが問題かもしれない」


 ミーアはそう返す。


「そうやって仲良くできる最初のうちはいいけれど、段々と歯車がかみ合わなくなってくる。

 魔女に悪意はないの。だから、離れていくとすれば、人間の方からなんだよ。

 自覚のないまま人が自分を嫌って、自分を裏切って、自分のもとを離れていく、それが魔女にとって一番辛いことかもしれない。

 そうじゃなくても、他の人はみんな、自分よりずっと早く死んじゃうんだ」


 ミーアは話し続けた。


「そうやって誰にも理解されなくなる度、魔女は自分が他の人間と比べて欠けていることを実感する。

 そうして擦り減っていき、やがて誰とも関わることを拒む。

 できるだけ苦しまずに数千年の時間を生きるには、孤独である方が楽であると気付く」


 そこまで言ってから、遠い目をする。

 それは、彼女がこれまで歩んできた道と、その顛末なのだろうか。


「もう一度訊くけど。あなたは魔女の……彼女の『永遠』と向き合うことができるの?」

「……永遠なんて約束はできないけど……わたしが生きている少しの時間くらいは、あなたと怯えずに関わりたいよ。

 それしかできないけど、それさえできるかわからないけど……」

「半端な干渉が、残される者にとっては余計に辛いことを、ソレラは知らないと思う」

「……………………」


 図星を突かれて閉口してしまう。


 彼女の言う通りだ。

 魔女と仲良くなっても、人間のわたし達はその先で孤独になることなんてない。

 孤独を感じるのは魔女だけだ。

 しかも、誰かと居る状態を知ってしまった後だから、尚更苦しいはずだ。


 だからやっぱり、善処じゃだめなのだろうか。

 わかんない。ミーアの言うことはすごくシンプルなようで……けれどもとても難しい。

 頭が痛くなってきた。


「……あなたがそんなに落ち込む必要はないでしょ」


 ミーアが心配そうな顔をして私を見ていた。

 きっと、今の発言は、彼女自身の体験が少なからず含まれている。


 不思議な魔女だ。

 好奇心が旺盛で、何でも踏み込むのに。

 けれどきっと、関係の一線は越えないのだろう。


 わたしは、彼女に何か差し出すことができるのだろうか?

 おそらく……人間とは繋がれない、と半分諦めている彼女に、わたしからできることが何か一つでもあるだろうか?


 …………ああ、ないかもしれないけれど、一つあった。


「……ミーア、散々連れまわしたんだから、今度はわたしの行きたい場所に着いてきてくれるよね?」

「え?」


 頭に疑問符を浮かべたままのミーアの手をとり、目的の場所へと連れて行く。

 こんなふうに思い切った行動ができるのは不思議だな、と思った。

 朝出会った時は、近づくことさえなんだか躊躇っていたというのに。



【9】


 そしてわたし達は辿り着く。

 駅の裏にある、とっくに廃れてしまった建物。

 かなり背の高い、展望台を備えた廃墟。


 列車が通り始めた時には、こちら側も栄えるのではないか、なんて考えられていたそうだけれど、実際にはこのざまだ。


 螺旋階段をぐるぐると登っていく。

 窓から斜陽が差し込む。

 茜色。

 彼女の紅髪とよく合う色。


「ねえ、この先に何があるの?」

「いいからいいから!」


【10】


 そうしてわたし達は階段を駆け上った。

 出口からは赤い光が差し込んでいて、その隙間からはわずかに風を感じた。


 最後の最後でわたしを追い越したミーアが、その扉を開ける。


「……こんな場所があったのね」


 高く見晴らしの良いこの建物の一番上からは、ニーヴェリタの村が一望できる。

 日が落ちるその間際、じきに今日の活動を終えるその間際で、人々はまだ活動を続けている。

 ここから見ると、この村はそれなりに規則的に作られていることがわかる。

 中心に教会を配置し、それを一重、二重と村が囲んでいる。

 その景色はけっこう壮観だ。


 そんな『よく知る村の知らない景色』を見るのが、わたしの習慣だった。


「さっきまで自分が居た村とは思えない。なんだか、別の物を見てるみたいで不思議」


 ミーアは素直に感心しつつ、少しずつ暗くなっていく街を眺めていた。


「……小さい頃、わたしがお姉ちゃんと喧嘩したとき、しょっちゅうここに登ってた。あと、村の人たちに嫌気がさした時とか」

「綺麗な景色を見て、やなことを忘れるため?」

「ううん、それだけじゃない。むしろ、嫌なことを忘れずに、それでも前に進むため、かな」

「どういうことよ」


 ミーアが首をかしげる。


「お姉ちゃんや村の人のことを嫌いになりそうになった時にここに来るとさ、どうしても嫌いにはなれないな、と思うの」

「どうして?」


 案の定、ミーアの頭には疑問符が浮かんでいる。

 説明は苦手なんだけどな、と思いながらも、わたしは話し続ける。


「地上にいるときは、色んな人が色んな後ろ向きな発言をしてる。

 お姉ちゃんもわたしと意見が食い違ったりする。

 だからしょっちゅう嫌いになるんだ、この村のこと」

「うん」

「でも……ここから見たら、なんか全部笑っちゃうくらい綺麗でさ。

 そして、今目の前にあるこの綺麗な光景は、実はさっきまでわたしが悪口を言っていたモノたちでできているんだって」

「……………………」

「同じものでも、見え方が違うだけで、こんな風になるんだって。

 そして……わたしが嫌になったものも、本当はこんなに綺麗で、

 だから、わたしももっといろんな角度から皆のことを見ないといけない、

 そしたらきっと、好きになれるはずだって、思うの。

 ……まあ、実際はあんまり実践できてないんだけどね。

 悪口とか、すぐ言っちゃうし」


 だから人間は遠くからみたら綺麗かもよ、とか、そんなわかった風な口を利くことはできない。

 けれど何か、わたしなりの言葉を伝えたかった。


「だから、ミーアにとっては分かり合えないかもしれないけど……

 何千年も生きてきてそう思ったのなら、きっとそうなのかもしれないけど……

 それでも、どこかでなにか、分かり合えるものがあるのかもしれない、とか、わたしはそんな世の中だと良いなって思うんだ」


 言葉足らずでやっぱり申し訳ないな、なんてことを考えつつ恐る恐るミーアの方を見る。

 彼女はしばらく考える素振りを見せ……それからゆっくりと口を開く。


「お姉さんの事は好き?」


 予想外の言葉が飛び出す。


「う、うん……生まれた時から一緒だから。喧嘩もするけどね」

「まあ、そうよね」


 そうね、ともう一度だけミーアは頷く。


「……さっきの話の続きをしても良い?」

「さっきの?」

「魔女と人が分かり合えない、って話」


 わたしは頷いた。


「さっき、あたしは人と魔女が分かり合えない、って話をしたけどね。

 そもそも、人間は本質的には孤独なの。

 完全に繋がれることなんて、あるわけがない」

「……なんだか冷たい言い方だけど」

「事実だもの。あなたとあなたの姉だって、全てを分かり合える訳じゃない。そうでしょう?」

「……確かに、そう言われてみればそうだね」


 だから時々喧嘩もする。


「けれど、あなた達は近くに居る、そしてそこには、価値がある。

 安心だとか、支え合えるだとか、何かしらの価値が。

 けどね……その信頼は、相手のことを100%理解しているから、というわけでもない。


 つまり、何が言いたいのかと言うとね……

 結局、私たちが繋がるために大事なのは、『分かり合う』ことそれ自体じゃない。

 『分かり合おうとする機会が沢山ある』ことなのよ。


 だから、あたしは決して否定的な意味で言っているわけじゃないの。

 分かり合えなくてもどかしくて……

 だから沢山話して、それでもやっぱりわからなくて……

 けどね、ふとしたときにあたし達人間は、『繋がる奇跡』を享受できる。

 そういう凄い生き物なの」


 長い時を経て知性を蓄えたであろうミーアの言葉はやっぱり難しいけれど……それでもなんとなく、解る気がする。


「……って、昔誰かが言ってたっけな」

「あなたの言葉じゃないのね……」


 最後の最後で肩透かしを貰った気分になる。


「けど、だったらきっと、魔女ともわかりあえるね。千年分分かり合えないなら、千年分話せばいい」

「本気でそう思ってる?」

「もちろん」


 そっか、とミーアは頷く。


 そしてミーアは、彼女の眼差しを確認する。

 見つめ合う。

 芯が強くて、けれど優しさもそこにあって。

 きっと、彼女のは特別なまなざし。


「……この子をこんな強い女の子に育てたのは、あの姉だったな」


 ミーアが何かぽつりと呟いたけれど、聞き取れなかった。


「あなたは素敵な人間だから、これから起こることにもきっと打ち勝てると思う」

「……どういうこと?」


 魔女は答えない。

 答えずにずっとニーヴェリタを眺めていた。

 夜のとばりが下り始めて、小さな村は少しずつその身を闇に沈ませていく。


 上から眺めたニーヴェリタはとても小さくて、人々の存在は確認できても、その表情までは汲み取れない。

 そして、その見えない表情達と同じように、そこにはまだ見えない秘密が潜んでいる。



 いつか物語が動き出す、その時まで。

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