第1話「魔女探し」②

【3】


「なんであそこでアレシオさんが言い返さないのよ!」


 村長が宿を出た後、鬱憤を溜めていたソレラがアレシオに詰め寄る。


 机の上にはお金。

 報酬の前払いとして提示された半分の金額が置かれている。

 お金など必要ない、とアレシオは拒否していたが、それでも無理やり押し付けられた。

 善意ではなく「これで仕事をせざるを得ないだろう」という強制のためだ。


「いえ……僕の行動が遅いのも事実ですし」

「だとしても、この村の人たちに非難する資格なんてないでしょ、あんな言い方ってないよ、そうでしょ?」

「どうしてですか」

「だって……アレシオさんは救世主みたいなものじゃない。

 私たちだけじゃ、列車も動かなかったのに……

 死んじゃうかもしれなかったのに……!」


 悔しそうな表情をしている彼女を見て、アレシオはばつが悪そうに言葉を返す。


「それに……クラウもあんな事言われて辛くないの……?」


 傍で二人の問答を眺めていたクラウにそう尋ねる。

 自分の身体を脅しに使われたようなものだ。

 それは直接的には魔女とは関係のないことなのに。


「そうだけど……仕方のない事なんだと思う。

 村がこれまでに増して貧しいことは知ってるし、そんな中で曲がりなりにも働いている私がお金を貰うこと、気に入らない人はいると思うよ」

「……」


 ソレラは口を噤んでしまう。

 穏やかなままに済ませられる彼女の方がずっと大人だった。

 どうしてそんなに穏やかな気持ちでいられるのだろう。


 それがいくらかの我慢か強がりを伴った言葉であることは、誰の目にも明らかだった。

 しかし、こんなに辛い中でも優しくあろうとすること、それ自体がソレラにとっては不満だった。

 ここまで言われるなら、怒ってしまった方が良いはずなのに。

 それなのにどうして、クラウは自分を殺してまで優しくあろうとするのだろう。


「でも、ソレラがそう言ってくれるの、すごく嬉しかった。ありがとね」


 そう言って微笑むと、それ以上ソレラからは何も言えない。

 少し悔しそうに、そしてどこか恥ずかしそうに俯いた。


「……さて、では、先ほどの村長さんからの頼みも考慮して……

 これから僕がどうするか、ということについて話したいのですが」


 アレシオは話し始める。


「僕にとっても、この村にとっても、魔女を探すことは最優先事項のようです。

 しかし、僕はあの山の中について全く詳しくありません。

 そのおかげで、時間をかなり無駄にしてしまった」

「というか……時間を無駄にした以前に、ここまで生きて帰って来れたことに驚きなんだけど」

「旅の最中には、もっと過酷な場所が沢山ありましたから」

「ええ……」


 涼しい顔でそう返答するアレシオだったが、ソレラにとっては恐怖でしかなかった。


「とにかく、闇雲に探していても無駄ということがわかりました。

 流石にそろそろ作戦を考えなければなりません、しかし……」


 そもそも、魔女の小屋の場所を知っている人間などこの村のどこにもいないのだから、その作戦を練ることすらままならない。

 かつては知っている村人がいたのかもしれないが、長い時の中で関係は完全に絶たれ、皆が忘れてしまった。

 今となっては魔女本人以外、その棲み処は誰も知らないだろう。


 あるいは、知っている者が居るとすれば、『魔女の時代』を知っている人。

 そこまで考えて、アレシオの頭には一人の人物が浮かんだ。

 目の前にいる車椅子の少女だ。


「……そうだ。クラウさんの読んでいた書物の中に、魔女の棲み処について詳しく書かれたものは無かったのですか?」

「それは……」

「もし何か知っているのであれば、一緒に来てくれませんか」

「え……?」


 クラウは素っ頓狂な反応をする。


「些細なことでも構いません、本で見た何かがそこにあるかもしれない」

「ちょ、ちょっと!」そこでソレラが声を上げる。

「山の中なんて凄く危険でしょ。登るだけで大変じゃない……

 身体も強くはないんだし、駄目だって!」


 むすっとした表情でそう言う。


「そう、ですね。その通りです。

 少し早とちりしてしまいました。

 よく考えると、魔女のもとに人間を連れていくことに、リスクが無いなんてことは有り得ない」


 まして、それが車椅子の少女であるというのなら尚更だ。


「……やっぱり、魔女は危険な存在なのですか?」とクラウは訊く。

「魔女が皆、危険と言うわけではありません。 

 ですが少なくとも、危険な魔法を使うこと、それ自体は確実にできますから」

「……そうですよね」


 魔女の魔法は簡単に人を苦しめたり人の命を奪ったりすることができる。

 そんな分かりきっていたことを尋ねた自分自身にクラウは少し後ろめたさを感じた。


「ですが仕方ありません、もう少しだけ僕一人で探してみます」

「教会に行けば、参考になる文献が残ってるかもしれないんじゃない?」

 とソレラは言うが、

「いえ。クラウさんが知らないのであれば、めぼしい情報は何もないでしょう」

 と返される。

「確かにそれもそうか」

 クラウはこの人に信頼されているのだな、と思う。

 少し羨ましいような気持ち。


 それから三人は仲良く頭を悩ませていたが、数時間経ってもついに効果的な方法に行きつくことはできなかった。

 ふとクラウが窓の外を見ると、空は赤く染まっていた。

 頭を抱えている二人の前でクラウは手を叩き、「今日はここまでにしましょうか」と言った。


「確かに、これ以上は知恵熱が出てしまいそうですね」


 アレシオが頷き、ソレラもそれに賛同した。


「そうね、もう疲れちゃった。

 アレシオさんはもっと疲れてるだろうし、今日は早く休むのがいいんじゃないの?

 ずっと山奥に居たんだから、お風呂にも入らなきゃいけないし」

 そこまで言ったところでソレラは鼻を少しだけ動かして、

「……うん、早く風呂の準備をしないとね」

「……そんな臭いますか、僕?」

「……………………」

「……………………」

「二人とも、黙ってないで何か言ってくださいよ」



【4】


「はー、色んな悩みが流れ落ちる」


 アレシオが入浴を終えた後、姉妹は二人一緒に湯舟に浸かっていた。

 客人用に作られたこの湯舟は普通の家庭よりも大きい。

 そのおかげで享受できる、二人の至福の時間。

 そしてクラウは一人で入浴するのが難しいから、大きな風呂は非常にありがたい。


 今日はニーヴェリタにしては珍しく雲一つない空だったから、露天のありがたみを目いっぱい享受できる。

 ここから見える星空は何度見ても感動的だ。

 何にもない宿の大きな売りの一つである。


「こんなに安心してお風呂に入れるの、何日ぶりかな……

 ね? クラウ」

「……うん、そうだね」

「どしたの、浮かない顔してる」

「ううん、何でもないよ」

 何でもない、ってことはないでしょ、とソレラは思う。


 列車も動いて、行方不明だったお客さんも帰って来て、これ以上何が不満であるというのだろうか。

 いつも不幸でも笑顔でいようと努めているくせに、こういうところでは心配そうな表情をする。

 姉妹だというのに、読めないところもあるな、なんてことを考えた。


「……あ、もしかして、さっき協力できなかったこと、悔んでる?」

「え?」

「やっぱりそうでしょ。

 アレシオさんをがっかりさせたこと、少し後悔してるんだ」


 確かにアレシオはクラウに少し期待するような眼差しを向けていた。

 悪気は無いのだろうけれど、クラウからすれば『自分が期待外れだったと思われた』と感じてしまったのだろう。

 しかし、それでここまで落ち込むのは普通じゃない。

 そう思われたくない、特別な理由があるのではないか、とソレラは疑っていた。


「いや、そんなわけじゃ……」

「いやいや、これ以上は何も言わなくていいよ? わかってるから、さ」

「あなたは何をわかってるの、もう……」


 もちろん、ソレラの発言の半分くらいは冗談だ。

 けれど、もう半分はひょっとすると……?

 なんてことを考えてしまう。クラウは誰にでもにこにこしている。

 しかし、きっちりと線引きをしていると思う。

 きっとそれは、ソレラすら全ては知らないクラウの背景、妹が物心着く前からの生き方に由来しているのかもしれない。


 ソレラは両親のことを何一つ憶えていない。

 そして、クラウはあまり両親のことを話したがらない。


 それは彼女にとってあまりいい思い出ではないことは容易に予想できる。

 彼女の誰にでも優しく、かといって誰とも過干渉をしない性格には、そのあたりが関係しているのではないか、とソレラはひそかに踏んでいる。


 しかし、そんな自分の姉が、今回ばかりは度を越えて親密になっているような気がする。

 それがまた謎なのである。

 

 恐らくシンパシーのようなものを感じているのだと思う。

 アレシオとクラウはどこか性格が似ている。

 おっとりしてるし、必要以上に怒ることはなさそうだし。

 そういうところの波長が合うのだろうか。

 それだけが理由というのも、なんだか弱い気がするけど。


 アレシオの方もクラウのことをどう思っているのだろう。

 全く興味がない風にも、まんざらでもない風にも見える。

 ……もしかすると、すでに押し切ろうと思えば押し切れるのではないだろうか。


「あのさ、クラウがもし協力して欲しいことがあったら、何でも手伝うからね」


 ソレラは親指を立てる。

 妹が頭の中で繰り広げていた勝手な問答など露ほども知らないクラウであったが、それでも彼女が自分にとって失礼なことを考えていたことだけはわかった。


「……もう、何の話をしているの」


 クラウがやんわりとソレラを叩く。

 負けじとソレラは両手で水鉄砲を飛ばす。


 こんな時間だけが続けばいいのに、と思う。

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