第3話「提案」

【1】


 朝、ニーヴェリタは相変わらず寒い。


「おはよう、アレシオさん……なんか眠そうだね」

「おはようございます、ソレラさん。眠そうなのは少し夜更かしをしてしまったからです」


 そう言ってアレシオはクラウのほうを見る。見られた彼女は小さく首を傾げて微笑む。

 その様子を見ていたソレラは途端に目が覚めてしまう。


 まさか、いやそんなはずは。でも訊かずにはいられない。


「え、もしかして、ゆうべはおたのしみでした……?」

「ち、違いますっ!」


 先に大きな声を出して否定したのはクラウだった。


「お楽しみとは何でしょう」


 アレシオは全く理解をしていない様子。


「……五分五分、というところですか」


 ソレラは続いてそんなことを呟いたが、クラウに『嫌いになるよ!』と怒鳴られてしまってからは黙り込んだ。

 それを見たアレシオはもちろん『姉妹で仲が良いのだな』以上の感想を浮かべていなかった。



【2】


「それで、これからの具体的な予定は決まったんですか?」


 朝食を食べ終えたところで、クラウがそう尋ねる。


「はい。数日以内に、また魔女の居所を探しに出ようと思います。この前とは違う方向でも探索してみようかな、と」


 アテがあるわけではないが、仕方ない。

 今のところはしらみつぶしに探していくしか方法が浮かばない。いつか見つかることを信じてそうする他ないだろう。

 そう思って妥当な返事をしたアレシオに対し、クラウは数秒の間躊躇した後に、おそるおそる口を開く。


「あの……やっぱり、私が一緒に行く、というのはどうでしょうか?」

「へ?」


 後ろで後片付けをしていたソレラが素っ頓狂な声を上げる。


「実は、おおよそ目途がついているんです。沢山の書物を読んでいると、なんとなく魔女の住んでいる場所はわかってきていて……」

「本当ですか」


 予想外の希望についアレシオは口調が強くなってしまう。


「……はい、本当です。口で説明するのは難しいですが、ゆっくりでも半日あればたどり着くと思います」

「そんなに近くにあれば、誰かが気付きそうなものですが」

「確証はありませんが……誰も寄り付かないので気付かないだけなのかもしれません。ずっと、森の中に立ち入ることは禁じられていましたし」


 そんなものなのだろうか。

 アレシオは疑問に思ったが、有り得ない話ではないような気もした。

 村から遠く離れた場所まで探しに行かなくても良いかもしれないというだけで、アレシオにとっては貴重な情報だ。


「それに……森に迷い込んで帰ってこられなかった人、というのはこれまで居ましたから」


 野垂れ死んでしまった、という可能性も勿論ある。

 彼らは森を進んだ先で、魔女に出会っていたのかもしれない。

 そして、その人間嫌いの魔女が村人を消し去ってしまったのかもしれない。

 そう考えれば、魔女の棲み処がこの村の近くにあるという情報すら掴んでいないというのはあり得ない話ではない。


 それにしても、とアレシオは思う。

 彼女は普通の少女で、加えて車椅子だ。連れて行くのはやはり難しい。


「ありがたいですが、昨日お話しした通り、魔女に普通の人間が会うことも、あの山の中で魔女の居場所を探すことも、とても危険です」

「はい、わかっています」クラウは頷く。


 彼女も覚悟を決めているようだ。

 しかし、アレシオはまだ迷っている。

 彼女を危険な目に合わせるのは良くないと結論付けたというのに、昨日の今日で着いて来てもらうというのは。


「もし、私の予想している通りの場所ならば……この身体でも、なんとか着いていくことができるかもしれませんから」


「いやいや!」


 やけに積極的なクラウを止めるため、ソレラが割って入る。

 アレシオが葛藤しているのをみてやきもきしていた気持ちが、限界に達したようだ。


「そんなの危ないわよ! このお化けみたいに頑丈な男ならまだしも、クラウは脚が……!」

「ソレラさんの言う通りです。僕が車椅子を引くこともできますが、手がふさがっていた場合、いざ魔女と出会った時に太刀打ちができなくなってしまう……」

「手がふさがっていなければ、太刀打ちできるんですね……」

「はい。僕の仕事は、そういう仕事ですから」


 アレシオは平然とそう言い放つ。

 一体どんな方法で魔女と渡り合おうというのだろう、とクラウは疑問に思う。

 魔女を狩るなんて抽象的な言葉では全く予想がつかない。

 少し筋肉質ではあるが、決して戦いに長けているとも思えない、そんな見た目のこの青年が。



「……すみません、やはり、無関係なクラウさんを危険に巻き込んでしまう可能性があるのは危険でしょう」

「……………………」


 アレシオが謝ると、クラウも下を向いてしまう。

 そうじゃないのに、とソレラは思った。


 もちろん、本当にクラウを連れて行くのが心配だということもある。

 けれどそれは建前であって、ソレラが躊躇する理由は別のところにあった。


 魔女狩りに向かう、ということ。

 つまりそれは……魔女を殺してしまう、ということだろう。

 それが彼の仕事であるし、村人全員の願いでもあるのだから。


 しかし、顔もわからないような相手を殺してしまうことが許されるのだろうか?

 たとえそれが千年の時を生きる怪物であるとしても、感情を持った一人の人間ではないのだろうか。

 それに、ソレラの記憶の奥底にある魔女の記憶は、決して怪物なんかではなかった。

 本当にどこかで自分が魔女と出会ったことがあるのなら、それはつまり自分を殺さなかったということだろう。



 けれど言い出せなかった。

 村全体が魔女のせいで苦しんでいるかもしれない状況だ。

 それに、アレシオも何か理由があって魔女狩りをやっているのだ。

 彼は理由もなく私利私欲やカネのために魔女を殺すようなことはしないだろう。


「本当のことを言うと、クラウに手伝って欲しいんでしょう、アレシオさんは」

「……………………」

「そうなんでしょう?」

「……決して無理をさせるつもりはありません。魔女の棲み処を見つけたら、そのまま一度帰るつもりです」


 場所がわかりさえすれば、後で訪れるだけでいいのだ。

 その日のうちに魔女と対面する必要はない。


「……嫌だ」


 ソレラは首を横に振った。


「そうですよね、やはり、お姉さんが危険な目に遭うのは……」

「違う。二人で行かせるのが嫌だ」

「え?」

「そこまで行くのなら、わたしも魔女に会いたい」


 ああ、支離滅裂だな、と自分でも思う。

 危険だから、と言って二人を止めていたのに、そんな自分が自ら危険に飛び込むようなことを言っているのだ。

 けれど仕方がない。自分にとって、魔女は怖い存在じゃないのだから。それを確信に変えたいのだから。

 そして、もうひとつ、もっと原始的な理由。

 二人が戦っているのに、自分だけ蚊帳の外みたいで、すごく嫌だったから。


「わたしが車椅子をひけば、アレシオさんの手足は自由になるでしょ、二人分の面倒を見なきゃいけないとしても、その方がいいはず」

「そう、ですが……」

「……もう! それでいいじゃない!」


 強い剣幕におされたアレシオはクラウに視線を向ける。


「そういうことで……いいでしょうか、クラウさん」


 訊かれたクラウはソレラの方を見る。


「怖くないの?」

「わ、わたしが心配していたのは……クラウが疲れちゃうからで……魔女なんて怖くないから」

「ふふ、あらそう」

「……もう、クラウのために言ってあげたのに!」


 再び不満そうな顔をしてぽかぽか肩を叩いていた。



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